20 / 24

第20話 お兄ちゃんのお仕事②

 西新宿のマンションを出て伊織が向かったのは、すぐ近くに構えている古びたバーだ。  バーが入っているビル自体がDissolveの所有物件で、その地下には隠し牢がある。  牢の一角には、拷問部屋が備わっていた。  地下に降りると、すぐに男が一人、寄ってきた。  この場所を任せているDissolveの捜査官の一人、林史郎だ。  三十歳になって嫁をもらったばかりの新婚だから、夜勤は気の毒だと思う。 「変わりないか?」 「何を聞いても、あれ以上の情報は出ません。絞り切ったかと」 「絞り切った、か。大事な情報がまだ、聞けてねぇけどな」  ギロリと林を横目に流す。  林の肩が、小さく跳ねた。 「あれ以上は殺しかねませんから」 「死なねぇ程度に嬲って吐かせる方法、実演してやるから、よく見とけ」 「副班長が、自らですか?」  林に上着を預けると、シャツの袖を捲る。   「鍵」  上着を受け取った林が、そろりと鍵を渡した。  拷問部屋の扉を開ける。  手足に枷をはめられた男が、座り込んでいた。  男の前に立つ。  静かに呼吸するばかりで、反応がない。 「よぉ、砂川匠君。気分はどうかな。俺を裏切ってくれたお礼、足りたかな?」  名前を呼んだら、匠の肩がビクンと跳ねた。  体がガタガタと震え出した。 「すんません、すんません、すんません……」  匠の髪を掴んで顔を上げさせる。  声にならない悲鳴が漏れた。  目も開かないほどに腫れた顔が顕わになった。 「俺はお前に、なんて指示したっけ? 天久使冴を守れっつったよなぁ?」 「はぃ、その通りです」  匠の腹に拳をめり込ませた。 「ぐぅっ」  苦悶の唸り声が零れる。  顔が腫れ過ぎて表情がわからない。 「こんな風に殴ったりさぁ、犯すのって、守るに入んのかなぁ?」 「すんませ……ごふっ」  髪を掴んだまま、腫れあがった顔を拳で殴り飛ばす。 「使冴の顔は商売道具だから、綺麗にしといたんだって? いい心掛けだよ。手前ぇが、こんなになるまでぶん殴られんのは、この顔に価値がねぇからだなぁ」  さっきと同じ顔面を二発、殴りつける。  髪を離して三発目で拳を振り切った。  匠の体が冷たい床に倒れ込んだ。 「実際、使冴に会った後だと、殴っても殴り足りねぇ気分になるよ。同じ場所で育ったんだろ? 殴って犯して、楽しかったか?」  倒れた顔を足で踏みにじる。  匠は黙ったままだ。 「嫉妬なんてガキみてぇな感情で、使冴を犯してたわけじゃねぇだろ。誰の指示か、教えてほしいなぁ」  匠は震えるばかりで、何も言わない。  腹に強めに蹴りを入れたら、壁まで吹っ飛んだ。   「話す気ねぇか。なら、お前を囮に釣るしかねぇな。忠義立てした相手に殺さるなら、俺に殺されるより本望だろ」  一歩、側によると、匠の体が震えた。 「ころ、される……、ころされる……」  匠が、ブツブツと口の中で呟く。  伊織は、匠の髪を掴んで顔を持ち挙げた。 「勘違いしてんじゃねぇ。手前ぇの命、握ってんのは俺だよ。話す気ねぇなら有効に使ってやる。使冴と違って、手前ぇの命に価値なんざねぇからな」  匠の顔を眺めて、ニタリと笑んだ。 「根黒の組長に単身、殴り込みといこうや。手前ぇが口を割らなくても、目星は付いているからよ」  腫れあがった瞼の下の目が恐怖で揺れた。 「俺は、ずっと……ずっと、同じ人に付いて……、同じ人から命令、受けてただけなんだよ!」  突然、匠が大声を出した。  伊織の指が、ぴくんと震えた。 (同じ、ね。根黒内部の暗喩か。供述調書にも、確か)  同じ記述があった。 「使冴だって、ちょっと、痛めつけて、わからせる程度の、つもりで……」 「その、同じ人から、使冴に何をわからせろって命じられた?」 「……オメガとして、使い物にならねぇように、心も体も、壊せって。けど、そこまで、する気はっ」  伊織は掴んでいた匠の頭を床に押さえつけた。  頭が沈んで、匠が動かなくなった。 「やべ、やり過ぎた」  伊織の声を聴いて、捜査員が慌てた様子で匠に駆け寄った。 「殺しちゃダメですよ、副班長。コイツはまだ使えますから」 「死んではいないよ、大丈夫、大丈夫。命は大事にしないとね。手当はしっかりしてやって。殴り込みさせなきゃだから」  にぱっと笑顔を向ける。  林が、冷ややかな表情を返した。 「言葉が矛盾してますよ。本当に、やらせる気ですか?」 「やらせるよ。今ので裏、取れたしね。『神隠し』の異名を持つ根黒の組長も、年貢の納め時だね。砂川君に活躍の場をあげよう」 「今ので? どの辺に裏が取れる会話、ありました?」  林が思わずといった具合にツッコむ。  伊織は首を傾げた。   「なんで、わからないの? 供述調書にも、ヒントがたくさんあったよ」  入り口付近にある簡素な机に凭れる。  置いてある調書を手に取った。  パラパラと開いて、文字を追う。 「むしろ残念なのはさぁ。砂川の使冴君への感情っていうか。使冴君には、教えたくないね」  伊純の話を聞く限り、あれだけ酷い仕打ちを受けても、使冴は匠に悪い感情を抱いていない。  しかし、砂川匠の言葉の片鱗に垣間見える感情は、嫉妬や妬みに溢れている。 「結局は、嫉妬なんてガキみてぇな感情が後押しして、根黒組に良いように使われて、結果が破滅、と。ちいせぇ、というか。使冴の気持ちが、わかるな」  使冴が匠に抱く感情は怒りより、むしろ憐みや同情だと聞いた。  目の前の匠を観ていると、その言葉がぴったりハマる。 「さてと、お膳立てしないとね。林君、忙しくなるよ」 「マジすか。嫌ですね」 「はっきり言わないの。お仕事だからね」  眉間にしわを寄せながら、林が匠の手当てをしている。 「最低三日は空けてくださいよ。頭、強打しているから様子見るんで」 「へぃへぃ。やり過ぎて、すみませんねぇ」    林の言葉を聞き流しつつ、伊織はぼんやりと使冴のことを考えていた。

ともだちにシェアしよう!