23 / 24
第23話 当然の未来
伊純が、珍しくキッチンに立っている。
作ってくれたのはホットケーキだった。
(何か作ってる姿、初めて見た。料理好きじゃないって言ってたのに)
メイプルシロップとバターがかかったホットケーキは、フワフワで美味しそうだ。
「こういうもんしか、作れねぇけど」
使冴の前に皿を置く伊純が、とても可愛い。
「使冴が作ってくれてた作り置きは、俺と兄貴で食い切ったから、もうねぇんだ」
「あー、そっか。二日だもんな。二人じゃ足りなかっただろ。ごめんな」
今はちょうど昼だから、伊織は仕事だろう。
(帰ってくるまでに、何か作ろっと)
使冴はホットケーキを頬張った。
「……美味い。沁みる……伊純の料理、初めてだな」
「料理って程のもんでも、ねぇだろ」
そんなことを言いながら目を逸らす伊純が、やっぱり可愛い。
(好きだと気付いたした途端、前より伊純が可愛く見えるとか。恋って、こういうもん?)
前から、ちょくちょく伊純が可愛い瞬間はあったが。
本当に、ちょくちょくだったのに。
「さっきの、話だけどさ」
伊純が、気まずそうに切り出した。
「使冴の返事が予想外過ぎて、話しそびれたんだけど」
「大事な話?」
「大事っちゃ、大事だけど。俺にとっては、さっきの使冴の話のほうが大事」
伊純が使冴の耳に口付ける。
心なしか、いつもより伊純が近い。
(でも、嫌じゃない。嬉しい。これが、恋……)
自分の中の感情を噛み締めた。
「使冴が俺のフェロモンを感じるのは、運命の番だからじゃねぇかって、思ってたんだよ」
ホットケーキを口に運ぶ手が止まった。
「運命の番? あれって、都市伝説じゃねぇの?」
αやΩの人口が激減している昨今では、出会ってカップルになれる確率も減っている。
そんな世界で、運命的な唯一無二の一人と出会うなんて、砂漠でダイヤを探すような難易度だ。
そもそも、人間に実際に備わっている本能かも疑わしい。
「都市伝説じゃねぇけどな。そうそう出会えるもんじゃねぇのも事実だよ」
「そうなんだ、ふぅん。珍しくても、いるんだ」
使冴は、ぱくりとホットケーキを頬張った。
「なんか、軽くねぇか」
伊純の顔が不満そうだ。
「良かったって思うよ。初恋の相手が、運命の番で」
「やっぱり、軽ぃな」
伊純がとても不満そうだ。
「軽い気持ちで言ってねぇよ。俺にとっては運命の番より、伊純が好きって自覚できたことが大事なだけ」
不満そうだった伊純の顔が、照れた。
ほんのり熱い唇が、耳を掠めた。
「俺も、そっちのほうが大事だ」
すっと離れた伊純が、使冴に向き直った。
伊純の雰囲気が変わった。
使冴は自然と、フォークを置いた。
「こっから先は、仕事も絡む話だ。俺と番になれば、使冴は嫌でもDissolveの事情に巻き込まれる。そういう覚悟は、あるか?」
ごくりと、息を飲み込んだ。
「正直、わかんねぇよ。俺には想像もつかない世界だ。けど」
ずっと押し込んで忘れた振りをしてきた記憶の欠片。
この部屋に来て、たくさんの思い出を拾い上げた。
(そういうの全部、良かったと思うから)
「忘れてる記憶も、知らない事実も、ちゃんと知りたい。伊純と一緒なら、やれる」
今の使冴に言える、精いっぱいの正直な気持ちだ。
伊純の口端が、薄く笑んだ。
「うん、充分。そんだけの覚悟があればいい」
伊純の顔が、昔会った男の子と重なった。
「どんなに大変でも、二人で立ち向かえば、乗り越えられんだろ」
使冴は息を飲んだ。
あの時、自分がかけた言葉を十五年越しで返された気がした。
(あの男の子は、本当に伊純だったのかな。本当に助けに来てくれたのかな)
聞きたいのに、聞けない。
聞くのが、勿体ない。
(もっとゆっくり、二人で答え合わせしたい)
「何があっても俺は、使冴を助けるって約束するから。俺を頼れよ」
使冴の中で運命が、音を立てて弾けた。
(伊純との運命は、軽くも安くもない。全部、今に繋がってるんだ)
答え合わせなんか必要ない。
こうなって当然の未来だった。
だから、言葉が口を吐いて出た。
「伊純、一緒に風呂入ろ」
「は⁉」
「俺の項、噛んで」
絶句した表情が、笑みに変わる。
「使冴のデレの破壊力に、ついていけねぇよ」
照れを隠した声が、首筋による。
ネックガードの上から、甘噛みされた。
「俺のに、するよ」
「……うん」
鼓動が、とくとくと静かに走る。
大きくないのに、胸が苦しい。
甘い痺れを受け入れて、愛する男に腕を絡めた。
〇●〇●〇
自分から風呂になんか、誘うんじゃなかった。
頭のてっぺんから足の先まで綺麗に洗って、同じ匂いをさせた伊純の肌が擦れると、気が狂いそうなほど、気持ちがいい。
ネックガードを外した首を何度も撫でられたら、我慢なんかできない。
「んっ……、ぁっ……あんま、動くな、伊純。また……、ぁんっ」
「使冴も、締め付けんな。我慢、できなくなる」
腹の奥まで抉る伊純の男根は熱くて、いつもより大きい。
湯船の中で向かい合って抱き合いながら、伊純が使冴の腹を押す。
どこまで伊純が入り込んでいるか教えるように、内側からも押してくる。
腹が伊純の形になって歪に膨らむ。
それが嬉しくてたまらなくて、伊純が少し腰を浮かせるだけで、イキそうになる。
(ダメだ、こんなの、幸せ過ぎて、おかしくなりそう……)
伊純のフェロモンはいつもより濃いのに、意識ははっきりしている。
はっきりと、自分の本能が伊純を欲しがる。
欲情だけが膨らんで、淫らな本音を隠せない。
「キス、して……、伊純。いっぱい、吸って」
「使冴……、使冴」
言葉を発する間すら惜しんで、互いの唇を貪り合う。
深く舌を吸い上げて、絡めて、境界線がわからなくなる。
息ができないから仕方なく離した唇が、互いの首筋を食む。
「早く、かんで……、ぁ……、また、イク!」
伊純が首筋を強く吸った瞬間、使冴の硬い先から精液が吹き出した。
もう何回、湯船に射精しているか、覚えていない。
腹の中がずっと熱いから、伊純も何度も出しているんだろう。
伊純の腰がビクリとしなって、また腹の中が熱くなった。
熱い精液を腹の中で感じるたびに、涙が溜まって目が潤む。
「もっと、ほしぃ、いすみ、もっとぉ……」
伊純に抱き付いて、首筋を吸い上げる。
「ぅ……ぁっ」
伊純が小さく声を漏らした。
「使冴……愛してる」
耳元で響いた声と同時に、熱を持った唇が項部吸い付いた。
瞬間、ビリっとした強い痛みが全身を走った。
「あっ! ぁあ! ぁ……、ぁ……」
力が入らなくて、伊純の体に凭れ掛かった。
噛まれた瞬間に射精して、気持ちの善さが体の中に溜まっている。
痛みなんか、あっという間に快楽に飲まれた。
幸福感で頭の中がいっぱいだ。
(こんなの、いつまでも、してたら、おかしくなる)
脱力した使冴の体を強く抱いて、伊純が噛んだ項を吸い上げた。
「ぁぅっ、だめ、それ……ぁっ、ぁ!」
腰を強く突きあげられて、腹の中から快楽が脳に突き抜ける。
「中に、出す、から……、俺の子、孕め」
口付ける唇が、言葉を流し込む。
「うん……はやく、ちょぅだぃ」
伊純の腰の動きが早くなって、一層に奥を突いた。
声も出ないほどの快楽で、訳が分からなくなる。
(あぁ、もう……伊純しか見えない)
涙で霞む視界には、伊純しかない。
二人しかいないこの部屋で、一つしかない心に触れて、生まれて初めて恋をした。
その相手が伊純で良かったと、今は思う。
(きっと伊純じゃなかったら、好きになんかならなかった。俺の、新しい人生、伊純と一緒でいいんだ)
腹の中に、もう何度目とも知れない熱さを感じながら、視界と一緒に意識が霞んだ。
「……使冴、大丈夫か? 使冴」
伊純の声に導かれて目を開けた。
素肌の胸に頬を寄せる。伊純の肌がまだ火照っている。
「ちょっと、ぼんやりしてる。あれ? 風呂、出たの?」
「使冴の意識が飛んだから。体は拭いたけど、変なとこねぇか?」
「……大丈夫」
「項、痛くねぇか?」
問われて、自分の項に手を伸ばす。
歪に肌が盛り上がっている。噛まれたんだと実感した。
「それなりに痛ぇけど。思ったほどじゃねぇかも。むしろ、気持ち良かった」
噛まれた瞬間の快楽は、体にしっかりと残っている。
「リビングで手当てするぞ。膿んだりしたら事だ」
「大丈夫じゃねぇの? 痕が残んなきゃ意味ねぇだろ。綺麗に手当したら、伊純のモノって印が、消えちゃうじゃん」
伊純の顔が、完全に照れた。
照れた瞳が近付いて、使冴の唇にキスをした。
「番の噛み痕は簡単に消えねぇよ。何で急に可愛くなんだよ、お前。狡ぃだろ」
火照ったままの体が使冴を強く抱きしめる。
「俺は今まで通りだよ。伊純のほうが、可愛いけどな」
「そうかよ。やっぱ使冴は、肝が据わってんな。ドキドキしてんの、俺だけか」
「ドキドキなら、俺もしてる。伊純とイチャイチャすんの、気持ち良くて狂いそう」
伊純の手を取って、自分の胸にあてる。
厚い胸板にぴたりと耳をあてて、伊純の鼓動を聴いた。
「二人して、ドキドキしてる。伊純のこと、好きすぎて、どうにかなりそう。えへへ」
嬉しくて笑いが込み上げる。
使冴に触れて鼓動を高鳴らせる伊純が愛おしくてたまらない。
顎を、クィと持ち上げられて、唇が重なった。
「使冴が可愛くて、どうにかなりそうだよ」
離れた唇が、また重なる。
吸い付いた唇も、重なる肌も、気持ちが良くて離し方がわからない。
いっそこのまま、溶けて一つになればいいと思った。
ともだちにシェアしよう!

