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第31話 フラッシュバック
『大丈夫、何があっても僕は使冴君の側にいるから、永遠にね』
倫太郎に好意を向けられることには慣れていた。
だから、いちいち深く考えはしなかった。
(だからって、なんで……)
倫太郎が誘拐まがいの真似をするのだろうか。
「はっ、はっ、はぁ……」
やけに息が荒いし速い。
体が熱くて、心拍も早い。
発情しているのだと思った。
(自然な発情じゃない。薬で無理矢理、発情させられた感じ)
匠に犯されていた時の、薬の感じに似ている。
「ぅんっ、んっ、んぅ!」
くぐもった喘ぎ声が自分の声だと思わなかった。
中途半端に布を噛まされた口の端から声が漏れる。
背中に熱が触れている。
誰かの指が使冴の肌を舐めるようになぞる。
「使冴君、可愛い……やっと、また会えたね」
聞こえる声は、倫太郎だ。
(倫太郎さんが俺に触ってる)
ぞくり、と抉るような寒気が走った。
「使冴君は、覚えていないよね。匠に使冴君をレイプさせた時、僕は何度も使冴君を抱いているんだよ」
「……は?」
何を言っているのか、わからない。
倫太郎の舌が、使冴の耳を舐めた。
「あの目隠し、外してしまいたいって、毎回も思ってたよ。善がる使冴君、最高に可愛かったのに。誰に善がっているか、わかってないなんて勿体なかったよね」
「ぁ……は……」
猿轡のせいで、声が上手く発せない。
(レイプしてた男の中に、倫太郎さんがいた? なのに、何食わぬ顔して一緒に仕事してたのか?)
あまりにも普通に、あまりにも爽やかに。
まるで何事もなかったかのような顔をして隣にいた。
体が小刻みに震えて、声が出せない。
「使冴君、こういうの平気だったと思うけど。最近は、この程度で傷付くの? じゃぁ、前より壊し易いかな」
「ふ……ぁ……」
使冴の体に手を這わせながら、倫太郎がほくそ笑む。
「使冴君の心を粉々に砕いて、ぐちゃぐちゃに壊すために、僕はずっと苦心してきたんだよ。君に降りかかった不幸は全部僕が仕向けたのに、気付きもしないで。どんどん強くなるから困ってたんだ」
倫太郎が優しい手つきで使冴の猿轡を外した。
「さっきから、何、言ってんだよ、アンタ」
怖くて後ろを振り返れない。
倫太郎の声が、普段通りなのが怖い。
悪びれた様子も、悪意もない。
まるで業務連絡か日常会話でもするように、信じられない告白をしてくる。
「声、震えてる。やっと傷付いてくれた?」
首筋に熱が触れる。
肌が粟立って、怖気が増す。
「SNSでバズった時、使冴君、ああいうの嫌いだろ? なのに、あれすら効果なかったね」
倫太郎が困った風に息を吐く。
仕事で手詰まりな時と同じ声だ。
「もう少し有名になったら、風俗バレさせるつもりだったんだ。流石の使冴君も、死にたくなるでしょ?」
「アンタ、俺を殺したいの?」
「いやだな。殺したいなんて、思ってないよ」
倫太郎の手が、使冴の顎に掛る。
そろそろと撫でる手が優しくて、気持ち悪い。
「傷付けて、立ち直れないくらい、壊したいんだ。身も心もボロボロになって、泣くことすらできない使冴君が、僕に縋り付くように仕向けたのに。使冴君、全然壊れないからさ」
倫太郎が、使冴に背中にぴたりと体を添わせた。
感じたくない熱まで流れ込んできて、震えが止まらない。
「なんで、そこまで俺を、壊してぇんだよ」
「何って、僕だけの使冴君にしたいんだよ。今の使冴君は脆そうだからさ。僕が使冴君に今まで何をしてきたか話したら、それだけで充分、壊れてくれそうだね」
倫太郎が嬉しそうに耳元で笑う。
それだけで、呼吸が苦しい。
倫太郎が、するりと使冴の肌を撫でた。
触れるか触れないかの指が、粟立つ肌を刺激する。
大袈裟に体が跳ねた。
「ぅぁっ……やめ……っ」
声を飲み込みながら、背筋を這う偽りの快楽に抗う。
「さぁ、最初の話を始めようね。ちょっとずつ、壊してあげるから」
話すたびに、生暖かい息がかかる。
目に涙が溜まる。
「あぁ、懐かしいな。使冴君との最初の出会いは、十五年前かな」
「十五年……?」
心臓がドクドクするのと同じくらい、背筋がゾクゾクする。
「天久家を襲撃した時、殺害対象に使冴君は入っていなかった。本当に良かったよ。心から思う」
ドクリと、大きく心臓が跳ねた。
胸が軋んで、息をするたびに痛い。
「お前が、俺の家族を……?」
「そうだよ。全員、僕が殺した」
息が止まる。
声が出ない。
視界が、真っ白に染まる。
「わざと使冴君の目の前で殺したのに、君は覚えていないんだもの。正直、残念だったよ。気が狂うほど僕を恨んで殺しに来てくれたら、屈服させて飼い馴らすのも楽しかったのに」
指が顎に触れた。
もう、感覚がなかった。
(炎が……燃える)
頭の中に、痛烈にフラッシュバックした。
地下の射撃場から飛び出した家が、火の海だった。
母と姉は銃弾に倒れていた。
父は両足を撃ち抜かれて、額に銃口を突き付けられていた。
父に銃を向けていたのは年若い男だ。
(あれ……が、倫太郎さんだった?)
絶叫しそうになった口を塞いだ。
微かな気配に気付いた父が、使冴を庇って無理に動いた。
背中に浴びせられた銃弾が、父の息の根を止めた。
『使冴、生き残れ。絶対に死んじゃダメだ』
自分が父を殺した。
射撃場から出てくるなと姉に言われたのに。
軽率な行動が、家族を殺した。
父を殺した若い男が近付いて、使冴の耳元で囁いた。
『ここで見たことは全部、忘れろ。生きていたければな』
父が生き残れと言った。
生きるためには、忘れるしかない。
自分は生きなければいけない。
だから、忘れた。
「忘れろって、言った」
何とか絞り出した声は、自分でも情けないほど弱々しい。
倫太郎が笑った。
「思い出してくれて、良かったんだよ。そのほうが、僕は面白い。なのに思い出す気配すらない。流石にショックだったよ。使冴君のトラウマって、その程度なのかなって」
倫太郎がつらつらと言葉を並べる。
まるで、何でもないことのように。
食い縛った口の端から血の匂いがした。
「僕を殺すくらい、怒ってもいいのに。待っていても君が動かないから、匠を使ってマシュマロハウスに引っ張ったんだ。白玉組は根黒組の隠れ蓑だからね」
「白玉組、が……?」
困惑した顔のまま、振り返りそうになった。
「白玉銀次は御影の犬だと思ってる? 逆だよ。御影に潜入してる根黒組の飼い犬。僕の子供の頃からの付き人だ」
「根黒って……」
倫太郎が使冴の髪を優しく撫でた。
「十五年前の天久家襲撃が評価されて、あっという間に組長に駆け昇った。これも、僕を殺しに来なかった使冴君のお陰だね」
倫太郎が使冴の耳に口を寄せる。
「ありがとう」
怒りが頭の芯を焼いた。
頭の芯がじりじりと熱い。
怒りの熱を、使冴の理性が飲み込んだ。
(こんな、怒りまで。家族を殺した奴が、すぐ後ろにいるのに。なのに俺はまだ、自分の怒りを押し殺して、我慢、するのか)
すっかり身に付いた自分の癖に、憎悪が湧く。
(いや、ダメだ。まだ伊純がどこに居るか、わからない。下手に暴れて、伊純に何かあったら)
この部屋は薄暗くて、何も見えない。
ベッドの上に使冴と倫太郎がいることくらいしか、わからない。
だから今は、耐えるが正解だ。
倫太郎への怒りも、自分への憎悪も、今は心の中の別の場所に仕舞い込む。
見たくないコト、覚えていたくないコトを仕舞い込んできた場所だ。
(慣れてる、だから大丈夫だ。何とかして、逃げるんだ、伊純と一緒に)
頬を伝う涙の雫すら、見てみぬふりをした。
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