31 / 47

第31話 フラッシュバック

『大丈夫、何があっても僕は使冴君の側にいるから、永遠にね』  倫太郎に好意を向けられることには慣れていた。  だから、いちいち深く考えはしなかった。 (だからって、なんで……)  倫太郎が誘拐まがいの真似をするのだろうか。 「はっ、はっ、はぁ……」  やけに息が荒いし速い。  体が熱くて、心拍も早い。  発情しているのだと思った。 (自然な発情じゃない。薬で無理矢理、発情させられた感じ)  匠に犯されていた時の、薬の感じに似ている。 「ぅんっ、んっ、んぅ!」  くぐもった喘ぎ声が自分の声だと思わなかった。  中途半端に布を噛まされた口の端から声が漏れる。  背中に熱が触れている。  誰かの指が使冴の肌を舐めるようになぞる。 「使冴君、可愛い……やっと、また会えたね」  聞こえる声は、倫太郎だ。 (倫太郎さんが俺に触ってる)  ぞくり、と抉るような寒気が走った。 「使冴君は、覚えていないよね。匠に使冴君をレイプさせた時、僕は何度も使冴君を抱いているんだよ」 「……は?」  何を言っているのか、わからない。  倫太郎の舌が、使冴の耳を舐めた。 「あの目隠し、外してしまいたいって、毎回も思ってたよ。善がる使冴君、最高に可愛かったのに。誰に善がっているか、わかってないなんて勿体なかったよね」 「ぁ……は……」  猿轡のせいで、声が上手く発せない。 (レイプしてた男の中に、倫太郎さんがいた? なのに、何食わぬ顔して一緒に仕事してたのか?)  あまりにも普通に、あまりにも爽やかに。  まるで何事もなかったかのような顔をして隣にいた。  体が小刻みに震えて、声が出せない。 「使冴君、こういうの平気だったと思うけど。最近は、この程度で傷付くの? じゃぁ、前より壊し易いかな」 「ふ……ぁ……」  使冴の体に手を這わせながら、倫太郎がほくそ笑む。 「使冴君の心を粉々に砕いて、ぐちゃぐちゃに壊すために、僕はずっと苦心してきたんだよ。君に降りかかった不幸は全部僕が仕向けたのに、気付きもしないで。どんどん強くなるから困ってたんだ」  倫太郎が優しい手つきで使冴の猿轡を外した。 「さっきから、何、言ってんだよ、アンタ」  怖くて後ろを振り返れない。  倫太郎の声が、普段通りなのが怖い。  悪びれた様子も、悪意もない。  まるで業務連絡か日常会話でもするように、信じられない告白をしてくる。 「声、震えてる。やっと傷付いてくれた?」  首筋に熱が触れる。  肌が粟立って、怖気が増す。 「SNSでバズった時、使冴君、ああいうの嫌いだろ? なのに、あれすら効果なかったね」  倫太郎が困った風に息を吐く。  仕事で手詰まりな時と同じ声だ。 「もう少し有名になったら、風俗バレさせるつもりだったんだ。流石の使冴君も、死にたくなるでしょ?」 「アンタ、俺を殺したいの?」 「いやだな。殺したいなんて、思ってないよ」  倫太郎の手が、使冴の顎に掛る。  そろそろと撫でる手が優しくて、気持ち悪い。 「傷付けて、立ち直れないくらい、壊したいんだ。身も心もボロボロになって、泣くことすらできない使冴君が、僕に縋り付くように仕向けたのに。使冴君、全然壊れないからさ」  倫太郎が、使冴に背中にぴたりと体を添わせた。  感じたくない熱まで流れ込んできて、震えが止まらない。 「なんで、そこまで俺を、壊してぇんだよ」 「何って、僕だけの使冴君にしたいんだよ。今の使冴君は脆そうだからさ。僕が使冴君に今まで何をしてきたか話したら、それだけで充分、壊れてくれそうだね」  倫太郎が嬉しそうに耳元で笑う。  それだけで、呼吸が苦しい。  倫太郎が、するりと使冴の肌を撫でた。  触れるか触れないかの指が、粟立つ肌を刺激する。  大袈裟に体が跳ねた。 「ぅぁっ……やめ……っ」  声を飲み込みながら、背筋を這う偽りの快楽に抗う。 「さぁ、最初の話を始めようね。ちょっとずつ、壊してあげるから」  話すたびに、生暖かい息がかかる。  目に涙が溜まる。 「あぁ、懐かしいな。使冴君との最初の出会いは、十五年前かな」 「十五年……?」  心臓がドクドクするのと同じくらい、背筋がゾクゾクする。 「天久家を襲撃した時、殺害対象に使冴君は入っていなかった。本当に良かったよ。心から思う」  ドクリと、大きく心臓が跳ねた。  胸が軋んで、息をするたびに痛い。 「お前が、俺の家族を……?」 「そうだよ。全員、僕が殺した」  息が止まる。  声が出ない。  視界が、真っ白に染まる。 「わざと使冴君の目の前で殺したのに、君は覚えていないんだもの。正直、残念だったよ。気が狂うほど僕を恨んで殺しに来てくれたら、屈服させて飼い馴らすのも楽しかったのに」  指が顎に触れた。  もう、感覚がなかった。 (炎が……燃える)  頭の中に、痛烈にフラッシュバックした。  地下の射撃場から飛び出した家が、火の海だった。  母と姉は銃弾に倒れていた。  父は両足を撃ち抜かれて、額に銃口を突き付けられていた。  父に銃を向けていたのは年若い男だ。 (あれ……が、倫太郎さんだった?)  絶叫しそうになった口を塞いだ。  微かな気配に気付いた父が、使冴を庇って無理に動いた。  背中に浴びせられた銃弾が、父の息の根を止めた。 『使冴、生き残れ。絶対に死んじゃダメだ』  自分が父を殺した。  射撃場から出てくるなと姉に言われたのに。  軽率な行動が、家族を殺した。  父を殺した若い男が近付いて、使冴の耳元で囁いた。 『ここで見たことは全部、忘れろ。生きていたければな』  父が生き残れと言った。  生きるためには、忘れるしかない。  自分は生きなければいけない。  だから、忘れた。 「忘れろって、言った」  何とか絞り出した声は、自分でも情けないほど弱々しい。  倫太郎が笑った。 「思い出してくれて、良かったんだよ。そのほうが、僕は面白い。なのに思い出す気配すらない。流石にショックだったよ。使冴君のトラウマって、その程度なのかなって」  倫太郎がつらつらと言葉を並べる。  まるで、何でもないことのように。  食い縛った口の端から血の匂いがした。 「僕を殺すくらい、怒ってもいいのに。待っていても君が動かないから、匠を使ってマシュマロハウスに引っ張ったんだ。白玉組は根黒組の隠れ蓑だからね」 「白玉組、が……?」  困惑した顔のまま、振り返りそうになった。 「白玉銀次は御影の犬だと思ってる? 逆だよ。御影に潜入してる根黒組の飼い犬。僕の子供の頃からの付き人だ」 「根黒って……」  倫太郎が使冴の髪を優しく撫でた。 「十五年前の天久家襲撃が評価されて、あっという間に組長に駆け昇った。これも、僕を殺しに来なかった使冴君のお陰だね」  倫太郎が使冴の耳に口を寄せる。 「ありがとう」  怒りが頭の芯を焼いた。  頭の芯がじりじりと熱い。  怒りの熱を、使冴の理性が飲み込んだ。 (こんな、怒りまで。家族を殺した奴が、すぐ後ろにいるのに。なのに俺はまだ、自分の怒りを押し殺して、我慢、するのか)  すっかり身に付いた自分の癖に、憎悪が湧く。 (いや、ダメだ。まだ伊純がどこに居るか、わからない。下手に暴れて、伊純に何かあったら)  この部屋は薄暗くて、何も見えない。  ベッドの上に使冴と倫太郎がいることくらいしか、わからない。  だから今は、耐えるが正解だ。  倫太郎への怒りも、自分への憎悪も、今は心の中の別の場所に仕舞い込む。  見たくないコト、覚えていたくないコトを仕舞い込んできた場所だ。 (慣れてる、だから大丈夫だ。何とかして、逃げるんだ、伊純と一緒に)  頬を伝う涙の雫すら、見てみぬふりをした。

ともだちにシェアしよう!