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第8話
俺が混乱していると、潜流 がすたすたと歩いて近寄ってきた。
潜流の彫りが深い整った顔がドアップになったかと思うと、むにゅっとした柔らかいものが俺の唇に当たってキスをされたのがわかった。
「なななな何するんだよ!?」
「こんなの挨拶だろ。何を今更、恥ずかしがってるんだ?」
挨拶代わりにキスをするほどの進展はしていないはずなのに、潜流は平然としている。
驚いている俺のほうが変だという態度だ。
「温泉行こうよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「何を待つんだ?食事の前に温泉に入りたいんだけど。じゃあ、行くよ」
部屋を出て温泉へ向かう潜流におとなしくついて行くしかなくなった。
秘密結社ダークムーンに拉致されたとかじゃなくて、本当に潜流と一緒に旅行に来ただけってシチュエーションになっている。
しかも潜流との会話は恋人同士ってことになっていて、何一つ現実味が無い。
たぶん、変な世界に閉じ込められているんだ。
男湯の暖簾の前まで来た。
男同士だから当然、一緒に温泉に入ることになる。
脱衣所で潜流は豪快に浴衣を脱いだ。
同じ男の体ではあるけど、潜流の白くて細い体は妖精みたいで俺とは別の生き物みたいに見える。
洗い場で髪と体を洗いながら、思考を冷静に戻そうと努力する。
そんな努力をしなければならない時点で全く冷静ではないんだけど。
露天風呂に入ると、潜流は当然のように俺の隣にいる。シチュエーションとしては嬉しくても、こんな変な世界からは脱出する方法を探さなければならない。
ドキドキを抑えて、この奇妙な状況について聞こうと思った。
「なあ、俺はさっきまでテレビみたいな頭の怪人と戦っていたのに、いつのまにかここにいてどう考えても状況が変なんだ。潜流、何か知らないか?」
「何わけわからないことばかり言ってるんだ?」
潜流はキョトンとしている。
「わけわからないのはお前だよ。俺とお前が初めて会ったのは先月だ。俺は怪人退治学園に入学したし、お前は秘密結社ダークムーンの怪人だろ。敵だったのは昔の話ってどういうことなんだ?いつ何がどうなって恋人になったんだよ?全然、辻褄合わないだろ」
「そんなこと、どうでもいいじゃないか」
「どうでも良くないって!しっかりしてくれよ」
「もうすぐ夕食だから風呂から上がろう」
結局、話が噛み合わないまま露天風呂から上がることになった。
部屋に戻ると、刺身と天ぷらが主菜の豪勢な夕食が座卓の上に並んでいた。
奇妙な状況でも腹は減るから、食べることにした。
「うん、美味しい!」
潜流は無邪気な笑みを浮かべながら食べている。
こんなに健康的で美味しそうに食べ物を食べるイメージなんて潜流には無いから、強い違和感を抱いた。
食事が終わって、部屋にある電話をかけてみたけどなぜか全く繋がらない。
フロントやお土産コーナーには人っ子一人いないし、玄関の扉は開かなくて出られない。
変な世界に閉じ込められている実感はますます強くなってきた。
歯を磨いて今から寝るという時になると、潜流が浴衣を脱いで全裸になっている。
「なんで脱いでんだーっ!!」
「玻璃彦も脱げよ。ここまで来て何もしないで帰るはずはないよな?」
潜流に帯を解かれて俺が着ている浴衣がはだけ、容赦なく浴衣を引っ剥がされた。
潜流は俺の下着まで脱がせようとしている。
「だめーっ!」
そう叫んだ時、俺は目を覚ました。
辺りを見回すと、一色 と四十万 も路上に転がってすやすや眠っている。
たくさんの人々が街中で眠りこけていた。
俺はその異様な光景を見て、テレビみたいな頭の怪人のことを思い出した。
「一色、起きろ!」
一色に呼びかけると、一色がゆっくりと目を開いた。
「あれっ?俺……変な夢を見て……」
「怪人の異能で眠らせられてたんだ!」
「そうだったのか!四十万も起こそう」
俺と一色が立ち上がり四十万に駆け寄って呼びかけると、四十万も目を覚ました。
「夢を見ていました。幸せなんだけど、どこか歪いびつな夢……」
「俺たちも同じだ。一色、四十万、怪人を探そう」
怪人はそんなに離れたところには行っていなかった。
人々が眠っている路上を悠然と歩いている。
四十万が両手から刃を生やして背後から斬りかかったが、怪人はさっと避けた。
一色も衝撃波で攻撃しているが、ガードされているようだ。
俺が仕込み傘の刀を抜くと、怪人の頭のテレビ画面に眼鏡をかけた青年の顔が映し出されて、俺に向かって語りかけてきた。
「自力で起きましたか。おかしいですねぇ。心を読んで都合の良い夢を見せれば眠り続けるはずだったんですが……」
他人の心を読み、都合の良い夢を見せて永遠に眠らせるのが怪人の異能だった。
夢の怪人とでも呼ぶべきか。
あの夢は不自然だったけど、俺が心の奥底で望んでいることを元にして夢の怪人が作り上げたものだったんだ。
ってことは、俺は潜流のことを……。
「都合の良い夢か……そうかもしれない。でも……」
夢の怪人は素早い動きで一色と四十万の攻撃を避けていた。
一瞬の隙を見逃さず一直線に夢の怪人に向かって突き進み、首を狙って刀で突いたが避けられてしまった。
それでも、夢の怪人の首に擦り傷をつけた。
俺が異能で傷を増悪させると、夢の怪人の首から噴水のように鮮血が噴き出した。
「解釈違いだ!」
潜流はこんな人だと偉そうに言えるほど長い付き合いは無いし、決めつける権利も無い。
それでも夢の中の潜流は表情が現実とは違いすぎた。
笑顔に悪意が無さすぎた。
潜流はあんなんじゃないんだ!
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