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第53話 逞しい背中。

 『この満月(コドモ)に勝利すれば、美月様はこの私を選ぶ。目の前で私に攫われるところを指をくわえ悔やめばいい』  満月が匿名選手として出場していることで、太陽は焦りの色をみせた。  感情が爆発したのか、太陽は二射目中心を外した。  匿名選手、背番号07の出番になると会場は静まり返った。  この研ぎ澄まされた緊張感の中でも、満月は一瞬の隙もなくド真ん中を射抜いていく。  これで連続の的中、会場の誰もが息を呑み、太陽による『美月の模倣(コピー)』ではない、夜霧満月だけの圧倒的な『本物の弓道』に魅了されていた。  『美月(ジブン)模倣(コピー)など、本物の野生の前には児戯(ジギ)に等しい』、と、美月は思った。  客席で見下ろす美月の胸は、激しい鼓動とともに熱い何かで満たされていった。  かつて太陽の歪んだ執着に怯え、その蹂躙を想像し冷たい汗を流していた自分が嘘のようだ。  『あの逞しい背中が、冷徹で美しい射形が、命を懸けて自分を守ってくれている』、と、美月の心は歓喜に打ち震えた。  『……ああ、俺はもうお前以外の光はいらない。あの蛇に、お前を、そして俺達の未来を指一本も触れさせはしない』  美月の瞳は諦めではなく、北白川組若頭として、そして一人の男としての強烈な独占欲が宿る。 ​ 対する太陽は待機所でその満月の姿を見てギリッと奥歯を噛み締めた。  満月の一射ごとに、自分の積み上げてきた『完璧な模倣(コピー)』が、ただの安っぽい偽物として剥ぎ取られていくような恐怖に、弓を握る拳が微かに震え始める。  想いが交差する大会で注目を一身に浴びる満月への重圧は、彼を更に強くする。  そんな雰囲気に包まれた場面を見て、静は微笑ましい気分になり、言葉を紡いだ。 ​「良い眼をするようになったわね、満月さん」  美月の隣で、静が嬉しそうに目を細め微笑んだ。 「美月さん、知っていたかしら? 彼はあなたには内緒で私の元へ助力を乞いに来たのよ。それは全てあなたのためよ」 「満月が、お祖母様のところに……?」  初めて明かされる真実に、美月は射場の満月を見つめたまま言葉を失った。  満月が美月のために裏でどれほどの努力をしていたかを知った。  そんな美月の頬に一筋の涙が伝う。 「ふふ……、いい男になったものね。二年前、私の前で服を脱がせたときはまだ未熟な青年だったけれど、これならば私の可愛い孫を一生任せられるわね」  満月だけの美しくも野生的な弓道を見つめながら、美月は頬を伝う涙も拭わず、強く確信していた。  『(マンゲツ)はもう手放さない』、と、満月への強烈な独占欲と深い愛を、その胸にしっかりと刻みつけた。

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