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第112話

 戸惑ったものの、ちゃんと飲みきってくれたので少し安心した。「いらない」って言われたらどうしようかと思った。  二人分のマグカップを洗い、リビングに戻る。  だが、その時には既に兄はいなくなっていた。もう寝室に行ってしまったようだ。  ――え……「おやすみ」もナシなのか……?  いつもは変な空気になっちゃっても「おやすみ」って言ってくれるのに。  それすらも言いたくないくらい、腹を立てているということなんだろうか。  いや、失言をしてしまったのは自分だけど、それにしたって……。 「…………」  どうにも胸が痛くなり、アクセルも急いで寝室に向かった。  案の定兄は先にベッドに入っており、こちらに背を向けて布団を被っていた。 「兄上……」  こっち向いてくれよ。何か言ってくれよ。  これではまるで、俺が「いないもの」として扱われているみたいで、どうしていいかわからなくなる。そんなに怒っているなら、無視じゃなくてちゃんとお仕置きして欲しい。  アクセルは思い切って、自分から兄のベッドに潜り込んだ。 「え……ちょっとお前、何してるの」  いきなり布団に入ってこられて、兄もやや戸惑った声を出す。 「……もしかしてそういう気分とか? 悪いけど、今日は早めに寝たいんだ。そういうのはまた今度にして」 「嫌だ。ちゃんとお仕置きしてから寝てくれ」 「お仕置きって何? さっきのことだったら、もう怒ってないよ」 「だけど、俺がずっとノインと一緒にいたせいで、兄上に寂しい思いをさせてしまったのは事実だろ」 「……ひょっとしてお詫びのつもり? 私、たかが一日放置されたくらいで拗ねるほど子供じゃないんだけど。だいたい、お前と離れ離れだった期間なんて数えきれないほどあるじゃないか」 「そうなんだけど、やっぱり気になって……」 「……はあ」  兄が見せつけるように溜息をついてきた。 「要するに、お前の気持ちが収まらないってわけか。お前、ホンットに意味わかんないところで変なこと気にするよね」 「へ、変なことじゃないだろ。万が一でも兄上に浮気を疑われたら困るし……」 「……だから私は、友達と遊びに行ったくらいで『浮気だ!』って怒り狂うほど器小さくないんだけど? それで怒るのはお前の方でしょうが」 「う……」  そう言われると反論できない。  自分が怒るから当然相手も怒るはず……と思いがちだが、そうならない場合も多々あるのだ。  特に兄と自分とでは「浮気」の線引きがだいぶ違うので、こういう場合に意見が嚙み合わなくなる。  なんと言えばいいか困っていると、 「まったく、せっかく早めに寝ようと思ったのに寝付けなくなっちゃったじゃないか」  兄が半身を起こし、こちらにのしかかってきた。

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