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第44話 素直さ故のトラウマ。

 弓道場からの帰りの車内は太陽にとって居心地のいいものではなかった。  今朝あんなに怯えきっていた美月だったが、今では自信を取り戻したかのように脚を組み、タブレットを見ている。  太陽の運転席と対になる助手席では満月はいつも通りの明るい表情を浮かべている。  まるで昨日自分と美月の間にがなかったかのような雰囲気になっていることに苛立ちを感じ太陽は焦りも隠せず、ハンドルを指先で『トットットッ……』と弾く。  最初は弾くリズムは一定だったが、徐々に少しずつずれていった。  そんなときだった、太陽のスマートフォンに着信があり、その着信音はショパンのノクターン。  その曲を聞いた美月の顔色はみるみる悪くなり、そして身を震わせた。  美月がこの曲に反応していることに気付いた太陽は、一瞬含み笑いを浮かべてからわざとらしく苦笑し謝罪した。 「申し訳ございません。マナーモードに切り替えるのを忘れていました」  『まだまだ勝機はある』、と、自信を取り戻した太陽は、信号待ちで車を止めたときにスマートフォンをマナーモードに切り替えた。  美月の不調に気付いたのは満月もだったが、何故ここまで身を震わせているのか分からなかった。  『こいつ、美月さんに何をした?』、と、 満月はハンドルを握る太陽の項垂れた首筋を、鋭い眼差しに殺意を込めて睨みつけた。  しかし向けたその殺意は一瞬のものだったため、太陽には気付かれなかった。  美月を守ると誓った満月だったが、この偶然に生まれた不運な出来事に対処出来ない自分の未熟さにも怒りを感じた。  マンションの地下駐車場に到着した頃には美月の震えは止まっていたが、顔色は悪いままだった。 「仕事中に着信を許した覚えはない。二度と鳴らすな」  まさかその着信音が不快だからと言えない美月は、気丈に振る舞いながらそう伝えた。 「御意」  胸に手を当てながら返事をした太陽の姿を確認することもなく、美月は車から降り、満月と共にマンションの中に消えていった。  美月の姿が消えた方向に一礼した太陽は満足そうな含み笑いを浮かべていた。 「……やはり、身体は素直ですね」  催淫剤(クスリ)を盛られ、倒れたときにホテルのラウンジでかかっていた曲、ノクターンがトラウマになっていることに気付いた太陽は、あまりの嬉しさで身を震わせた。 「その素直さ故のトラウマ。あなたがとても愛しくてどうにかなりそうです、……美月様」  太陽は停めていた自身の車に乗り換えると、車内にノクターンをかけて、マンション地下駐車場を後にした。

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