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第25話 女王蜂Ω
伊純と番になった数日後。
週末の昼間、珍しく伊織が部屋にいた。
今日は使冴の訓練らしい。
「せめて俺は、美味しいものでサポートしよう」
軽くつまめるように、簡単なカナッペを用意した。
「美味しそう。これも使冴君の手作り? 何でも作れるんだねぇ」
気が付いたらリビングに伊織がいた。
相変わらず、気が付いたらいる人だ。
「クラッカーに食材、乗っけるだけだから、簡単だよ。コーヒーでいい?」
「ん、ありがと」
「俺もコーヒー」
伊純がソファに腰掛けた。ファイルをテーブルに置いた。
「最近、またコーヒー増えてるだろ。胃、平気か?」
「……少し胃もたれるかな」
「やっぱり」
「よく見てるな」
伊純が照れた目を向ける。
「毎日、一緒にいれば、わかるって」
「伊純、完全に使冴君の掌の上だね」
伊織が、ムフっと笑む。
「兄貴、うるせぇ」
「番になったら余裕が出るかと思ったけど、伊純は変わらないね」
伊織が使冴の腕を引いて、軽く引き寄せた。
「だから、そういうのやめろ。兄貴がやると洒落にならねぇんだよ」
後ろから引っ張られて、伊純に抱き寄せられる。
兄弟にサンドされた。
伊織が呆れたような笑みを伊純に向ける。
「もっと余裕に構えてろよ。使冴君が感じ取るフェロモンは、今のところ伊純だけなんだからさ」
「今のところな。そうじゃねぇって話を、これからするんだろうが」
伊純が、伊織の腕を掴んで捻り上げる。
「そうじゃない? αは複数のΩを番にできるって話?」
斡旋所でαとΩについて勉強していた時に知った知識だ。
不透明な生態を伝えるのも、お試し要員の使冴の仕事だった。
(てことは、伊純は俺以外にも番を作れるのか)
「ちょっと、嫌だな。ヤキモチ、妬くかも」
ぽそりと本音が零れた。
伊純に、ギュッと抱きしめられた。
「ヤキモチは、嬉しい」
じわじわと得も言われぬ感情が擡げる。
(何だ、この気持ち。伊純を独占してる優越感? 俺のモノ感が、すごい)
自分の中に、こんな感情があったのかと驚く。
「はーい、イチャイチャ終了。天久の特殊なΩ性について、勉強始めるよ」
伊織がファイルを使冴に差し出した。
「さっき、使冴君が話していたのは、一般論ね。この辺の知識は問題なさそう?」
「ん、知ってる。斡旋所で教える立場だったから」
義務教育で教える第二の性は、今ではごく簡単な内容に留まっている。
「普通のΩなら、番を得た時点で他のαのフェロモンは感じなくなる。でも天久のΩは、そこが違う」
伊織が次のページを捲った。
促されるまま、使冴は文章に目を通した。
説明文を読んで、蒼褪めた。
「え? 普通と、逆? 伊純は俺のフェロモンしか感じねぇのに、俺は番をいっぱい作れるの?」
「天久のΩが『女王蜂』と呼ばれる由縁だ」
「女王蜂か……」
語感の強さに気後れする。
「……αとΩの立場逆転ていうか。なんか、すげぇ嫉妬深い特性だね。ハーレム作れる感じ? あれ? でも、妊娠するのは、俺だよな?」
たくさんのαを従えて、たくさんの子を孕む。
その姿は、まさに女王蜂といえなくもないが。
「女王蜂Ωは、妊娠可能な個体が少なかった土地や時代の名残じゃないかって言われてるよ。より優秀な遺伝子を一人でも多く残すための生存本能であり、絶滅回避や種の保存のための生態システムってね」
「だからフェロモンが濃かったり、自己調節できたり、ハーレム作れたりすんのか。伊織兄ちゃん、詳しいんだね」
感心して伊織を眺めた。
「大学院の専攻、生物学でバース研究だからね。世界に視野を広げても、女王蜂は希少なΩだよ」
「ふぅん。……あ、伊織兄ちゃんも俺の番になるとか言ってたの、そういうこと?」
女王蜂Ωを御影兄弟で独占、とか言っていた気がする。
「学術的な興味と使冴君への好意だね」
「好意って。実験にしてはリスキーすぎんだろ。番って、一度なったら簡単に解消できねぇんだから」
どちらかが死ぬまで解消できないのが番だ。
実験でなっていいものじゃない。
「俺が使冴君を好きなら、問題ないだろ。使冴君に刺痕、付けてほしいなぁ」
ニコニコと使冴に向かって伊織が腕を伸ばす。
後ろから伊純が、さりげなく使冴の体を抱いた。
「刺痕って、噛痕みたいに残るの?」
ファイルの写真を、使冴は指さした。
αがΩの項に噛痕を残すように、女王蜂Ωは番のαに独占の印を残す。
キスマークのような赤い痣だ。
「使冴君に噛痕を残せるのは、一人目の番の伊純だけ。だから二人目以降の番は、α側にだけ印が残る。それが、刺痕。一人目の伊純にも残ってると思うよ、使冴君の刺痕」
「マジで? どこ? 見たい」
伊純を振り返る。
シャツをずらして、伊純が首元を見せてくれた。
丸い痣が、くっきりと残っている。
「俺が項を噛んだ時、使冴がずっと吸い付いてたとこ。消えないから多分、これだと思う」
「うわー、なんか……いいな。俺の伊純って感じ」
痣を指で撫であげる。
満足とも愉悦とも取れない気持ちが、胸の奥にじわりと擡げた。
「喜ぶ使冴が可愛い」
照れながら伊純が、使冴をふわりと抱いた。
「使冴君でも、そういうの嬉しいんだ。独占欲が強い女王蜂Ωって感じ、あるんだね。もっと淡白な感想かと思ったよ」
伊織が意外そうに使冴を眺める。
「伊純は独占してぇって思う」
はっきり言葉にするのは、まだちょっと恥ずかしい。
「使冴、そういうの、二人きりの時がいい」
「今は、伊織兄ちゃんと話してるから、ダメだろ」
伊純が何も言えなくなっている。
いうほど嫌でもなさそうだ。
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