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第22話 初恋の告白

「起きた」  聞き覚えがあるセリフだ。 「……伊純?」  ぼんやりした視界に映るのは、心配そうな伊純の顔だ。 「大丈夫か? まだ疼くか? 体、どんな感じ?」 「体? ……怠くて、ちょっと暑い、かな。伊純の手が気持ちいい」  額に触れる伊純の手が冷たくて、気持ちいい。 「冷房、弱いか。とりあえず発情は収まったな」  リモコンで温度調整しながら、伊純が安堵の息を吐いた。 「発情? ……あ。そういえば俺、発情期……」  少しずつ目が覚めて、記憶が蘇ってきた。 (あれ? 伊純にネックガード貰ったんだよな。それから、どうしたっけ? 伊純と……)  自分から伊純を求めて、もっと欲しいとねだった気がする。 (初日と同じか! しかも初日より、ずっと……)  伊純が欲しくて堪らなかった。  発情もフェロモンも、伊純が欲しい気持ちも、自分でセーブできなかった。 「使冴は発情期って、いつも、どれくらい続くの?」  伊純の声で、ドキリと心臓が跳ねた。  獰猛に欲を帯びる伊純の声を思い出して、体が疼きそうになる。 (まだ伊純に何も伝えてないのに。体が先に疼くとか、恥ずかしい)  使冴は必死に煩悩を追い出した。 「……えっと、二週間くらいかな」 「今、発情してる?」 「してねぇけど」  伊純が、困った顔で目を逸らした。  何となく、言葉を選んでいるように見える。 「ネックガード付けた後のこと、覚えてるか?」 「うん……ご迷惑おかけしました」  恥ずかしくなって、掛け布団で顔を隠した。 「迷惑じゃねぇ。嬉しかったよ」 「……ん」  伊純が使冴の頭を撫でる。  何ともこそばゆい。 (頭とか頬を撫でるの、伊純の癖なのに。何でこんなに、モジモジするんだ) 「その……使冴が寝落ち、してから、二日経ってる」 「は? 二日? 俺、そんなに寝てたの?」  驚き過ぎて起き上がった。  頭がクラクラして、軽い眩暈がした。  ふらつく上体を伊純が支えてくれた。 「正確には、一日半くらいか。ネックガード渡した日からは、二日経ったけど」 「マジか、道理で腹が減っている訳だ」  二日と聞いて、唐突に空腹を感じた。 「とりあえず、水飲んどけ」  渡された水を一口飲んだら、喉が乾いていたと気が付いた。  ペットボトルの水をがぶ飲みする。  そんな使冴を、伊純がじっと見詰めている。  視線を不思議に思って、使冴は首を傾げた。 「発情期に、丸二日も抑制剤を飲まなくても、今まで平気だったか? 発情期でも使冴は、フェロモンを自分でコントロールできんのか?」 「それは、流石に無理だよ。発情期はフェロモンが増えるから、定時の抑制剤と頓服も使ってた。仕事できるような状態でもなかったよ」 「そうだよな」  呟いた伊純が、無表情だ。  安心しているのか心配しているのか、よくわからない。 「今の俺って発情期じゃねぇのかな。薬なしで、たった二日で収まったことなんか、ねぇんだけど」  だとしたら、あの突発的な発情は何だったのだろう。 (伊純の匂いが濃くて、欲しくて、その後のことは、よく覚えてな……ん? 甘い、匂い……?)  そういえば、この部屋に来てからずっと、伊純の匂いを『甘い』と感じていた。 (違う、もっと前からだ。斡旋所の客として会ってた時だって、伊純の匂いは甘かった)  スミの髪から薫る匂いはシャンプーだと思っていた。 「じゃぁ、伊純が使ってるクッションも、良い匂いって思うのも、全部……」  今更、とんでもない事実に気が付いた。 「使冴?」  覗き込んだ伊純を、恐る恐る振り返る。 「フェロモンて、甘いの?」  伊純の目が丸く見開いた。 「俺、もしかして、出会ってからずっと、伊純のフェロモン……感じてたの?」  伊純が、肩を落として息を吐いた。 「俺が聞きてぇ」 「そう、か。そう……だよな」  愕然とする使冴を、伊純がちらりと目だけで見上げた。  俄かに目が細まって、小さく吹き出した。 「気付いてないとか、使冴らしい」    恥ずかしくて、かっと顔が熱くなった。  伸びてきた伊純の腕が、使冴を抱き寄せた。 「え? 伊純……」 「何で、俺のフェロモン、感じたんだと思う?」  耳元で声が揺れる。  吐息が零れる。  触れそうで触れない距離が、肌の温度を徐々に上げる。 (こんなの、俺が欲しかった答えだ)  走る鼓動を抑えて、震える唇を開いた。 「……俺が、伊純のこと、好きだから」  伊純が顔を上げた。  使冴を見上げる顔が、困惑している。 「……は? ……え?」 「好きだから、フェロモン感じたのかなって」  伊純が口をあんぐりと開けて、呆けている。  らしくない顔だ。 「……なんで、そんなに驚くんだよ。嫌なの?」 「嫌なワケねえけど、それは……驚くだろ」  伊純の顔が、真っ赤だ。  困ったように傾げた顔が、使冴の頬を掠める。  触れた伊純の耳が熱くて、肌が溶けそうだ。 「伊純のフェロモン、ちゃんと感じられたら、好きって言える気がしてたけど。最初から、感じてたんだな」  探していた答えは、初めから使冴の中にあった。  感じられるくらい、傍にいた。  何だかおかしくなって、使冴は小さく笑った。 「マジか。足りないって、それか」  脱力した伊純が使冴の肩に凭れた。 「うん。遠回りして、ごめんな。俺、最初から伊純が好きだ」  思考より先に、使冴の芯が伊純を選んでいた。  伊純の腕が伸びて来て、使冴の顔を掴まえた。   「ん……ふぁ」  唇が重なって、深まる。  零れる吐息まで飲み込んで、伊純が使冴を包み込む。 『大好きな人ができたら、お互いしか感じない匂いを感じるよ。その匂いが、使冴の運命だ』  大昔に父から聞いた言葉が、頭を過った。 (父さんが教えてくれた運命は、伊純だったんだ)  思いが込み上げて、気持ちが溢れる。  目の端から涙が一筋、流れた。  伊純が、使冴の涙にキスをした。 「初めて人を好きになったよ。俺の初恋は、伊純だ」  伊純の頬に、口付ける。  驚いた顔の伊純が、使冴を見下ろしていた。 「使冴の全部が、俺の腕の中に降ってきたみたいだ」  伊純の腕が、ふわりと使冴を抱える。  使冴は伊純の胸に顔を寄せた。 「誰にも渡さねぇ。使冴は俺の天使だ」  淡い唇が、肌の熱を溶かす。   (嫌だった天使の仮面なのに。伊純に呼ばれると、嬉しい)  仮面の下の素顔を知っても天使と呼んでくれる、伊純が嬉しい。 「俺のこと、ちゃんと掴まえとけよ」  胸の奥がくすぐったくて、じれったい。  伊純の背中に腕を回して、ぴたりとくっ付いた。 「一生、逃がさねぇから、覚悟しとけ」  使冴を見詰める瞳の奥に、小さな灯が揺らめいた。

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