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第37話 10月13日正午①

 突き抜けるほどの快晴とでもいうのか。  秋晴れの空は絶好の行楽日和だ。   「これが横浜デートだったら、楽しかったのにな」  車を運転する伊純が珍しく、ぼやいている。  自称・根元倫太郎が手紙で指定してきた海超丘公園墓地は、横浜にある。  海に面した高台を開いた一角にある墓地だ。  昔は外人墓地と呼ばれていた場所で、双葉児童養護施設も区画を有する。  施設で亡くなった子供たちを合祀する共同墓地がある。  伊純が使冴を流し見た。 「部屋に籠りきりで、まだデートらしいデート、できていねぇから」  伊純が苦笑した。  ホームセンターへの買い出しが使冴に内緒の囮作戦だったことを、まだ気にしているのかもしれない。 (あの部屋で、何不自由なく暮らせるだけで、俺はかなり幸せなんだけど)  倫太郎に腑抜けていると言われる程度には、心も顔も緩んでいる。 「なら、ホームセンター、リベンジな。今度は別の大きいトコ、行ってみたい」 「お前、本当に好きだね」  伊純が小さく吹き出した。  纏う気はピリッとして緊張を感じるが、表情は明るい。  使冴を和ませてくれているんだろうか。 「調べておくよ。ショッピングモールが併設されてるとこなら、食料品も豊富だし、使冴の服や日用品も買えんだろ」  ホームセンターに行った時、そんな話をした。  使冴としては、準備してもらった服や日用品で事足りている。  けど、気遣ってくれる伊純の気持ちが嬉しいから、素直に甘える。 「うん、約束な。楽しみにしてる」  約束は未来の希望だ。  一握りの小さな希望が、明日の命を繋ぐ。  そうであってほしいと、使冴は思っている。 「俺も、楽しみにしてる」  伊純の手が伸びて来て、使冴の手を一度だけ強く握った。  ハグされているような気になった。  駐車場に車を止めて、緑豊かな公園を歩く。  港が見える丘の上には、公園が広がり、近隣の住人が利用している。  家族連れや老夫婦まで、年齢層は幅広い。  奥に歩くと、墓地がある。  遮るものが何もない墓地が、晴れた陽に明るく照らされている。  洋風の墓碑が並ぶ景色は現実離れして、囲う緑と降り注ぐキラキラした陽のせいで、絵画の一風景のようだった。 「二番区画は、あっち」  墓地の入口に掛る案内板を見なくても、使冴はその場所を知っている。  まだ小学生の頃、施設長に手を引かれてやってきた。 『兄弟たちが眠る場所だよ。お前がここに入ることは、ないだろうけどね』  普段、穏やかな施設長が、この場所に来た時だけは、いつもと違う気を纏っていた。  子供心に、この人は優しいだけの人ではないのかもしれないと感じた。 『忘れないで、使冴。現実がどんなに無慈悲でも、私はお前たちの味方だ』  施設長の言葉が、あの時の使冴にはわからなかった。  今でも、真意はわからない。 (どんな気持ちだったのかな。今も同じ気持ちなのかな)  あの時に感じた、何とも言えない感覚が、ジワリと蘇った。  墓地の奥まった場所、他の区画より少しだけ大きな墓石の前に、男が立っていた。  伊純が使冴の腕を掴み、前に出る。  使冴と伊純の気配に気が付いて、黒いスーツの男が振り返った。 「やぁ、久し振り。二週間ぶりくらいかな? 来てくれてありがとう、使冴君。と、おまけの御影伊純さん」  使冴に向かい微笑んだ男の顔は、まぎれもなく根元倫太郎だった。  伊純が息を飲んだ。 「呼び出されたから、会いに来た。話の前に、御参りしてもいい?」 「勿論。嬉しいよ。匠も喜ぶと思う」  倫太郎の顔をした男が後ろに下がる。  使冴は墓石の前に立ち、線香を手向けた。  伊純が隣に並んで、一緒に手を合わせる。  目を開いて、墓石を眺める。  掘られている子供たちの名前を辿る。  一番端に、砂川匠と根元倫太郎の名が刻まれていた。 「体裁が悪くて根黒とは彫れなかったんだろうね。ま、墓に入れてもらえただけ有難いよ」  墓石の名前を見詰める使冴に向かい、倫太郎が笑う。 「施設の子供らは、死んだら石に名前が刻まれて、終わり。年に一回、施設で合同の法要をしてたっけ。使冴君の頃も、やってた?」 「うん。毎年、年末の頃だった」 「施設の大人だけは、毎年ここに来るんだよ。クリスマスが過ぎた年の暮れ、まるで罪人でも弔うみたいに、こっそりと」  倫太郎が墓石を眺めた。  罪人、という言葉が、少しだけ引っ掛かった。 「今年は本物の犯罪者が入っちゃったけど。少し申し訳ないな」  まるで自分の話でもするかのように、倫太郎が苦笑した。 「早速だけど、俺としたい話って、何? 伊純は側にいるけど、いいよな。倫太郎さんと二人で話しても、帰ったら話の内容を、俺は伊純に伝える。一緒にいてもらったほうが、俺はいいんだけど」 「素直だね、使冴君」  倫太郎がクスクスと笑う。 「意味のねぇ嘘や誤魔化しは、時間の無駄だろ」 「僕については、聞かないの?」  倫太郎が興味深そうな目で使冴を眺めた。 「アンタは、倫太郎さんなんだろ。今はそれでいいよ。アンタの話の内容に、俺は興味があるから」  実際、目の前の男は、まるで倫太郎そのものだ。   (ぱっと見じゃ、どんなトリック使っているかなんて、俺にはわからない)  根黒倫太郎の遺体は、Dissolveが確認している。  それだけは、揺るぎようのない事実だ。  使冴は伊純を見上げた。 「伊純も、それでいい?」 「使冴がそうしたいなら、それでいい。俺は使冴を守るために来ただけだ。話の邪魔はしねぇよ」  つまりは、このまま進めろの意志だ。  伊純が頷き、倫太郎に目を向けた。  倫太郎が意外そうな顔をした。 「残念だな。もっと驚いてほしかったのに。特に伊純は知りたがるかと思った。警棒で殴り飛ばした頭、大丈夫? 派手に血が出ていたけど、縫った?」  伊純の手がピクリと動いた。  その手をゆっくり後頭部にあてる。 「あの程度、縫うほどの怪我になるかよ。掠り傷だろ。つか、馴れ馴れしく名前を呼ぶな」  伊純がいつもの澄ました顔になった。  現場から帰り際に寄った医院で五針縫っていたから、倫太郎の見立てが正解だ。  長い髪を縛って隠しているが、まだ抜糸も済んでいないから、多きめの絆創膏があたっている。 「ふぅん。まぁ、お大事にね、伊純」  強調するように名を呼んで、倫太郎が満足げに笑んだ。   (俺たちを拉致った時のことも、知ってる。あの場にいたってことか)  拉致されたホームセンターでも、運び込まれた廃屋でも、Dissolveは倫太郎と匠以外の人間を確認していない。  どこかに身を潜めていたのだろうか。 「わざわざ俺の怪我を労うために呼び出したわけじゃねぇだろ。さっさと用件を話せよ」  伊純が淡々とした声で話を促した。 「僕としては、使冴君と抱き合える距離で寄り添って話したいんだけど。マシュマロハウスにいた頃みたいに、じゃれ合って、世間話みたいにさ」 「そんなにベタベタした覚え、ねぇけど」  むしろ使冴は内心、倫太郎を避けていた。 「抱きしめられる距離にいるのに、手を握ったり、肩を抱いたり、体を添わせたりしただけ、だったよね。プラトニックな触れ合いに、あえて留めて我慢するのが、あの頃は楽しかったよ」  マシュマロハウスにいた頃の倫太郎が思い浮かぶ。  注意しにくいが確実に近い距離感に困っていた。 (やっぱり、あれって、わざとだったのか。いや、この人が本物の倫太郎さんでは、ないはずなんだけど) 「もっと僕をよく見てよ、使冴君。僕の顔、懐かしいでしょ? 急にいなくなって心配したんだよ」  一歩二歩と、倫太郎が使冴に歩み寄る。  使冴の体を引いて、伊純が後ろに下がった。 「近すぎると、見えねぇよ」  伊純が静かに論太郎を牽制した。  倫太郎がほくそ笑んだ。 「僕がマシュマロハウスにいた根元倫太郎本人か、確認できるのは使冴君だけだ。よく見てもらったほうが、良いと思うけど」 「……根黒倫太郎の死亡は確認している」  伊純が事実を述べた。  倫太郎の笑んだ目が、使冴に向いた。 「伊純は、ああ言ってるけど。使冴君は、どう?」 「どう、って……」  使冴は改めて、倫太郎を眺めた。  顔は、疑うべくもなく倫太郎だ。  話し方も声も、立ち姿も既視感がある。 「俺には、倫太郎さんにしか見えねぇけど」 「だってさ」  倫太郎が満足そうに伊純に目を向けた。 「お前は、自分が根黒倫太郎だと主張してぇのか?」 「匠に頭を撃ち抜かれて死んだ男を根黒倫太郎だと結論付けたのは、Dissolveだろ」  倫太郎が苦笑した。 「なら、手前ぇは何者だ」 「僕は根黒倫太郎だよ。十三歳で根黒組に引き取られる前は、使冴君と同じ児童養護施設で育った。両親不明、だから身元も不明だ」  倫太郎が、Dissolveが調べ上げたのと同じ内容の生い立ちを話す。  まるで暗記したマニュアルを読むように。 「ちなみに匠を拾ったのは、僕でね。施設の玄関で見付けたんだ。匠とは兄弟みたいに仲が良かったんだよ。この情報は、Dissolveも知らないんじゃない?」  倫太郎が人差し指を口元にあてて、目を細めた。  砂川匠は0歳から施設で育ったと、使冴も本人に聞いたことがある。 (匠兄貴と倫太郎さんは、マシュマロハウスでも仲が良かった。それは俺も知ってる) 「あの状態から蘇ったとでも言いてぇのか。頭を撃ち抜かれても、生きてるって?」  伊純が呆れた目を向ける。  倫太郎の話振りは、同じ人間を装いたいように聞こえる。 「一度死んで蘇ったなんて、非現実すぎて誰も信じない伝説は、ヤクザの組長にちょうどいいね。面白いからすぐに拡散する上、箔が付く」  倫太郎がクスクスと笑う。  冗談なのか本気なのか、わからない。 (笑ってる顔は、マシュマロハウスにいた倫太郎さんぽい)  物静かで控えめに、場の空気を壊さないように笑う。  同じ笑い方を、目の前の倫太郎もしている。 「僕が根黒倫太郎本人かそうでないかの証明は、いずれDissolveがしてくれるだろ。使冴君も驚いてくれたことだし、そろそろ本題に入ろうか。今度こそ伊純も喜ぶような――命を懸けるに値する、面白い話だよ」

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