57 / 62

第57話 くすぐったい時間。

 マンションの部屋までの道程がやけに遠いと思った。  けれどその道程を二人で歩く今すら愛おしいと思った。  玄関のドアを通り、鍵を閉めて、二人はそのまま風呂場に向かった。  脱衣場で互いに服を脱がせ合う、その焦れたひとときですら楽しかった。  美月の長い髪を結くゴムを解きたい満月の手が微かに耳元に触れる。 「っ……」  小さく声を漏らした瞬間、満月の手は止まった。 「美月さん、……怖いですか?」  美月は頬を赤く染めながら、首を横に振り満月の逞しい身体に抱きついた。 「ちょっとくすぐったかっただけだって」  実際に美月は満月を少しも怖がっていなかった。  それを証拠に、美月が満月の逞しい筋肉に沿って手を這わせてくる。 「もう、くすぐったいですってば」 「俺も同じだ、満月」  抱きしめ合いながら、美月の髪ゴムを解き、絹糸のような美しい髪にリップ音を立てて口付けをすると美月は愛しそうに微笑んだ。 「おまえはやることがキザだな」 「こんな俺は嫌いですか?」  拗ねた満月は不貞腐れた大型犬のように見えて、美月は手を取り風呂場に誘い入れた。 「いや、俺はおまえのそんなところが大好きだ」  満月がキザになるのは、優しく気遣ってくれているのが理由だと美月は知っていた。  美月の誘われるまま風呂場で抱きしめ合うと、互いの匂いを確かめた。 「美月さんの香りを嗅ぐと、どうしようもないくらい、抱きたくて仕方がなくなります」  まるで媚薬のようだと満月は思った。 「……おまえの匂いは男らしいよ」  美月の言葉に満月は身体を離そうとしたが、美月はそれを許さなかった。 「俺の好きな唯一無二の匂いだ」  満月の男らしい香りは美月に精神の安心と、そして性的な効果ももたらしていた。  だからこそ『唯一無二の匂い』だった。  美月の顔が少し上に向くと同時に、口付けを交わす。  息を繋ぐために角度を変え、再度唇を重ねると次第に深くなっていく。  まだ身体を交えていないのにも関わらず、口付けだけでこんなにも身体が熱くなるなんて。  『こんな気持ちがいいキス、今まで感じたことない』、と、美月は思った。  ディープキスのあと、熱に侵され蕩けたような表情の美月に満月はクスッと笑った。 「美月さん可愛いです」 「悪かったな、キスだけでこんなになって」  美月は自分から施す口付けに慣れていたが、相手から施される口付けに慣れていないようだった。 「悪くないです。寧ろそのままでいてください」  こういう行為に関して玄人な美月の弱いところに気付けて満月は嬉しかった。

ともだちにシェアしよう!