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第30話 反転

「……使冴君?」  突然、後ろからかかった声に、心臓がドクリと下がった。  あまりに久し振りに伊純と伊織以外の人間に、名前を呼ばれた。  しかも、聞き覚えがある声だ。  だから、振り返れなかった。 「使冴君、だよね?」  後ろから伸びた手が、肩にかかる。  瞬間、伊純がその手を払った。 「悪ぃけど、人違いだ。俺の連れに何か用?」  伊純の声が、いつもより低い。  顔が見えないように、伊純が使冴を胸に抱いた。 (この声、倫太郎さんだ。間違いない。なんで、こんなところに。こんな偶然、ある?)  マシュマロハウスの同僚だった、根元倫太郎だ。  今は、店長の次に会いたくない人だ。 「ぁ……すみません。もしかして、恋人とか、ですか?」 「そうだけど、だから何?」 「そうですか……。二カ月前に突然、行方不明になった職場の同僚に似ていたので、つい声を掛けてしまいました」 「俺らには関係ねぇけど」 「そうですよね、すみません」  伊純と倫太郎の会話を背中に聞く。 「ずっと、探していて。僕にとっては誰よりも大事な人だから、諦めたくない。絶対に探して、取り戻すって。だから……」  使冴の背中に、冷たくて硬い筒が押し付けられた。 (これ、拳銃?)  ビクリと動いた使冴の背中を、伊純が押さえつける。 「使冴っ、動くな」 「使冴君、彼のいう通り、動かないほうがいいよ。御影伊純の背中にも、僕の友人が同じモノを押し付けているから」 「なん、で……倫太郎、さん」  ゆっくりと顔だけ振り返る。  職場で会うのと同じ顔で微笑む倫太郎がいた。 「何故って、使冴君が奪われたから。僕のモノを取り戻すのに、理由が必要?」 「何、言って……」 「そろそろ、わからせなきゃと思っていたんだ。その矢先に、誘拐なんかされちゃうからさ。しかも」  倫太郎が使冴のネックガードを引っ張った。 「こんなもの、付けられて帰ってくるなんて。強めのお仕置きが必要だね」 「さっきから、何の話してんの。全然、わかんねぇ」  首筋に、チクリと痛みが走った。 「いっ……何……?」  ぐにゃりと視界が歪んで、吐き気がした。  強い眩暈がして、立っていられない。 「使冴! ……っ!」  崩れそうになる体が、伊純に凭れ掛かった。 「二人揃って、僕の家に招待してあげるよ。久しぶりに楽しいパーティをしようね、使冴君」  生暖かい舌が、頬を舐め上げた。  気色悪くて、吐きそうだ。  グルグルと回転する眩暈に意識を絡めとられて、いつの間にか目の前が真っ暗になった。

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