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第27話 天久聖冴という人
フェロモン実験の後から、使冴の具体的な訓練が始まった。
それに伴い、Dissolveの捜査官としての両親の話を、伊織が少しだけ教えてくれた。
父である天久聖冴の女王蜂Ωとしての生態やフェロモン効果の実験をしていたのは、母の栞里だった。
母は医師であり、第二の性の研究者だったらしい。
研究結果は基本的に自宅保管だったから、大半は火事で焼失したそうだ。
だが、一部の記録がDissolve本部にも残っている。
その研究結果を元に、今後は使冴の女王蜂Ωの開発をしていく予定だ。
母の死後、止まっていた研究を引き継いだのは、生物学博士を持つ伊織だった。
「なんか、納得だ。女王蜂Ωの実験、楽しそうだったもんな」
「兄貴はDissolveの副班長だけど、学者気質だからな。大学院には今も籍を置いて研究を続けてる」
銃を持って構える使冴の姿勢を所々、直しながら、伊純が教えてくれた。
今日は銃の訓練だ。とはいっても、使冴はまだDissolveの正式な捜査官ではないから、銃所持の許可がない。
ということで、ゴム弾を打つ練習をしている。
「やっぱり様になってるし、上達も早ぇよな。本当に習ってねぇのか?」
「マジチャカなんか、初めて触ったよ。エアガンならお父さんに教えてもらった。自宅の地下に射撃場があったんだ」
正直、あれが本当にエアガンだったかは謎だと思うが。
(いや流石に、十歳のガキにマジチャカ撃たせねぇだろ)
狙いを定めて、的を射抜く。
もう何度か練習しているから、命中率も上がってきた。
(けど、なんだろうなぁ。この、体が覚えている感。重さも持ち方も構え方も、回数重ねるたび、思い出す)
伊純にも、最初から筋がいいと褒められた。
ぼんやりと、不安とも取れない感情が湧き上がる。
「それ、本当にエアガンだったか? マジチャカだったんじゃねぇの?」
思っていたのと同じことを伊純に指摘されて、ぐっと息を飲んだ。
「流石にそれはねぇだろ。子供に銃の練習させるって、銃刀法違反とかにならねぇの?」
「許可を得た場所で指導者の監視の下なら、まぁ。日本だと条件を満たすほうが難しいけど」
「だよなぁ」
幼い自分が練習させられていたのが本当は何だったのか、知るのが怖い。
「けど、使冴が父親から射撃を習っていても、あんまり意外じゃねぇな」
「そんなに筋がいい?」
「それもあるけど。親父とか、Dissolveの古参の捜査官とかから聖冴さんの話、時々聞くんだよ。はっちゃけた人だったんだなって、誰の話を聞いても思うから。十歳のガキにマジチャカ教えてても違和感がない」
「はっちゃけ? 父さんが?」
伊純の言葉のほうが、使冴には意外だ。
使冴の記憶の中の父親は、穏やかで子煩悩な常識人だ。
いつも微笑んで滅多に怒ったりしない、優しい父だった。
「ニコニコ笑って常識とフラグ、クラッシュしていく人だったらしい。発想が皆の想像の斜め上どころか二段も三段も上だから、先回りして止めるなんて無理で、聖冴さんが暴れ倒した後始末を、栞里さんと親父がしてたって。そういう武勇伝、いくつか聞いたよ」
伊純の話に、絶句した。
「それ、誰の話? 俺が知ってる父さんは、いつも微笑んでる穏やかな常識人だ」
「穏やかに微笑みながら、クラッシュしていくんだと。俺が聞いた武勇伝の限りじゃ、常識人ではねぇな」
伊純が微妙な顔をしている。
「伊純、その話聞いて、どう思った?」
「一緒に働きたくはねぇなって思った」
言葉が出なかった。
「けど、優秀な人だったのは確かだよ。聖冴さんの班長時代、反社の数が半分以下まで減ったって功績もある。|薬《ヤク》の密売も海外への情報漏洩も今より検挙率、高かった」
「そうなんだ」
優秀といわれると、誇らしい。
「勿論、正攻法じゃねぇけどな」
使冴は誇らしいという言葉を、ぐっと飲み込んだ。
「でもさ、Dissolveって、そういう組織だろ。ちょっとヤバめな手段を使ってでも犯人逮捕するのを国に認可されてる、秘密警察だろ」
「そういう土台を作ったのが、聖冴さんらしい」
「……へぇ、そなんだ」
乾いた声が流れ出た。
「オメガの闇オクの人身売買を最初にしょっ引いたのも、聖冴さんなんだと。だから根黒組に目ぇ付けられたのかもな」
伊純の顔が曇った。
「根黒組が闇オクでオメガの人身売買してる噂、本当なんだ」
使冴が白玉組で家事代行をしている時から、娑婆で聞いていた噂だ。
「オメガと、時々アルファもな。アルファは社会的地位が高かったり、能力高くて体が頑丈だったり、誘拐しにくいタイプが多いけど。中には、社会的弱者なアルファもいる。そういうαやΩを国内外で売り捌く地下オークションをマーケティングしてる中心が、根黒組だ。天久一家が襲撃を受ける前、Dissolveが総出で追いかけてた案件だった」
天久一家を襲撃したのは、根黒組だ。
いまだに犯人は捕まっていない。
(あの夜のこと、あんまり覚えてないけど。家が燃えた火は覚えてる。あの火を、俺はどこから見たんだっけ)
家の中から、見ていた気がする。
姉の栞凛が使冴の手を引いて、地下の射撃場に押し込んだ。
『良いっていうまで、出てきちゃダメよ。静かにここで、待っていなさい』
『姉ちゃんも一緒にいてよ。一人じゃ、怖いよ』
『使冴は喧嘩で負けたことないくらい、強いじゃない。だから、大丈夫。姉ちゃんも、すぐに戻ってくるから』
けど、姉は戻ってこなかった。
いつの間にか眠ったのか、気を失ったのか。
気が付いたら知らない人に抱えられて、知らない施設に連れて行かれた。
(あの時のあの人は、誰だっけ? 知らない大人の男の人だった)
『言付け通り、全部忘れろ。覚えていても、今後のお前の人生に良いことは一つもない』
『記憶を消す方法でもあれば、お前の中から全部、消し去ってやるのにな。頃合いになったら迎えに行く。その時は……』
記憶の中に埋もれていた欠片が浮かび上がる。
(俺を施設に連れて行った男、誰だった? 何を話した?)
今まで、思い出しもしなかった記憶の糸を辿る。
「聖冴さん亡き後は結局、根黒組を追いかけるどころじゃなくなって、Dissolveの体制を立て直してる間に、根黒組は地下に潜ったらしいけど……。使冴? どうした?」
「……え?」
伊純が使冴の頬に触れる。
熱を感じで、我に返った。
「顔色、悪ぃな。今日はこれくらいにしとくか? 慣れない訓練が続いてるから、疲れただろ?」
「ぁ……うん。そうだな。今日は、もう」
伊純が使冴の腕を引くと、胸の中に抱きしめた。
「何か、考え事か?」
「えっと」
見上げた伊純の顔が心配そうに歪む。
それを見たら、かえって安心した。
使冴は伊純にしがみ付いた。
「伊純と話してたら、昔のことが浮かんできて。火事の時のこと、思い出せそうだった」
伊純が息を飲んだ気配がした。
「何を、思い出した?」
「姉ちゃんが地下の射撃場に俺を匿ってくれたこと。戻ってくるって言ったのに、来なくて、不安になって。俺、家の中に戻ったんだ」
家の中は一面、炎の海で、身動きが取れなかった。
息が苦しくて、肺が焼けるようで、気を失ったのだと思う。
「気絶して、起きたら、知らない男に抱えられて。そのまま施設に連れて行かれた」
「その男は、誰だ? 覚えてるか?」
「顔とか声とかまでは、思い出せない。知らない男だったと思う。それから……」
あの時、あの男が使冴に放った言葉は。
「頃合いに育ったら、娶ってやるって、言っていた気がする」
伊純が静かに使冴の話を聞いている。
静かだが、怒っているのは、わかった。
(昔の話でも、伊純は俺のために怒ってくれるんだ。伊純……)
顔を寄せて、伊純の胸に頬をあてる。
脈打つ鼓動が、はっきりと聞こえる。
(ちゃんと生きてる。伊純、一緒に生きていてくれよ。勝手にいなくなったりすんなよ)
大切な人を失うのは、もう嫌だ。
自分を庇って死んでいなくなるのは、嫌だ。
「使冴はもう、俺のだ。誰にもやらねぇよ」
首に付けたネックガードを、伊純が撫でる。
伊純でなければ外せないネックガードが、使冴を縛る首輪のようで、今は嬉しい。
「もっとくっ付いて、いっそ一つに溶けたらいいのにな」
伊純の背中に腕を回して抱き寄せる。
一つになったら離れたりしない。
生きるのも死ぬのも、一緒なのに。
「一つになったら、使冴の可愛い顔が見らんねぇだろ。俺はもっと使冴と、抱き合ったりキスしたり、してぇよ」
伊純が可愛いことを言いながら、使冴の頬を撫でる。
「伊純、可愛いな。俺も、伊純といっぱい、触れ合っていたいよ」
「可愛いのは、使冴だ。今は俺だけの天使だろ」
頬を撫でる手が顔を上向かせて、伊純の唇が降りてくる。
昔を思い出すたび胸に広がる不安を、伊純の熱が溶かしてくれる。
今日のキスは、まるで真綿のように柔らかくて、優しかった。
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