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第45話 幹部会当日 雀蜂α
昨晩は倫太郎を使冴の部屋に押し込んだ。
使冴はキングサイズのベッドで寝たのだが、広すぎて寒かった。
(伊純、早く帰って来ねぇかな……)
夢と現の狭間の微睡に揺れながら、ここにいない熱を探す。
ふわりと頬に、温かい指が触れた。
(あれ? 伊純……?)
目を開く前に体を持ち挙げられた。
瞼が重くて開かない。
甘いだけじゃない匂いが口から流れ込んで、鼻に抜けた。
(伊純のフェロモンじゃ、ない……これ、倫太郎さん……? 昨日より、苦くない)
ほんのりビターな甘いフェロモンが、脳を溶かす。
「使冴君、お仕事の時間だよ」
耳元に聴こえた声は、確かに倫太郎だった。
(仕事って、何……?)
体が軽く疼いて、小さな火照りが気持ち良い。
フワフワと揺れる意識の中で、倫太郎に抱えられているのだと、ぼんやりわかった。
「BLACK LIST会員の皆様に、NGRより緊急配信です」
使冴と話す時より緊張した声が、部屋の中に響く。
「かねてよりお知らせしておりました目玉商品に加えて、蜂がもう一匹追加となります」
蜂、という声が聴こえた。
ピクリと指が跳ねた。
「極上の蜜を蓄えた女王蜂との共演は、雀蜂。この僕、根黒倫太郎です」
淡々とした説明口調は冷ややかで、怒っているようですらある。
(女王蜂と、雀蜂? 誰かに向かって話してる……スマホ?)
薄らと開いた目が捉えたのは、何の変哲もないスマホだ。
動画を撮っているのか、ビデオ通話か。配信でもしているのか。
「日本製の蜂が飛び交う|Autumn《A》 |Fes《F》は史上初、一夜限りです。本日より蜂限定の|pre-bid《pd》を開始します。どうぞ、お好きなだけ|金《愛情》を注いでください」
略語のような単語が多くて、よくわからない。
(わかんねぇけど、オークションの話、してる?)
何となく、オークションの予告動画なのだろうと察しは付いた。
(でも、何で、今? 時間……何時だ?)
ブラインドから光が差し込んでいるから、夜は明けているようだ。
「画面越しの愛が大きかった特別な皆様には、当日、蜂の巣にて生の蜜をお楽しみいただきます」
倫太郎が使冴の体を抱き寄せた。
唇が頬にキスを落とした。
倫太郎が、突き出した親指を下に向ける。
「麗しの女王蜂と雀蜂が、素敵な夜に蜜を湛えて、お待ちしています。……愛の競い合い、開始」
スマホの画面が真っ黒になった。
「使冴君、お疲れ様」
倫太郎が、使冴の髪を撫でた。
「……俺、めっちゃパジャマなんだけど。ちゃんと起こして、お洒落させろよ」
じっとりとした目で倫太郎をねめつける。
「パジャマ姿も可愛いよ」
頬やら鼻やらにキスの雨が降る。
「オークション向けの動画?」
「蜂の競りは希望者が多いから、客を絞るためのpre-bidを、動画終了時から開始したんだ。本人が動画に映ったら、盛り上がるでしょ?」
倫太郎が話していた使冴に手伝ってほしいことは、配信だったらしい。
「倫太郎さんが、雀蜂っていうαなの?」
倫太郎の目が間近で笑んだ。
「そうだよ。女王蜂の使冴君が、僕のフェロモンを感じる理由だ」
唇が重なって、倫太郎のフェロモンが流れ込んだ。
「ぁっ……んぅ」
弱くて鋭い快楽が小さく背中を駆け昇る。
「蜂同士は相性がいいんだ。だから、使冴君は僕のフェロモンを無条件に感じ取る。本当は抱きたいんだけどね。今はまだ、使冴君を抱けない」
「なん、で?」
唇を離して、何とか声を繋ぐ。
「雀蜂αは、体液とフェロモンでバースの性転換を促す。間違って使冴君の性が変わったら、商品にならないからね」
「性転換……?」
それこそ、都市伝説級の話だと思った。
(ビッチングとか、スタディングとか、ニュータリングとか、斡旋所で勉強したけど。本当に出来んのか)
運命の番以上にファンタジーな話だ。
驚き過ぎて、質問も出来なかった。
「僕らはそれぞれにαとΩの亜種だ。蜂が揃って出品されるオークションなんか、世界中探してもない」
「自分を出品した、んだよな。なんで……」
「それが約束で、それこそが僕が今、生きている意味だからだよ」
使冴の首筋を舐め上げる倫太郎の声が、心なしか興奮している。
(死んだ倫太郎さんは、普通のアルファ。生きている倫太郎さんは雀蜂α。最初から、自分を競りにかけるつもりでいたんだ)
亜種というからには雀蜂も希少なんだろう。
「約束のために、今まで準備してきたの?」
「そうだよ。三十三年間、準備してきた成果だ。やっと、この日を迎えられる。使冴君を、僕と一緒に出品できる」
倫太郎の声が、さっきより興奮して震えている。
目の焦点が合っていない。
(正気じゃない顔になってる。ちゃんと俺の蜜に酔ってくれた)
倫太郎のフェロモンに煽られて、蜜が溢れている。
何度かキスした時に、蜜を直に送り込んだ。
部屋には、むせかえるような甘い香りが溢れている。
使冴は蜜を少しずつ針に変えて放出し始めた。
「倫太郎さんは、このオークションのために、俺を利用したの?」
倫太郎の頬をなぞる。
わずかに震える使冴の指に、倫太郎が心地良さそうに頬を寄せた。
「……利用するために、生かした」
使冴は息を飲んだ。
もう何度も感じている恐怖だ。
「女王蜂の覚醒には、運命の番が必須だけど……手を伸ばせば届く距離に運命がいる使冴君は、使いやすかったよ。まるで僕に、利用されるために……生まれて来たみたいだ……ありがと」
使冴に向かって笑んだ目が、蕩けている。
ネックガードを付けた使冴の項を吸い上げ、噛みつく。
「そこまでして、倫太郎さんが本当にやりたい事って、何?」
「父さんが、面白くしろって、いうからさ。ご希望通りに面白くして、奪うのが僕の役割だから、ね……」
倫太郎の体が使冴の上に倒れ込んだ。
「いらねぇんなら、壊していい。欲しいなら、奪っていいってさ……倫太郎と匠は、もういないけど。約束が、あるから……ぁ、はっ! はぁっ、はぁっ」
倫太郎の呼吸が激しい。
胸に手を当てながら、手首の脈を確認する。
かなりの頻脈発作だ。
「針、強すぎた……注射!」
使冴はベッドサイドに準備しておいたα用の注射器型抑制剤を取り出した。
倫太郎のシャツを捲って、腹に皮下注射した。
「針のちょうどいい濃度が、まだよくわかんねぇ」
かなり意識しないと、伊織を襲った時のような強い針を放出してしまう。
今日は絞ったつもりだったが、それでも倫太郎に効果覿面だ。
「ぅ、ん……」
倫太郎が小さな呻きを上げた。
即効性の皮下注射がきいてきたらしい。
意識はないが、呼吸が穏やかになってきた。
脈も、普通に戻った。
「蜜と針を同時に浴びると、アルファはめちゃくちゃ疲れるんだってさ」
抑制剤を注射してすぐに起き上がった伊織も、顔が酷く浮腫んでいた。
使冴は隠していた手錠を倫太郎の手足に掛けた。
「このまま、伊純と伊織兄ちゃんが帰ってくるまで、大人しくしていて」
倫太郎の黒い髪を撫でる。
伊織の黒い直毛と違って、少しうねった髪は猫っ毛でフワフワだ。
「そんで起きたら、さっきの話の続きを聞かせてよ」
倫太郎には、まだまだ抱えている事情がありそうだ。
質問したところで、正気の倫太郎は適当にはぐらかして答えてはくれないんだろう。
「初めて倫太郎さんに興味を持ったよ。今は倫太郎さんと話がしたいよ」
マシュマロハウスにいた頃は湧かなかった興味だ。
伊純のためでもDissolveのためでもない。
自分のために、倫太郎と話がしたいと思った。
懇願にも似た想いを籠めて、倫太郎の白い手をそっと撫でた。
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