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第7話 家族写真①

 監禁同棲生活のルール。  使冴は伊純の許可が出るまで外に出てはいけない。  外部と接触を持ってはいけない。  ――監禁同棲生活三日目。  特に問題もなく生活している。 「さてと。家事もひと段落付いたし、買い物でもするか。食材の確認~」  冷蔵庫と備蓄棚を確認する。  初日に確認した時は、缶詰や乾麺、防災食しかなくて、呆然とした。 (家事好きじゃねぇとか言ってたけど、料理もしないんか。どうやって生きてたんだ) 「卵と牛乳は欲しい。野菜はトマトときゅうりだけでいいや。あとコーヒーだ」  伊純はコーヒー消費率が高い。  しかも濃いめが好きだ。 「胃炎になってもしらねぇぞ、っと」  伊純に渡されたパッドで買い物を済ませる。  外に出られないから、買い物はすべてネットだ。  荷物は宅配ボックス経由で部屋まで届く。 「受診のお知らせが来てる。俺の抑制剤か」  診療のアイコンをタップする。  早速オンライン診察の予約を入れてくれたらしい。 (仕事が速い。流石、御影の若頭)  バース専門外来はオンラインで受診する。  処方薬は郵送してもらえる。 「金と権力を持ってるってのは、えげつねぇなぁ」  このタワマンも都内にあるらしい。  つくづく、深い事情には関わりたくないと思う。 (つっても、もう結構、深い部分に関わっちゃってんのかな。今更だけど、どうしてこうなった)  拉致られた理由は匠や根黒組に関係があるのだろうが。  ここまで大掛かりに使冴の面倒まで見てくれる理由が、わからない。  冷静に考えると不思議を通り越して、怖い。   (俺個人を助ける理由が見当たらねぇんだよ。特異なオメガだからか?)  闇オクで高値が付くであろうオメガだ。  そういう理由なら、納得できる。 『リセット後の人生、まるごと引き受けてもいいくらいには、気に入ってるよ』  不意に、伊純の言葉を思い出した。 (俺を落としたい理由って、なんだろ。まさか本当にしたいだけじゃねぇだろうし)  あの言葉が妙に引っ掛かる。 (若頭の遊びだ。深い意味なんか、ない。深く考えたらプロポーズみたいな意味になるだろ。そっちのが意味わかんねぇよ)  ブンブン頭を振って、考えを切り替えた。 「一先ず、あるもんで昼飯を作るか」  伊純が当然のように出前注文するから最初は流されたが、いつまでもそうはいかない。  人気ナンバーワン家政夫の名が廃る。 「やけにパスタが多い。消費するか。スパムと合挽肉、使うかなぁ」  メニューを考えていると、テンションが上がる。 (料理してると、楽しいな。日常に戻った感じがする)  スパムと豚の合挽で肉感を増したミートソースと、残り野菜を使ったコンソメスープを作ってみた。   「食事、できたけど。伊純は、まだ部屋か」  奥まった先の扉を眺める。  他の部屋はどこに入っても良いが、伊純の部屋だけは入るなと言われている。 (何でだろう。組の重要機密とか、あんのかな)  だとしたら絶対に入りたくないし、近付きたくない。  とはいえ、声を掛けないわけにもいかない。  足音を忍ばせて近付くと、扉をノックした。 「伊純、昼飯できたけど、出てこられるか?」  返事がない。  どうしたものかと思っていたら、遅れて声がした。 「……あぁ、行く」  返事を聞いてすぐ、使冴は部屋の扉を離れた。  キッチンで食後のコーヒーをセットしているうちに、扉が開く音がした。 「美味そ。パスタいいね」  扉が閉まるのと同時くらいに声が聴こえて、びくりと振り返る。  既に伊純が椅子に腰かけていた。 (動きが早ぇ。忍者かよ) 「パスタ好き? だから、いっぱいあんの?」 「それもあるけど、使冴の使い勝手が良いように揃えてある」 「は? 何で俺?」  よくわからなくて首を傾げる。 「このタワマンは基本、使冴のために準備したもんだから」 「……は?」  麦茶をテーブルに置く手が、跳ねた。 「いただきます」  使冴の疑問をスルーして、伊純が手を合わせる。 「このミートソース、なんか美味い。俺が知ってるミートソースじゃねぇな」  一口、頬張った伊純が感心しながら頷いた。 「スパムと豚肉を使って食感を増してる。隠し味に醤油とオリーブオイルを少々……って、そうじゃねぇだろ!」 「だから食い応えあるんだ。バターっぽい風味が合って、いいね。肉多めで好き」 「バターで炒めるとコクがでるんだよ。肉の他に好きなのは……」 「米。スープ系は何でも好き」 「へぇ……じゃなくて、その前に! 俺のために準備したって、何? ここ、伊純の家じゃねぇの?」  使冴は前のめりに迫った。  パスタを食みながら、伊純が顔を上げた。 「俺の家っちゃ、そぅだけど。使冴を住まわせるために買ったタワマン。住んでんの、最上階のこの部屋だけ」  使冴は愕然とした。 (だから初日、精製食品が何もなかったのか。タオルとかシーツとか新品ぽいのも、そのせいか)  部屋に置いてある家具だって、よくよく見ればモデルルームみたいで生活感がない。  使冴のために買いました発言が、嘘に聴こえない。 「そこまで、する?」  うっかり本音が口から零れ落ちた。  食事の手を止めて、伊純がじっと使冴を見詰めた。 「やっぱり使冴は、自分の置かれてる立場、わかってねぇよな」 「立場って、どういう意味だよ」  伊純が返事せずに無言で使冴を見詰める。  その視線が怖すぎて、目が逸らせない。  伊純がポケットからスマホを取り出して、テーブルに置いた。 「俺のスマホ? 持っていて、いいの?」 「解約したから使えねぇけど。写真とか見てぇだろうし」  スマホのフォルダには、大昔に撮った家族写真を保存してある。 (写真もメッセも、保存してるけど。見たのかな)  ちらりと伊純をうかがう。  相変わらず何を考えているのかわからない顔で、パスタを食べている。 (質問の答えになってねぇけど。はぐらかされたのか?)  気に入らないが、これ以上ツッコんで聞く気にもならない。 「ありがと」  とりあえず、お礼は言っておいた。 「ん。スープも美味い」  伊純が頷きながらスープカップを持った。 (今なら、聞けるかな)  何となく雰囲気が穏やかな気がする。  使冴は、ずっと気になっていたことを思い切って聞いた。 「あのさ……店がどうなったか、聞いてもいいか? 伊純は、知ってるよな?」  伊純が、スープカップ越しに目を上げた。 「俺が抜けてマシュマロハウス、大丈夫か気になって」  店一番の予約数を持っていた使冴が抜けて、回っているか気になる。 「どぅだろうな。天使すぎる家政夫目当ての客は、切れんじゃねぇの?」 「そう、だよな」  罪悪感で胸が苦しい。 (予約分は働いて、清算してから辞めるべきだったよな。大人なんだから)  拉致監禁は不可抗力だったとしても。  こういう辞め方は、本意じゃない。 「マシュマロハウスには、ハウスキーパーを回しといた」 「……え?」  使冴は俯いていた顔を上げた。 「御影も家事代行業にパイプがあんだよ。人材バンク経由だから、気付かれねぇ。安心しろ」 「そっか、良かった」  少しだけ肩の荷が下りた。   「……俺って今頃、行方不明扱いかな。警察に失踪届、出されてたりして」  ははっと軽く笑って見せる。  自分の声が乾いて聞こえた。 「多分、それはねぇな。探しはするだろうけど。表立って動くのは、もっと後だろ」  使冴の胸に、鈍い痛みが滲んだ。 「よく考えたら、探しもしねぇかもな。俺が匠兄貴を切れねぇの、店長は気付いてたっぽいから。面倒なのが消えて、ホッとしてるかもな」  自分の言葉に、自分で傷付いた。 (何、言ってんだ、俺。馬鹿みたいだ)  白玉が心配すれば、申し訳ない。  なのに全く心配されないと、ショックだなんて。 (こんな発想、ただのガキだろ。俺一人いなくなったって、店は潰れねぇんだから)  天使すぎる家政夫なんて、一過性の流行だ。  使冴がバズる前から、マシュマロハウスは黒字運営を続けている。 「マシュマロハウスの白玉店長は、使冴と砂川の関係、気付いてたんだ?」 「最近は切れって、うるさく言われてたよ。俺が白玉の斡旋所で兄貴の仕事してたのも、多分気付いてた」  知られるのが、嫌だった。  白玉には、どうしても話せなかった。 「……ふぅん」  テーブルを弾くような音が聞こえた。  伊純がスープカップを置いた音だった。 (伊純……? 怒ってる?)  表情は変わらないが、凄味を感じる。  伊純の目が、使冴を流し見た。 「マシュマロハウスは人材バンクに三人、ヘルプ要請を出してたぜ。お前、どんだけ働き者だよ」  急に話が戻った。  伊純は時々、はぐらかすように話題を変える。 「ぁ……そっか。ありがとな。こんな風に辞めたけど、俺にとっては大事な居場所で、仕事だったからさ。ちょっと安心したよ」    小さな笑みが、自然と零れた。 「白玉組はマローを畳むつもりらしい。斡旋所もスタッフ補充で声掛けたら、そういう返事だったよ」 「そっか……」    使冴にあれだけやめろと言っていた白玉だ。  最初から閉鎖するつもりだったのかもしれない。 「天使すぎる家政夫も、天使みたいなネコも、終了。時間が経てば、世間は忘れる」  忘れるという言葉が、使冴の胸に響いた。  どれだけ人気があろうと、いなくなれば結局、人の記憶から消えていく。 (そんなもんだけど。ちょっと悲しいな)  努力してきた結果まで消えてなくなるようで、少しだけ痛い。 「そっかぁ。俺、いなかった人になるんだ」  使冴は、伊純に笑ってみせた。 「いなかった人には、ならねぇよ。過去の人になるだけ」  伊純が食器を持って立ち上がる。  話しながらなのに、食べるのも早い。 (俺まだ、ほとんど食ってないのに)  キッチンから戻った伊純が、使冴の前で屈んだ。 「俺ん中では、過去も今も繋がってっから、いいんじゃねぇの」  顎を掴まれて、顔が寄った。 「ん……っ」  下唇を甘噛みされて、弱い痺れが広がる。  胸が、きゅっと締まった。 「美味かった。ごちそーさん」  唇を離すと、伊純が部屋に戻った。  その後ろ姿を、ぼんやり見送った。 「美味かったって、飯が? キスが?」  顔が勝手に熱を増す。  胸に広がる痺れの意味が、よくわからない。  触れた感触を確かめるように、下唇を指でなぞった。

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