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第36話 冥府からの手紙

 願いが打ち砕かれる瞬間は、あっけなくやってくる。  日常のあちこちに散りばめられた罠は、当たり前の顔をして平穏を奪う。  使冴がその手紙を受け取ったのは、倫太郎の事件があってから十日ほどが過ぎた頃だった。 「お墓参りに来てくれませんか、か」  使冴宛に送られてきた手紙を開封した伊織が、神妙な顔をした。 「自分の墓参りに来いなんて、ゾッとしねぇな」  使冴の隣に座る伊純が、眉間に皺を寄せている。  本日、昼間にマンションのポストに投函された手紙の宛名は、天久使冴だった。  住所が書かれ、消印がある。  この場所に使冴がいることを、手紙の送り主は把握している。  或いはこの住所で使冴に届くのかを確認したいのだろう。  送り主は名前のみ「根元倫太郎」と書かれていた。 「根黒倫太郎と砂川匠の遺体は、|双葉《ふたば》|葵《あおい》って人が引き取りに来た。司法解剖を終えて連絡したら、すぐに来たよ」 「双葉って、俺がいた児童養護施設の施設長だ」  伊織の言葉に、使冴はピクリと反応した。  施設が遺体を引き取りに来たのは、色々な意味で驚きだ。  百歩譲って、匠の引き取り手が双葉児童養護施設なのは、納得できるとしても。 「根黒倫太郎も、使冴君と同じ施設の孤児だったよ。根黒組に養子に入るまでは、根元姓を名乗っていた」 「そうだったんだ……」 「砂川とは、施設で知り合ったんだろうね。使冴君が入るより前に、倫太郎は施設を出ている」  天久家を襲った時には根黒組の組員だったのなら、施設にいなくて当然だ。 (匠兄貴と倫太郎さんは、白玉組や根黒組以外でも、施設の頃から縁があったんだな)  それが悲しいのか、良かったと思うべきなのか。  使冴には、よくわからなかった。 「双葉児童養護施設は現在、捜査中だよ。根黒組と無関係ではないだろうからね」 「で、その手紙はどうする」  伊純の言葉に、伊織が手紙を見詰めた。 「この手紙自体は科捜研に回すけど。……指定日は、明日か」  消印は昨日の日付けで、郵便局はこのマンションの最寄だ。  わざとタイトなスケジュールを当ててきているのは、間違いない。 「俺は行きたいって思うけど、ダメ?」  使冴の声に、伊織と伊純が同時に目を向けた。 「根黒組が、使冴君の居場所を掴んだ上で炙り出しに来てるって、わかって言ってるんだよね?」  伊織の念押しに、使冴は頷いた。 「無視していい呼び出しじゃないだろ? それに……」  使冴は手紙の文面に視線を落とした。 『天久使冴様  拝啓  先日はお世話になりました。  早速で恐縮ですが、僕のお墓参りに来てくれませんか。  大事なお話があります。  10月13日正午、海越丘公園墓地 二番区画にて  お待ちしています。  貴方にお会いできる時を心待ちにしています。  死霊になっても永遠に愛しています。 敬具  根元倫太郎』  真っ白な便せんにパソコンの文字がプリントされた簡素な手紙。  内容は歓迎できないが、気になるのは。 「根元って姓をわざわざ使っているのは、気になるから。俺が行くべきだと思う」  使冴の言葉に、伊織と伊純が目を合わせた。   「そうだね。けど一人はダメだよ。伊純の同行は必須。向こうも、そのつもりで誘い出してる」  伊織に向かい顔を上げた使冴に、伊純が続けた。 「このマンションに手紙を送りつけた時点で、Dissolveにバレんのは承知の上だろ。こっちが何の準備もなく出向くとは思ってねぇよ」 「その上で意図があるとしたら、乗るのも一つの手ではあるね」  伊織の目が鈍く光る。  ちょっと悪い顔をしている。これが伊織の副班長の顔なんだろう。 「伊純に一緒に来てもらう。伊織兄ちゃんが考える万全の態勢を作ってもらっていい。けど、俺が会いに行く。呼び出されたのは、俺だから」  倫太郎は死んだ。  この手紙は倫太郎の名を語った別人だ。  誰かが倫太郎に成り代わって、使冴を呼んでいる。 (俺が欲しくて呼び出してんなら、それでいい。けど、もっと別の、助けを求めるような呼び出しだったとしたら)  人が虐げられるのをただ見ているのは、もう嫌だ。  自分に出来ることがあるなら、やりたい。  使冴を眺めていた伊織と伊純が目を合わせて頷いた。 「当日は伊純と車で移動ね。表向きは、あくまで二人で出てもらう。Dissolveの遊撃部隊を近くに潜ませるから、そのつもりでいて」 「わかった。伊織兄ちゃん、伊純、ありがと」  伊純が使冴の頭を撫でた。  優しい眼差しが、笑んだ。 「結局、使冴君を囮に使う羽目になるよね。こういうのが続くのは、心臓に悪いなぁ」  伊織が苦笑する。   「俺ももう捜査官だから、ちゃんと仕事するし、役に立つよ」  意気込む使冴に、伊織が笑んだ。 「頼もしいね。けど、無理はしないように。伊純の言うコト、しっかり聞いて守ってね」 「わかった」  鼻息荒く、使冴は頷いた。

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