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第32話 ノクターン。
プリンスホテルに入り受付を済ませて、美月は理佐とアフタヌーンティーフェアーが開催されているラウンジに通された。
客層の九十パーセントが女性で、残りの客は彼女につき合わされている彼氏という雰囲気で、さすがの美月も内心居辛さを感じていた。
それに美月はスーパーモデル並みの容姿を持つ、極上の色気を漂わせる美人だ、視線を集めてしまうのは仕方のないことだった。
「実はこの年で私アフタヌーンティー、初体験なんだ。作法とかあるのかなって、ちょっと緊張してる」
理佐がそう漏らすと、美月は微笑んだ。
「立花さんでも緊張することってあるんだね」
いつでも自由で自然体だと思っていた理佐の意外な一面を知った美月は、微笑ましいと思ったのだ。
「北白川君はこういうところ初めてじゃないよね」
「まぁ、そうだね。祖母に連れられて何度か」
美月は祖父美剣の奥方、美月の祖母静 を思い出していた。
美剣とは違い静は西洋かぶれと言われていて、日本家屋の本邸では存在が浮いていた。
それでよく極道一家の切り盛りができるものだなと美月すら思う。
「北白川君のおばあちゃんか。想像つかないな」
「ティーカップの持ち手を指を潜らせて持つと、邪道だと怒るし散々なババアだよ」
優雅にティーカップを持ち紅茶を飲む美月は絵画のように美しく、まわりの客の視線を集めたが理佐が気に留めたのはそこではなかった。
「北白川君のおばあちゃんってどんな人?」
「根は優しいけど、気は強い。我儘で人を平気で振り回す」
「あはは、北白川君みたい」
美月は美剣にも似ているし、性格はまんま静だと死んだ実父美雅 に言われたことがあったのを思い出す。
ラウンジ中央にあるグランドピアノからショパンのノクターンが響く。
人が演奏しているわけではなく、機械仕掛けのそのノクターンの音色は今の美月にはどこか遠く、そして現実味のないものに聞こえていた。
美月は気が遠くなる気がして、額に手を当てた。
先程のカフェに入る前、雨にあたったせいで体調を崩したのかも、身体に熱も感じ初めたところで気付いた。
……やられた。
雨による悪寒だと思ったのは一瞬だった。
内側から沸き立つその熱は、暴力的なまでの渇きを伴って美月の理性を焼き払おうとしてくる。
「大丈夫、……北白川君っ?!」
心配する理佐の声が遠く聞こえ、身体を支える。
気が遠くなるほどの熱の中で、理佐の謝罪の言葉を聞いた。
「ごめんなさい、北白川君。……私、もうこうすることしかできなかったの」
その声色は涙が滲んでいるように聞こえた。
テーブルの上で、スマートフォンが短く震えている。
満月からの返信だろうか。
だが、それを確認することさえ叶わず、美月の視界は理佐の泣き顔と遠ざかるノクターンの旋律に溶けていった。
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