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第6話 監禁同棲生活
——監禁同棲生活、初日。
まだ現実を全部は飲み込めていない。
それでも、やることは変わらないらしい。
トイレ掃除、風呂掃除、洗濯、部屋の整理。
使冴は、いつもの手際で淡々と片付けていく。
一息つくと、知らない部屋の静けさだけがやけに耳に残った。
使冴は、昨日のやり取りを思い返していた。
〇●〇●〇●
「どうにかするって、どう……」
使冴の涙を拭う指が離れた。
「一番簡単なのは、戸籍上、一回死んで別の戸籍で別人に生まれ変わる」
さらっと怖い犯罪を口にされた。
世間話感覚で話すのが余計に怖くて震える。
涙が引っ込んだ。
「けど使冴の場合、そこまで必要ない。もっと簡単」
「簡単、なのか?」
「俺の言付け、全部、守れればね」
使冴の問いかけに、スミがスマホを見せた。
見覚えのある、年季が入ったスマホだ。
「それ、俺の……」
「使冴のスマホは解約。ここにいる間は、俺名義のを貸す」
「解約って……。ん? ここにいる間?」
「色々片すまで。まぁ……三カ月くらい、か。その間、使冴は俺と同棲。この部屋から一歩も出さない」
「は⁉」
訳が分からな過ぎて、驚くしかない。
「使冴がノコノコと外をふらついてると色々と面倒臭ぇから、缶詰されてろって話」
スマホをテーブルに放ったスミの手が煙草に伸びた。
シトラスの香りが、煙と共に部屋に広がる。
伊純に似合う香りだと、ぼんやり思った。
「今の理屈は、わからなくもねぇけど。……あのさ、そもそも俺を助けることって、スミさんにメリットあんの?」
よく考えれば、おかしな話だ。
三回しかあっていない相手を預かってまで助けてやろうなんて、物好きレベルではない。
煙を吐きながら、スミが使冴を流し見た。
「色々あるけど。一番のメリットは、一緒に住める。使冴を落としてみたい」
「ウソ、なんで?」
指名された三回とも別段、楽しそうでもなかったし、気に入られている気もしなかった。
「クソ度胸のある美人なガキってトコが、キた。天使面よりいいって言ったろ」
「お前の好みが、わかんねぇよ」
スミの言葉が、いちいち刺さる。
イラっとするが、強く怒れない。
「残念だけど、期待するほど面白れぇ人間でもねぇよ、俺は。家事が得意な変わったオメガってだけ。あとガキじゃねぇ。二十五だからな」
「そう、それ。変わったオメガってのも、欲しいんだよね。……って、そっか。二十五か。よく考えたら年上か」
顎をくぃと持ち上げるスミの指を、パシっと叩き落した。
「年上? まさか、その顔で俺より年下なの?」
「そこまで老けてねぇだろ。二十三だから、使冴の二個下」
「マジかよ。詐欺だな」
てっきり、ずっと年上なのだと思っていた。
威圧的な態度といい、淡々とした話し方といい、かなり大人の雰囲気だ。
(ていうか、あんな冷えた目。二十三で出せる色じゃねぇだろ)
使冴はコーヒーカップを持って、ちびちびと啜った。
カップ越しにスミを窺う。
(一体、どんな人生送って来てんだ、コイツ。てか、マジで何者なワケ?)
ここまでくると、正体を知るのも怖い気がする。
「さん付で呼んで、損した。そうだ、名前教えろよ」
「昨日まで客だったんだから、さん付が正解だろ」
伊純が煙草を灰皿に押し付けた。
細い葉巻のような煙草が潰れて、シトラスが強く薫った。
「名前、教えてもいいけど、聞いたら後悔するかもよ」
スミの口端が上がった。
(名前を聞いただけで、何者かわかるくらいの大物ってコトか。益々怖い)
これだけ雰囲気のある男だ。
今更、何者でも驚かない。
「後悔してもいい。教えてよ」
迷うのは無意味だ。
「俺の本名は|御影《みかげ》|伊純《いすみ》。表向きの職業はデイトレーダー」
「御影……伊純。あの、御影か?」
発した言葉を空気と一緒に飲み込んだ。
聞いたことを、秒で後悔した。
(御影っていったら、反社のバラシ屋って呼ばれてる反社だろ)
全国のヤクザを解体して取り込み、組織を巨大化して全国にネットワークを敷いている。
裏で警察とも繋がっているとか噂がある大物だ。
(しかも伊純って、長男より優秀な次男とか言われてる、実質の若頭じゃなかったか?)
嫌な汗が背中を伝う。
ただの有限会社の正社員とは、住む世界が違う。
(本当にヤバい奴だった! どうしよう。人生リセットした後に、もっとヤベぇ人生が待っているかもしれない)
伊純が顔を近づけて、使冴を覗き込んだ。
体が反射的に仰け反った。
「わかりやすく引いた顔すんだね。やっぱり、やめる?」
速まる鼓動を手で押さえて、使冴は首を横に振った。
「今更、止めない。ここで元の生活に戻ったら、変われない」
戻っても、匠に良いように使われるだけだ。
風俗も家事代行も、天使の仮面を被り続ける羽目になる。
伊純の手が伸びて、使冴の頬を撫でた。
「やっぱ使冴って、可愛い。覚悟決めるの早い奴は好き」
顔が近付いて、下唇を食まれた。
「ん……ふ……」
舌先が軽く触れて、甘い吐息が漏れた。
「使冴って、フェロモンコントロールできるオメガなんだよな? さっきから甘いんだけど、誘ってんの?」
「誘ってねぇ。良い匂いとか、するはずない、けど……」
使冴も甘い匂いを感じる。
伊純が煙草を吸い始めてから消えたが、まだほんのり薫る。
(アルファの前では絞るようにしてんのに。久々に発情したからかな)
自分の匂いをクンクン嗅いでみる。
理由がわからなくて、首を傾げた。
使冴の首筋に顔を寄せて、伊純が匂いを吸い上げた。
ふわりと吐息がかかって、肌がゾクゾクする。
「使冴の匂い、いいな……」
伊純の目に、欲が浮いて見えた。
「……お礼、するよ。伊純が欲しい時に、相手する。住んでる間は、対価は体で払う」
金なんて、伊純にとって価値はない。
使冴が払えるものなんて、体くらいだ。
「いらねぇよ。てか、簡単に差し出すな」
「伊純がアルファなら、辛ぇじゃん」
使冴が意識して絞ってもフェロモンを感じるなら、対処法はそれしかない。
「使冴が煽んなきゃ、俺は発情しねぇよ。抑制剤もあるから、平気だ」
伊純がもう一本、煙草を取り出した。
「それ、もしかして抑制剤?」
「そう。吸引系は効果が薄いけど、薬も頓用してる。襲う心配はねぇよ」
火をつけると、強いシトラスが薫った。
「どうせ抱くなら、使冴が俺に惚れてからがいい」
「惚れる? 俺が? お前に?」
訳が分からなくて、首を傾げた。
「落としたいって、言っただろ。本気で惚れたらどんな顔すんのか、見てみたい」
その発想に、怖気が走る。
(心まで蹂躙したいんか。御影組・若頭の遊びか?)
気に入った玩具で遊ぶ感覚だろうか。
使冴の人生リセットも、落とすのも、この男にとってゲーム感覚なのかもしれない。
(人を玩具かなんかだと思ってんだ。ホント、わけわかんねぇ)
伊純が、使冴を覗きこんだ。
「俺に失礼な想像してそうだけど。割と本気で落とす気でいるってだけ、言っとく」
伊純の言葉が本気には聞こえない。
「そんなにしてぇんか」
呆れ気味の声が出た。
「そうじゃねぇだろ」
伊純の眉にわずかに皺が寄った。
考えるような顔をして、伊純が視線を向けた。
「リセット後の人生、まるごと引き受けてもいいくらいには、使冴を気に入ってるよ」
「はぁ?」
益々、意味が解らない。
(仕事を斡旋してくれる気か? 反社の仕事はしたくねぇな)
とはいえ、これから世話になる相手の好意を無碍にも出来ない。
「……とりあえず、住んでる間は家事代行、やらせていただきます」
無難な落とし所を提案した。
「家事とか好きじゃねぇから、よろしく」
するりと頬を撫でられた。
触れ方がやけに柔らくて、こそばゆい気持ちになる。
(伊純の手の冷たさ、嫌いじゃねぇんだよな)
自分の心臓が小さく跳ねた理由が、よくわからない。
使冴は、煙をふかす伊純をぼんやり眺めていた。
こうして、御影伊純との唐突な監禁同棲生活が始まった。
これから対面する過去と未来の重さなど、この時の使冴は想像もしていなかった。
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