21 / 24
第21話 記憶の欠片
子供の頃、一度だけ会った男の子は、小柄でおとなしそうな雰囲気で、妙に落ち着いていた。
大勢の子供に囲まれているのを見付けて、虐められているのだと思った。
喧嘩が強いガキ大将だった使冴は、迷いなく割って入って、いじめっ子を蹴散らした。
蹲る背中は小さくて、てっきり泣いているんだと思った。
「泣いてたって、変わんねぇぞ! 俺を虐めたら痛い目を見るぞって、言ってやれ!」
振り返った子供の顔は泣いていなかった。
「うん、そうだね。大事になったら、本当に痛い目を見ると思う」
使冴より年下に見える子供は、話し方が妙に淡々としていた。
「あれ? 泣いてない? 虐められてたんじゃねぇの?」
「泣いてないけど、虐められてたよ」
すっくりと立ち上がると、服の埃を払い始めた。
「勝手に出しゃばって、なんか、ごめんな」
正義の味方面して割り込んだ自分が恥ずかしくなった。
「ううん。泣いてないだけで、怖かったから。ほら、手も震えてる」
男の子が、使冴の手を握った。
小さな白い手は、小刻みに震えていた。
使冴はその手に、自分の手を重ねた。
「助けてくれて、ありがと」
使冴に向いた顔は笑っていなかったけど、安心して見えた。
その顔に使冴のほうが安心した。
「また虐められたら、俺を呼べよ。二人なら、立ち向かえるだろ」
男の子が考える顔をした。
綺麗な黒髪が、陽に照らされて艶やかにきらめく。
同じように黒い瞳は、少し紫がかって幻想的な雰囲気を醸す。
「うん、わかった。だけど次は、俺が君を助けるよ。今日のお礼する」
「お礼とか、別にいいけど。お前が俺を、助けてくれんのか?」
体は小さいし腕も細くて、喧嘩が強そうには見えない。
男の子が、こくりと頷いた。
「今よりずっと強くなって、君が困っていたら助けに行くって約束する。だから、困ったら俺を呼んでね」
子供にしては無表情で、感情のない目をしている。
それが使冴には、やけに大人に見えた。
「俺が困ったら、助けてくれよな。俺もお前を助けに行くから!」
手を握り合って、固い握手を交わした。
二人だけの秘密の約束をした気になった。
「そういや、お前、名前は……」
「坊ちゃん!」
黒いスーツを着た大人が数名、車から降りてきた。
子供ながらに怖い人だと思った。
「探されてる。行かなきゃ」
「あれって、お前を探してんの?」
使冴の驚きの問いかけに、男の子が頷いた。
「じゃぁね」
軽く手を振って、男の子が使冴に背を向けた。
「おい!」
思わず声をかけると、男の子が振り返った。
「次に会った時、名前、教えるね」
男の子が、ふわりと笑った。
「うん、わかった」
本当は、今すぐ名前を知りたかったけど。
あの子が嬉しそうに笑うから、名前は次の時に聞こうと思った。
二人だけの秘密の約束が、二つになった。
(また……子供の頃に会った、男の子の夢だ。こんな話を、したんだっけ?)
ずっと思い出しもしなかった。
幸せだった頃の記憶の欠片が、浮かび上がってくる。
(この部屋に来てから、今まで見もしなかった家族の夢とか、些細な記憶とか、思い出す)
もう戻れないから、欲しいと嘆いても得られないから。
焦がれるだけ無駄だと捨てた過去だ。
(あの子はどこか、伊純に似てる。約束を守って、助けに来てくれた、とか?)
そんな都合のいい出会いも救いも、あるワケがない。
けれど、自分に都合よく考えるのは自由だ。
(そうだったら、嬉しいな)
あの時、握った手は震えていた。
だけど、ずっと握っていたら震えは収まって、使冴の手を優しく握り返した。
(冷たかったな、あの子の手。今、俺に触れている手みたいに、優しくて、ちょっと臆病で……)
誰かが、使冴の額に触れている。
気持ちいいから、ずっと触れていて欲しい。
その手を握り返したくて、使冴は重い瞼を上げた。
ともだちにシェアしよう!

