18 / 24

第18話 期待

 使冴が何か言いかけて、寝落ちた。  耳元で、間延びした呼吸が聞こえる。  伊純は、ガバリと顔を上げた。 「使冴? まさか、寝たのか?」  頬を撫でても、体を揺さぶっても目を開けない。  幸せそうに小さな寝息を立てる使冴を、呆然と見詰めた。 「天使の顔で、寝落ちんな。せめて、最後まで言え」  空気が抜けた風船のように、体が使冴の上に沈んだ。  がっかりしすぎて、ぐったりした。 「ぅん……」  ビクリと体を震わせて、使冴が可愛い声を零した。  紅く火照った頬を、するりと撫でた。 「あー……可愛い」  唇にキスを落として、体を起こした。  ずっと我慢していたから、正直一回じゃ収まらない。  とはいえ、気持ちよさそうに眠る使冴に、これ以上は何もできない。 「俺に、反応したのか? 使冴」  漏れる吐息を指でなぞる。 (いつもみたいに頬を撫でただけなのに。むせかえるほど甘いフェロモンが、薫った)  脳髄を麻痺させるような、強烈な甘さだ。  何を話したかなんて、覚えていない。  気が付いたら言葉以上の想いを、使冴の中に吐き出していた。 (拉致った日とは、違った。まるで俺のフェロモンに、使冴が煽られてるみてぇな)  抑制剤の薬効がないほど、あの日の使冴も発情していた。 (あの時も、俺のフェロモンに煽られたんだと思った。だから、可能性があると信じたかった、けど)  αのフェロモンの影響を受けない特殊なΩが、|発情期《ヒート》以外で突発的に発情する状況。  考えられる可能性は『運命の番』に出会った時だ。    しかし、初日に発情の兆候を見せて以降、使冴自身に変化はなかった。  日増しに濃くなる使冴のフェロモンに、伊純が翻弄されていただけだ。 (使冴は発情期って言っていたけど多分、違う。使冴も俺も、ほぼ同時に発情した。お互いに煽り合ったんだ)  わずかな可能性でも、期待する。  余裕なく、なりふり構わず求めてくる使冴の顔を思い返す。 (っ……可愛すぎるだろ)  眠る使冴を、腕に囲う。  胸から伝わる心臓の鼓動が、まだ速い。 「俺に堕ちろよ、使冴。お前のこと、何年好きだと思ってんだよ」  わからないことも、解決しなければならない課題もまだあるけれど。  好きな相手に求められた幸せに、今は浸っていたかった。

ともだちにシェアしよう!