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第17話 アパタイトのネックガード

 伊織が弁当を喜んでくれたので、作るのが使冴の日課に加わった。  だから早起きになった。  伊織は健全なサラリーマン的生活だ。  朝は七時くらいに家を出て、十八時くらいには帰宅する。    前までは十時前にのっそり起きてきた伊純も、伊織にあわせて早起きになった。  伊織と使冴を二人きりにしたくないらしい。  結果、三人とも規則正しい生活になった。    そんな健全生活が、十日ほど続いている。  気が付けば、九月も中旬に入った。  伊織は伊織で、使冴を息を吸うように口説いてくる。  だが、前のように突然キスしたり抱き付いたりはしてこない。  むしろ、そういう素振を見せて、ヤキモキする伊純を揶揄っているようだ。 (伊純は苦手そうだったけど。伊織兄ちゃんは弟、大好きだな)  使冴を口説くのは、必ず伊純がいる時だ。  そんな伊織を、最近は微笑ましく思う。 「伊純だけ、昼前に戻るとか言ってたよな。飯は作っていいよな」  今日の伊純は珍しく伊織と一緒に朝から家を出た。  伊織の背中が、嬉しそうだった。   「昼は伊純が好きな肉~。牛豚合挽ハンバーグで、ロコモコ丼風サラダプレート~」  早速、冷蔵庫を開けて準備に取り掛かる。 「スープはさっぱり系がいいかな。コンソメベースのポトフいっぱい作って、夜はアレンジするか。ホワイトソースと、隠し味は白味噌でコクウマ~」  ウキウキしながら野菜をチョイスする。  やっぱり料理はテンションが上がる。  食べてくれる人がいれば、尚更だ。 「ただいま」  リビングの扉が、静かに開いた。  キッチンで肉をこねながら、使冴は顔を上げた。 「おかえり、伊純。早かったな。仕事じゃなかったの?」 「今日は違う」 「そっか。悪ぃ、今から飯作る。ちょっと待ってな」 「飯は急がねぇから、こっち」  伊純が手招きした。  手を洗って、隣に腰掛ける。  掌に載るくらいの小箱を渡された。 「これ、何? 開けていいの?」 「ん」  返事が、やけに短い。  使冴は、蓋を開けた。  黒い布の真ん中に、青く輝く美しい宝石の装飾が施されている。  箱から取り出すと、円状の布だった。  ただの布地にしては厚みがあるし、造りが頑丈だ。 「これって、ネックガード?」  Ωの人口が多かった時代は装着率も高かったが、今は付けている人のほうが少ない。  使冴も久しぶりに見た。 「そう。特注で時間かかった」 「特注なんだ」    どの辺が特注なのか、一見してはわからない。  宝石だろうか。  頑丈そうな布だろうか。 「使冴は、ネックガード付けたことねぇの?」 「ねぇなぁ。今時、ネックガードなんか付けたら、自分からオメガですって名乗ってるようなもんだし、逆に危ねぇよ」  第二の性がバレれば、強姦や誘拐の懸念のほうが大きい。  αに遭遇する率も低いから、噛まれる心配は少ない。 「あ、でも。斡旋所で、説明のために付けたことはあるよ。昔は、アルファが好きなオメガに独占を表すのにネックガードを贈ったりしたから、プロポーズに贈るのにも向いてるって……伊純?」  ちょっと得意げに説明にしたら、伊純の顔があからさまに照れた。 「全部、言うな。つーか、斡旋所はヤリ目もいたんだろ、危ねぇな。噛まれたらどうすんだよ」  伊純が怒りながら顔を真っ赤にしている。  耳まで赤い。 「怒ってんの? 照れてんの?」 「怒ってねぇし、照れてねぇ。付けてやるから、貸せ」  使冴の手からネックガードを奪うと、首に巻く。 「うわぁ、触れ心地良いな」 「だろ。予備もあるから洗って使い回せる」  伊純が嬉しそうだ。  ワクワクしている。  使冴もつられて、楽しい。 「ほら、鏡」 「おぉ、綺麗だ」  手渡された鏡に、青い宝石が浮かぶ。  黒地のシンプルなデザインだから、よく映える。 「宝石が前にくるんだ。でも邪魔にならないな」  重厚感があるのに、重くない。  薄いし大きすぎないから、違和感もない。 「青っぽい石が似合いそうだから、アパタイトにした。やっぱ、似合うな」 「めっちゃ気に入った、ありがと……」  伊純の指が、すりっと使冴の頬を撫でた。  その瞬間、甘い匂いが強く薫った。  心臓が、ドクリと大きく震えた。 (なんだ、これ。ドキドキが、大きい。伊純の匂い、いつもより甘くて、濃い……)  顔が火照って、体が熱い。  のぼせたように頭が、ぼんやりする。 「宝石のとこ、抑制剤が仕込んであるから、いざとなったら使え。ちなみに、俺の指紋認証じゃないと外れな、い……っ!」  伊純が何か話している。  声は聞こえるのに、内容が頭に入ってこない。 (やばい、発情期、きたかも。何で、急に。いつもなら、兆候があるのに)  吐く息が熱い。呼吸も浅い。  鼓動が、どんどん速くなる。 「使冴、どうした? フェロモンの量が、やべぇ」 「ごめ……発情期、きたかも……」  ソファの背もたれに、こてんと身を預ける。  体が疼いて、息が上がって、動けない。 「抑制剤、仕込んでるのじゃ効果ねぇか。処方薬は部屋か?」  立ち上がりかけた伊純の服を、ぎゅっと掴んだ。 「抑制剤より、キスして。伊純に、抱かれたい」  頭がぼんやりして、自分が何を言っているのかも、わからない。 「何、言ってんだ。正気じゃないだろ。とにかく薬……」 「やだってば。伊純じゃなきゃ、やだ」  伊純の服を強く引いて、その顔を掴まえる。  強引に口付けて、強く吸い付いた。 「まてっ……、つかさ」  伊純の首に腕を掛けて、押し倒す。  上に乗って、また唇を重ねた。 (止まんねぇ。伊純が欲しい。もっと、深く、もっと……)  戸惑っていた伊純の手が、使冴の体を強く抱いた。  重なる唇が、深まる。 「ギリギリで我慢してんのに……俺だって、止まんねぇぞ」  いつの間にか、体が反転した。  間近で見下ろす伊純の目には、欲が浮いている。 「止めないで、もっと、触って」  伊純の肩に噛みつく。  強く吸い上げて、舐めて、それでも足りなくて、また噛んだ。 (伊純の匂いが、いつもより、ずっと甘い……もっと吸いたい。感じたい、伊純……)  伊純に触れて、匂いを吸い込むほどに、疼きが増して快楽が昇る。  甘い匂いに発情が煽られる。 「も、わけ、わかんな……」  頭がフワフワして、体中が気持ちいい。 「使冴、つかさ……」  遠くに聴こえる伊純の声が、耳の奥に木霊する。  触れる熱はピタリと重なっているのに、もどかしい。 「繋がって、感じて……」  欲に蕩けた獰猛な瞳が、使冴の心を絡めとった。 「伊純の匂い、好き……」  虚ろな意識で、伊純の肩をカプリと食む。  匂いを、めいっぱい吸い込んだ。 「っ……!」  伊純の体が大きく震えた。  腹に強い圧迫を感じた。異物感が快楽に変わる。 (俺の中に、伊純が入ってる……)  互いの体が揺れて震えるだけで、背筋を快感が駆けあがる。  おぼろな意識の中で、快楽が腹の奥から膨らんでいく。 「ぁっ……」  溜まった熱が、体の奥で弾けた。  腹の中も外も、ジワリと熱さが広がる。  出した虚脱感と腹に広がる二人の熱が、体を余計に熱くした。   「使冴、綺麗だ……」  耳元に聴こえる伊純の吐息が、しっとりと絡む。  浅く上下する胸が、汗ばんでいる。 「俺だけの天使」  吐息と共に流れ込んだ声に、口元が笑んだ。  緩んだ口から、自然と心が零れた。 「おれ、わかった……伊純が、す……」  心地よい快楽に酔いしれて、使冴の意識は微睡に流された。

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