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第12話 淡い痺れ

 いつもより温かい。  布団以外の何かに包まれているような感覚だ。  心地良くて、ずっとこうしていたい。 (こんなに温かいの、久し振りだ。なんだっけ、この感じ。……そうだ。誰かに抱きしめてもらってるみたいに)  重なる体温が沁みて、混ざり合う安心感だ。  使冴は腕を伸ばして、感じる熱を抱き寄せた。 「ん……あれ? だれ……」  目の前に、伊純の顔がある。 「……は? え?」  寝息を立てる伊純を数秒、凝視した。  ちらちらと周囲を窺う。   (でっかいベッド……使うの初日以来だ)  キングサイズのベッドは、普段は使用していない。  部屋にベッドがあるから、各々の部屋で休む。 (なんで、伊純と寝てんだ? 昨日の夜って、そんな感じだったっけ?)  混乱する頭で、必死に思い出す。 「ん……使冴、おはよ」  伊純が薄らと目を開いた。 「ぉ、はよ。あのさ、伊純。もしかして、夜……」 「ヤってねぇよ」 「はぇ?」 「一緒に寝ただけで、セックスしてねぇよ」 「あぁ、そぅ」  ほっとしながら、ちょっと残念な気持ちになった。 (いやいや、残念てなんだよ)  フルフルと小さく頭を振る。   「使冴が俺にしがみ付いたまま寝落ちたから、ここで一緒に寝ただけ」 「しがみ付いたまま……? あ」  昨晩の記憶が、怒涛のように使冴の頭に浮かび上がった。  恥ずかしくて、顔が熱い。  腕枕されて顔も近いから、余計に恥ずかしい。 (温かいって感じたのは、伊純の体温だったんだ)  目覚める前に感じた温もりの正体に、安堵した。 (なんだよ……気持ちいいじゃん。それに、良い匂い……)  伊純の胸に、そろっと顔を摺り寄せる。   (伊純の匂い、好きだな。安心する)  気付いたら自分から体を添わせていた。 「おぃ、そういうの、やめろ」 「ん? そういうのって、何?」  伊純が使冴を見下ろす。  暗いからよく見えないが、照れているように見えなくもない。 「無自覚かよ。勘弁しろ。俺だってアルファだから、使冴のフェロモンで狂うんだぞ」 「今は絞ってるし、発情期もまだだから、フェロモン出てないだろ。大丈夫だろ」  伊純が呆然と使冴を眺めた。  よくわからなくて、首を傾げる。 「特異なオメガの自覚なしか」  伊純が諦めた顔で息を吐いた。 「自分が変わったオメガって自覚なら、あるよ。だからフェロモン、絞ってんだろ」 「漏れてんだよ。マンションに来てから日増しに、使冴のフェロモンが濃くなってる」 「マジで? でも伊純、平気そうじゃん」  この一月、伊純とは同じような距離感で過ごしていたと思う。 「抑制剤を増やして我慢してんだよ。なのに、そんな可愛い仕草されたら襲いたくなんだろ」  間近に見える伊純の顔が、やっぱり照れている。 「そう、なの? ごめん、離れる……」 「離れなくて、いいけどさ」  ズリズリと後ろに下がった使冴の体を、伊純が引き寄せた。  伊純の胸に、ぴたりと寄り添う。 (絞ってるつもりだったのに、絞りきれてない。それって、発情期が早まってるせいか。それ以外なら……)  使冴が伊純に惹かれ始めているから。  気持ちより本能のほうが先に反応しているようで、恥ずかしい。 「昨日は、兄貴が悪かったな」 「兄貴? あぁ、そういえば」  伊純の腕の中が心地良くて、すっかり忘れていた。 「勢いのある人だったな。優しそうに見せかけて、怖そう」 「忌憚無き意見だけど、合ってる。さすが、客商売は見る目あるな」 「まぁな。昼も夜も、歴が長ぇし」  伊純が使冴の体を、ぎゅっと抱いた。  よくわからなくて、顔を見上げる。 「使冴に、しなきゃならねぇ話が、あるんだけどさ」 「ぁー……昨日、お兄さんが言ってた、御影の家業ってヤツか?」  なにやら意味深な言い方をしていた気がする。 「俺をこのマンションに連れてきたのとも、関係あんだろ。ちゃんと聞くよ」  使冴を抱く伊純の腕が、力を強めた。  顔を胸に押し当てられた。 「伊純? どした? 話したくねぇなら、今でなくても」 「話すつもりでは、いた。使冴が何も知らねぇのも、知ってた。あまりにも何も知らねぇから、何から話せばいいか、迷ってたってのも、あんだけど」 「……伊純?」  押し付けられた胸から聞こえる鼓動が速い。 「使冴が俺のこと、好きになってから話したかった。世間体も|柵《しがらみ》も他人の作為も、何もないこの部屋で、使冴が俺に惚れてくれたら、それからって」  伊純の鼓動が、どんどん速くなる。  使冴は熱い胸に頬を押し付けた。 「何、言ってんだ、俺。悪ぃ……使冴の人生に関わることだ。ちゃんと、しねぇとな」 「別にいいよ、今じゃなくても」  頬を擦り寄せ、服の上から伊純の胸に口付ける。  伊純の体が、ピクリと震えた。 「だって伊純は、リセット後の俺の人生、丸ごと引き受けてくれんだろ。だったら、いつ聞いても同じじゃん」 「は……? どういう意味で言ってんだ? つか、わかって言ってんのか?」 「伊純こそ、どういう意味で言ったんだよ。そういう意味じゃねぇの?」 「そういうって、何だよ……」  伊純の顔を掴まえる。  自分から唇を重ねて、触れるだけのキスをした。 「こういうキスより、もっとエロくて気持ちいいコトする関係って、意味じゃねぇの?」  伊純の手が、使冴の手を掴んだ。 「キスとか、本当はまだ怖いんじゃねぇのか? 無理すんなよ。俺に変な気、使うな。拉致った時は俺だって、お前に無理やりキスしてる。怖かった、だろ?」  握られた指が、ピクリと震える。  小さな震えはすぐに、伊純が触れる温もりに溶けて消えた。 「拉致られた時は平気だった、というか。平気なフリ、できたんだよ。今は、さ……。この部屋に伊純といるのが居心地よくて、痛みを誤魔化す方法、わかんなくなっちゃって」  自分だって、まさかあの程度のキスで泣くとは思わなかった。 「伊純とするキスが気持ちいいって、覚えちゃったから。だから、気ぃ使ってるとかじゃ、なくて。伊純となら、キスも、それ以上もシてぇなって思……」  伊純の腕が使冴の体を押し倒した。  触れた唇が深く重なって、熱が容赦なく入り込んでくる。  今まで伊純と交わした、どのキスよりも気持ちいい。 「ん……はぁ」  唇が離れても、淡い痺れが消えない。  熱を帯びた伊純の目が、使冴を真っ直ぐに見詰めた。 「項噛んで、使冴を抱いて孕ませて、俺のガキ産んだ使冴を一生愛していたいって。俺だけの使冴にしてぇって。俺がお前に言った丸ごと引き受けるは、そういう意味だ」  欲を灯した伊純の目から、目を逸らせない。  使冴は息を飲んだ。 「そ、れ……恋人通り越した、プロポーズなん、だけど」  伊純の顔も耳も真っ赤なのが、薄暗い部屋でもわかる。 「使冴が素直な気持ち、曝け出してくれるたび、自制がきかなくなる。使冴のフェロモンも、どんどん濃くなるし、今だってギリギリだ」 「フェロモン、強いとは、言われるけど」  それだけではないと、ちゃんと気が付いている。 (フェロモン、絞り切れなくて、無意識で濃くなんのって、どう考えても好きだからだよな)  本能が、感情より早く使冴の想いを告げる。  恥ずかしいけど、嫌じゃない。 (ここには伊純しかいねぇから。抑えきれてねぇんだな、俺)  漏れ流れるフェロモンと同じだけの想いが、自分の中に育っているだろうか。  伊純の目が、わずかに上がった。 「使冴は俺を、どう思ってんだよ」 「どう、なのかな。嫌いじゃねぇし、むしろ好きだと思う」 「思う、止まりかよ」 「いや、好きなんだよ、多分」 「多分?」  伊純の、大変不満そうな声が刺さる。 「キスもそれ以上も、伊純とならしたい。一緒に寝るのも、嬉しい。一緒に飯食ったり、何気ない会話してんのも、楽しい」 「それもう、好きで良くねぇか?」 「うん、そうだよな。そうなんだけど、何か……伊純がくれる好きに、俺の好きが足りてねぇ気がして」 「なんだ、それ」  伊純が、ゴロンと横になった。 「じゃぁ、さっさとその足りねぇ分を見付けて、俺のモンになれ」 「やけくそだな」 「そうじゃねぇよ。ここまで待ったんだ。あと少しくらい、待てるよ」  じわりと、胸が甘く締まった。 (伊純は、待っていてくれるから。だから、安心するんだな、俺)  悪いと思うのに、嬉しい。 「ごめんな、伊純。もう少しだけ待って。伊純には、ちゃんと応えてぇから」  真っ直ぐに気持ちを届けてくれた伊純に、同じ熱を届けたい。  だから、中途半端には、したくない。 「使冴の隣で、待ってるよ」  伊純が使冴の頬に柔らかなキスを落とした。  胸が、じわりと痺れる。  唇と胸に残る淡い痺れが、使冴の心にいつまでも残った。

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