17 / 24
第17話 アパタイトのネックガード
伊織が弁当を喜んでくれたので、作るのが使冴の日課に加わった。
だから早起きになった。
伊織は健全なサラリーマン的生活だ。
朝は七時くらいに家を出て、十八時くらいには帰宅する。
前までは十時前にのっそり起きてきた伊純も、伊織にあわせて早起きになった。
伊織と使冴を二人きりにしたくないらしい。
結果、三人とも規則正しい生活になった。
そんな健全生活が、十日ほど続いている。
気が付けば、九月も中旬に入った。
伊織は伊織で、使冴を息を吸うように口説いてくる。
だが、前のように突然キスしたり抱き付いたりはしてこない。
むしろ、そういう素振を見せて、ヤキモキする伊純を揶揄っているようだ。
(伊純は苦手そうだったけど。伊織兄ちゃんは弟、大好きだな)
使冴を口説くのは、必ず伊純がいる時だ。
そんな伊織を、最近は微笑ましく思う。
「伊純だけ、昼前に戻るとか言ってたよな。飯は作っていいよな」
今日の伊純は珍しく伊織と一緒に朝から家を出た。
伊織の背中が、嬉しそうだった。
「昼は伊純が好きな肉~。牛豚合挽ハンバーグで、ロコモコ丼風サラダプレート~」
早速、冷蔵庫を開けて準備に取り掛かる。
「スープはさっぱり系がいいかな。コンソメベースのポトフいっぱい作って、夜はアレンジするか。ホワイトソースと、隠し味は白味噌でコクウマ~」
ウキウキしながら野菜をチョイスする。
やっぱり料理はテンションが上がる。
食べてくれる人がいれば、尚更だ。
「ただいま」
リビングの扉が、静かに開いた。
キッチンで肉をこねながら、使冴は顔を上げた。
「おかえり、伊純。早かったな。仕事じゃなかったの?」
「今日は違う」
「そっか。悪ぃ、今から飯作る。ちょっと待ってな」
「飯は急がねぇから、こっち」
伊純が手招きした。
手を洗って、隣に腰掛ける。
掌に載るくらいの小箱を渡された。
「これ、何? 開けていいの?」
「ん」
返事が、やけに短い。
使冴は、蓋を開けた。
黒い布の真ん中に、青く輝く美しい宝石の装飾が施されている。
箱から取り出すと、円状の布だった。
ただの布地にしては厚みがあるし、造りが頑丈だ。
「これって、ネックガード?」
Ωの人口が多かった時代は装着率も高かったが、今は付けている人のほうが少ない。
使冴も久しぶりに見た。
「そう。特注で時間かかった」
「特注なんだ」
どの辺が特注なのか、一見してはわからない。
宝石だろうか。
頑丈そうな布だろうか。
「使冴は、ネックガード付けたことねぇの?」
「ねぇなぁ。今時、ネックガードなんか付けたら、自分からオメガですって名乗ってるようなもんだし、逆に危ねぇよ」
第二の性がバレれば、強姦や誘拐の懸念のほうが大きい。
αに遭遇する率も低いから、噛まれる心配は少ない。
「あ、でも。斡旋所で、説明のために付けたことはあるよ。昔は、アルファが好きなオメガに独占を表すのにネックガードを贈ったりしたから、プロポーズに贈るのにも向いてるって……伊純?」
ちょっと得意げに説明にしたら、伊純の顔があからさまに照れた。
「全部、言うな。つーか、斡旋所はヤリ目もいたんだろ、危ねぇな。噛まれたらどうすんだよ」
伊純が怒りながら顔を真っ赤にしている。
耳まで赤い。
「怒ってんの? 照れてんの?」
「怒ってねぇし、照れてねぇ。付けてやるから、貸せ」
使冴の手からネックガードを奪うと、首に巻く。
「うわぁ、触れ心地良いな」
「だろ。予備もあるから洗って使い回せる」
伊純が嬉しそうだ。
ワクワクしている。
使冴もつられて、楽しい。
「ほら、鏡」
「おぉ、綺麗だ」
手渡された鏡に、青い宝石が浮かぶ。
黒地のシンプルなデザインだから、よく映える。
「宝石が前にくるんだ。でも邪魔にならないな」
重厚感があるのに、重くない。
薄いし大きすぎないから、違和感もない。
「青っぽい石が似合いそうだから、アパタイトにした。やっぱ、似合うな」
「めっちゃ気に入った、ありがと……」
伊純の指が、すりっと使冴の頬を撫でた。
その瞬間、甘い匂いが強く薫った。
心臓が、ドクリと大きく震えた。
(なんだ、これ。ドキドキが、大きい。伊純の匂い、いつもより甘くて、濃い……)
顔が火照って、体が熱い。
のぼせたように頭が、ぼんやりする。
「宝石のとこ、抑制剤が仕込んであるから、いざとなったら使え。ちなみに、俺の指紋認証じゃないと外れな、い……っ!」
伊純が何か話している。
声は聞こえるのに、内容が頭に入ってこない。
(やばい、発情期、きたかも。何で、急に。いつもなら、兆候があるのに)
吐く息が熱い。呼吸も浅い。
鼓動が、どんどん速くなる。
「使冴、どうした? フェロモンの量が、やべぇ」
「ごめ……発情期、きたかも……」
ソファの背もたれに、こてんと身を預ける。
体が疼いて、息が上がって、動けない。
「抑制剤、仕込んでるのじゃ効果ねぇか。処方薬は部屋か?」
立ち上がりかけた伊純の服を、ぎゅっと掴んだ。
「抑制剤より、キスして。伊純に、抱かれたい」
頭がぼんやりして、自分が何を言っているのかも、わからない。
「何、言ってんだ。正気じゃないだろ。とにかく薬……」
「やだってば。伊純じゃなきゃ、やだ」
伊純の服を強く引いて、その顔を掴まえる。
強引に口付けて、強く吸い付いた。
「まてっ……、つかさ」
伊純の首に腕を掛けて、押し倒す。
上に乗って、また唇を重ねた。
(止まんねぇ。伊純が欲しい。もっと、深く、もっと……)
戸惑っていた伊純の手が、使冴の体を強く抱いた。
重なる唇が、深まる。
「ギリギリで我慢してんのに……俺だって、止まんねぇぞ」
いつの間にか、体が反転した。
間近で見下ろす伊純の目には、欲が浮いている。
「止めないで、もっと、触って」
伊純の肩に噛みつく。
強く吸い上げて、舐めて、それでも足りなくて、また噛んだ。
(伊純の匂いが、いつもより、ずっと甘い……もっと吸いたい。感じたい、伊純……)
伊純に触れて、匂いを吸い込むほどに、疼きが増して快楽が昇る。
甘い匂いに発情が煽られる。
「も、わけ、わかんな……」
頭がフワフワして、体中が気持ちいい。
「使冴、つかさ……」
遠くに聴こえる伊純の声が、耳の奥に木霊する。
触れる熱はピタリと重なっているのに、もどかしい。
「繋がって、感じて……」
欲に蕩けた獰猛な瞳が、使冴の心を絡めとった。
「伊純の匂い、好き……」
虚ろな意識で、伊純の肩をカプリと食む。
匂いを、めいっぱい吸い込んだ。
「っ……!」
伊純の体が大きく震えた。
腹に強い圧迫を感じた。異物感が快楽に変わる。
(俺の中に、伊純が入ってる……)
互いの体が揺れて震えるだけで、背筋を快感が駆けあがる。
おぼろな意識の中で、快楽が腹の奥から膨らんでいく。
「ぁっ……」
溜まった熱が、体の奥で弾けた。
腹の中も外も、ジワリと熱さが広がる。
出した虚脱感と腹に広がる二人の熱が、体を余計に熱くした。
「使冴、綺麗だ……」
耳元に聴こえる伊純の吐息が、しっとりと絡む。
浅く上下する胸が、汗ばんでいる。
「俺だけの天使」
吐息と共に流れ込んだ声に、口元が笑んだ。
緩んだ口から、自然と心が零れた。
「おれ、わかった……伊純が、す……」
心地よい快楽に酔いしれて、使冴の意識は微睡に流された。
ともだちにシェアしよう!

