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第41話 甘いキス
使冴はリビングで伊純と最終の打ち合わせをしていた。
二日後は根黒組の幹部会だ。
Dissolveは総出で摘発に向かう運びとなった。
根黒倫太郎からのリークは、Dissolve諜報部が調べた情報とも一致した。
伊純が倫太郎とメールのやり取りを繰り返しながら、慎重に動きを探っている。
Dissolveが独自に得た情報と倫太郎の情報を照らし合わせて、摘発を決断したとの話だった。
「摘発当日、使冴はこのマンションで缶詰め。俺と兄貴は前日から本部に行くから不在だけど、エントランスにDissolveの捜査官を配置する」
根黒倫太郎は使冴の居場所を把握している。
誘拐を懸念して移動の案もあったが、マンションの警備強化に落ち着いた。
使冴の保護用に改築されたマンションは、本部に次ぐセキュリティを誇るらしい。
今更、他の場所に移動するほうが危険と判断したそうだ。
改めて、とんでもない場所に保護されているなと思う。
「このマンションの警備にあたる捜査官の簡単なプロフィールと配置。パッドに落としといたから、後で見て」
「わかった」
パッドをタップして、伊純がプロフィールページをスワイプする。
「リーダーだけ、説明しとく。|御門《みかど》|泪《るい》。若いけど実力は間違いねぇから、心配いらない」
「そうなんだ」
パッドに映し出された御門泪のプロフィールを眺める。
写真を見るに、表情は硬いが整った顔をしている。どことなく、伊純や伊織に似ている。
それも気になったが、使冴がもっと気になったのは、担当部署だ。
『Dissolve実働部隊 諜報・遊撃部』と書かれている。
「諜報と遊撃?」
いまいちイメージが湧かない。
「どっかに忍び込んで情報とか盗んで来たり、相手を迎撃したり、だな」
「……忍者?」
「まぁ…………間違ってねぇ、かな。遠くない」
考えるような顔をしながら、伊純が頷いた。
「でもさ、幹部会当日は、俺に襲撃ってなさそうじゃね? 根黒組の偉い人、ほとんど出席するんだよな?」
警戒はすべきだと思うが、警備が厳重すぎる気がする。
「それな、話そうと思ってたんだけど、これ」
伊純が自分のスマホを見せてくれた。
『件の日、棟の上のラプンツェルにも協力してほしいな。物語の一幕で構わないから』
メールの送り主は倫太郎だ。
不吉極まりない。
「うわぁ……来る気満々か。どーすんの?」
「勿論、却下だ。だから警備強化してる」
「そうだよな」
このタイミングで倫太郎が接触してきたら、オークションの商品として誘拐されるのは間違いない。
「ただ、気になることもあってさ。ここ数日、根黒の幹部と目される連中の情報、片っ端からハッキングしてんだけど。どうも倫太郎以外の幹部連中は使冴の居場所を把握していないっぽいんだよ」
「知ってるのは、倫太郎さんだけってコト?」
「口頭のやり取りで、見えない場所で伝えてる場合もあるから、総ての把握は難しいんだけどな。そんで、これ」
伊純が次のメールを見せた。
『ラプンツェルがお願いを一つ、叶えてくれたら、悪者は牢に囚われてもいいよ』
何とも胡散臭い。
「言い回しがファンシーなのが、余計に胡散臭いな」
「こういうメールはハッキングを懸念して、当人同士しか理解できない文言にするもんだけどさ。可愛くてキメぇよな」
伊純の言葉に棘がある。
きっと嫌いなんだろうと思う。
「当日は倫太郎本人が使冴に会いに来ると踏んでる」
「だから、警備強化なのか。むー……」
腕組した使冴の頬を、伊純がむにっと掴んだ。
「会わせねぇぞ」
「俺は会ってもいいよ」
同時に真逆の言葉を発した。
伊純の顔が途端に曇った。
「会わせるワケけねぇだろ。確実に誘拐されて、出品されんぞ。危機感、持て」
「そうかもだけど。この感じって、むしろ捕まりに来るんじゃねぇかなって」
伊純が困惑した顔をした。
困惑しながらも、怒っている。
「多分さ、倫太郎さんにとって大事なのは、オークション当日だろ。根黒組の幹部を餌にDissolveを釣った感じじゃん」
「まぁ、間違ってねぇな」
「今回の根黒組幹部捕縛が成功すれば、オークション当日もDissolveが動くだろ。そのための前振りっていうか、揺動なんじゃねぇかなって」
わざわざこんなメールを送って来なければ、根黒組の幹部会にDissolveの捜査官が集中したはずだ。
確実に使冴に会って逃げおおせたいなら、事前告知は必要ない。
あえて捕まり易い状況を作っているように見える。
「捕まりに来る可能性は否定しねぇけど。……揺動か。だとしたら逆に、Dissolveに自分を保護させるつもりかもな」
「保護?」
伊純の目が、ちらりと使冴に向いた。
「倫太郎が他の組長から命狙われてんのは、間違いなさそうだからな」
「え? 倫太郎さんも組長なのに?」
「組長だから、だろ。根黒組の組長は全部で四人だが、トップは倫太郎の父親、根黒|巌随《げんずい》だ。その下で三人の組長に権力を分散してる」
「なんで、そんな面倒なことすんのかな。揉め事の種じゃね?」
同等の権限を有したナンバーツーが三人もいて、組織は割れないんだろうか。
「組長が死んでも組が潰れねぇようにって建前らしいが。本音は時期組長に相応しい器、見極めるためじゃねぇの」
「おっかねぇオーディションだな」
「独特なシステムだけどな」
ヤクザは圧倒的なカリスマ性を持つ頭と組員の絆で成立する家が多い。
そういう話は、使冴でも聞く。
「血縁でいえば後を継ぐのは倫太郎だけどな。他の二人は幹部からの成り上がりだから、組が欲しけりゃ、他の面子、潰すだろ」
「倫太郎さん、養子だし尚更か」
「潰し合いで死ぬようなら、組長の器じゃねぇって話なんだろ」
使冴は、また考え込んだ。
「だとしたら、Dissolveを使って根黒組の他の組長を一蹴できたら、倫太郎さんには得だよな」
使冴は、アーモンドクッキーを口に放り込んだ。
久しぶりに頭を使っているから、甘いものが欲しい。
「幹部会には根黒組の主要面子がほぼ出揃う。一網打尽にして一新してぇのかもな。保護目的とはいえ、Dissolveに捕まるだけじゃ揺動にならねぇだろうから、交渉材料を持ってくる、かな」
伊純の口にも、クッキーを押し付ける。
素直に口を開ける伊純が、ちょっと可愛い。
「やっぱり、会ったほうがいい気がする」
伊純が、使冴の頬を摘まんだ。
「なんでそうなる。使冴の安全とは別問題だ」
「俺の使いどころじゃん」
伊純がクッキーを食みながら、黙った。
怒っているようにも呆れているようにも見える。
「何となくだけど、倫太郎さんは根黒組に未練なさそうに見えた。俺らを巻き込んだ目的も、オークションを盛り上げるためとかじゃ、ねぇ気がするんだよな」
倫太郎は、面白ければ文句はないと話していた。
(面白くするためだけに、俺やDissolveを巻き込んで、こんな長期の計画なんか立てるか? 二人も人を、殺してまで)
死んだ倫太郎が、生きている倫太郎と、どんな関係だったのかは知らない。
倫太郎と匠が、どれくらいの知己なのかも、知らない。
同じ施設で育ったことすら、倫太郎が死ぬまで使冴は知らなかった。
(倫太郎さんがいう面白い結果がどんなものか、わからないけど。話していない本音がありそうな気がする)
確たる証拠も裏付けもない。
横浜の墓地で倫太郎と交わした会話の中に、ヒントがある気がした。
(俺じゃなきゃ気付けない倫太郎さんの言葉や本音が、あるんじゃないのかな)
だからこそ、もっと話してみたい。
「倫太郎さんには他にもっと、違う目的が……やりたいことが、あるんじゃないかな」
「例えそうだとしても、使冴を危険に晒す理由にはならねぇよ」
伊純が使冴の腕を引いて、自分の膝の腕に座らせた。
「俺だってもう、Dissolveの捜査官なんだから、役に立つよ」
「充分、役に立ってる。てか、お前は今、根黒組のターゲットなんだから、守られていいんだよ」
伊純の腕が使冴を抱きしめる。
体が沈み込んで、伊純の胸に顔を寄せる。
首筋を吸われて、甘い痺れが走った。
「俺が見てないとこで、倫太郎が使冴に触れるなんて、考えただけで殺したくなるだろ」
「触らせたり……っん、ぁっ……」
首筋を這った唇が、耳を食む。
ジワリと、薄い快楽が滲む。
「い、すみ……、今、大事な話……」
「この程度で、気持ちいい? 感じやすくなったな。かわいい」
自分でも、そう思う。
少し前まで、耳を食む程度、何とも感じなかった。
今は、伊純の指が肌を滑るだけで、肌が粟立つ。
「明日から数日、会えねぇから。今夜は一緒に寝よっか」
吐息がかかって、ビクビクと体が震える。
「ん……俺のこと、ちゃんと使うなら、一緒に寝る」
返事を躊躇う伊純の顔を掴まえて、口付ける。
合わさる肌も、絡まる熱も、漏れる吐息すら、愛おしい。
もっと欲しくて、合わせた唇を離したくなくて、自分から更に深く口付けた。
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