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第46話 捕縛成功

 帰ってきた伊純と伊織を眺めて、倫太郎が笑った。  キングベッドに体幹を縛りつけられて、手足を錠で拘束されているのに、余裕だ。 「二人が帰ってくる前に、お暇しようと思っていたのになぁ。使冴君のフェロモンに、すっかりやられちゃったね」  倫太郎は、特に困っている様子でもない。  むしろ、微妙な顔をしているのは伊純と伊織のほうだ。  Dissolveは根黒組幹部会の襲撃を成功させた。  参加していた組員は、全員を生きて捕縛できた。  幹部会開始と同時に配信された倫太郎の動画に動揺する虚を突いての作戦決行が、功を奏したようだ。  倫太郎が前日に話した通り、使冴の協力がDissolveの仕事を後押しした形だ。  この部屋で行った動画配信時の様子は総て、二人に話してある。  伊織は雀蜂αの生態を理解しており、倫太郎を最初から疑っていたらしい。  そんな話は聞いていなかったから、使冴は驚いた。 「伊織兄ちゃん、よく帰ってこられたね」  ホームセンター拉致事件の時も、横浜で倫太郎に会った後も、貫徹で仕事していた。  てっきり今回も同じかと思っていた。 「少し様子を見たら、また本部に戻るつもりだったんだけどね。そうも、いかないかな……」  伊織の目が、倫太郎に向いた。  倫太郎が目を細めた。 「伊織は本部に戻ったほうが、いいんじゃないの? この中で僕のフェロモンの影響を一番に受けるのは、伊織だ。Ωやβになりたいなら、抱いてあげるけど?」  伊純が伊織を後ろに押して、前に出た。 「兄貴に小細工させるほど、抜かりはしねぇよ」 「小細工なら、いいけどね。伊織が性転換しても、使冴君が御影の跡取りを産んでくれるんだから、問題ないだろ。それともΩになって僕の子、産む?」  倫太郎の挑発に、伊織が神妙な面持ちをした。  いつになく、戸惑っている顔だ。 「Ωになる、か。興味なくは、ないね。雀蜂の生態研究も、特に性転換の実体験なんて、滅多に出来るものじゃない。ビッチングやニュータリング後のスタンディングが可能か、とかなら更に興味がある。変わった性は固定なのか。αに戻れるのか。前例がない実験を試みるのは……アリだな」  伊織が口の中で、ブツブツと呟いている。  独り言にしては大きくて丸聞こえだ。  物騒な実験だと、使冴は思った。 「ナシだ。そういうトコだからな。兄貴の悪ぃ癖だ。絶対ぇ、やらせねぇぞ」  伊純が、いつになく強気に伊織を叱った。 「自分の立場は、わかってる。Dissolveの作戦優先、闇オク優先だ」 「違ぇだろ。兄貴の体が優先だ。兄貴がアルファじゃなくなったら、おふくろが卒倒する。やめろ」 「大丈夫、本気じゃない」  どう見ても本気の表情をした伊織が、伊純の指摘を否定した。  戸惑っていたのは倫太郎の提案ではなく、自分の好奇心だったらしい。 「冗談はさておき、だ」  伊織が伊純を退けて倫太郎に歩み寄った。  本当に冗談だったかは微妙だなと思いながら、使冴は伊織を眺めた。 「待て、兄貴!」 「大丈夫だよ。倫太郎は本気で俺をオメガにするつもりなんか、ないって。そうだろ?」  伊織が倫太郎の顎を掴み上げた。 「俺がオメガになって、闇オク当日に発情期でもきたら、倫太郎は困るだろうからね」 「伊織に名前を呼んでもらえるのは、いいね。ゾクゾクする」  顎を掴まれても、倫太郎の表情は変わらない。  お互いに笑顔のマウントを取り合っている。 「もしかして、会いたかったのは使冴君じゃなくて、俺? 学者と副班長、どっちの俺に会いたかったのかな?」 「使冴君にも伊純にも、会いたかったよ。けど、僕の好みは伊織みたいな男だから。同族愛ってヤツ?」  伊織が倫太郎の項に顔を近づけた。  クンクンと匂いを嗅ぐ。 「その割に、苦みが強いフェロモンだ。使冴君の蜜のほうが、甘いね」 「使冴君の蜜は特別だって、伊織ならよく知ってるはずだよね。俺のは甘苦い、でしょ? 少しでも甘さを感じてる時点で、相性いいよ。僕のこと、飼ってみない?」 「敵意むき出しで、よく言う。甘さが足りねぇよ」  伊織が楽しそうだが、倫太郎も楽しそうだ。  確かに似た者同士だなと思う。 「甘いとか苦いとか、関係あんの?」  使冴は伊純に、こっそりと問い掛けた。 「フェロモンは相性がいいほど甘いし、悪いほど苦く感じる。それに普通は、アルファ同士でフェロモンを感知しないだろ。倫太郎が雀蜂だから、だろうな」 「そっか。雀蜂って、特別なんだ」  使冴も倫太郎のフェロモンを甘苦く感じた。だが、甘さのほうが強かったと思う。  相性がいいといった倫太郎の言葉は、あながち嘘でもないらしい。 「いいよ。闇オク終了まで俺が飼ってやる。どのみち根黒倫太郎の再逮捕は、闇オク終了後だ」  倫太郎の目が、鋭く細まった。 「根黒倫太郎は死んだのに、再逮捕? 司法の裁決を覆すような真似も、Dissolveなら可能だと?」 「可能だよ。だから超法規的組織なんだ。Dissolve経由の案件なら尚更ね。俺の一言で覆る」 「へぇ、それは、それは。伊織は、便利だね」  仄暗い笑みが倫太郎の目に宿る。 「便利な俺が欲しいなら、闇オクまでに口説き落としてみろよ」  伊織の指が倫太郎の顎を押して上向かせた。  饒舌な伊織の声が低まる。  部屋の温度が一瞬、冷えた。 (伊織兄ちゃんが仕事の話をする時の声だ)  倫太郎の上がっていた口角が一瞬、下がった。 「チャンスをくれるんだ。……楽しみだな」  笑みを戻した倫太郎が、舌舐めずりした。  暗い笑みに、うっとりと嗜虐が浮いた。 「それじゃぁ、今日から闇オク当日まで、この部屋で四人暮らしね」 「はぁ⁉ 危険すぎんだろ」  振り返った伊織に、伊純が喰ってかかった。 「この部屋に置いておけば、使冴君の針が使える。雀蜂の倫太郎には一際、効果が強いみたいだし、ちょうどいい」 「そうだけど。だから良いって話じゃねぇだろ」  伊純が頭を抱えてる。  案外、頭が固いのは伊純のほうだなと、改めて思った。 「どのみち、闇オクまでに聞かなきゃならない話は山ほどあるんだ。尋問ついでだよ」  伊織が満足そうな顔をしている。 (伊織兄ちゃんは最初からそういうつもりで、俺に拘束しておくように命令したのかな)  使冴のフェロモンが雀蜂αにどれくらいの効果を発揮するか、試したかったのもあるだろうが。  わざわざ倫太郎をこのマンションに誘い込んだのは、闇オクまでこの部屋に拘束して口を割らせるため。  使冴の護衛と称して置かれた捜査官は、倫太郎を取り逃がさないための壁だったのかもしれない。 (さっきも倫太郎さんは、伊織兄ちゃんと会話しているようで、はぐらかしてた)  どうでもいい会話には返事をしていたが、核心に迫るような問いには答えていない。  嘘を吐かないように誤魔化していると、使冴は感じた。 (俺と話していた時と同じ。気紛れっぽく聞こえるけど。質問を選んで、答えたり、答えなかったり)  昨日の倫太郎の言葉を思い返す。  これでは、尋問も大変そうだ。  二十四時間体制で虚を突く作戦でもとらないと、本当の話は聞けそうにない。 「俺も、倫太郎さんが部屋にいてくれたら、いいな。話がしたいから」  使冴が零した言葉に、伊織と倫太郎が同時に振り返った。 「使冴まで……勘弁しろよ」  伊純が疲れた顔で息を吐いた。  少しだけ、申し訳ないと思う。 「マシュマロハウスにいた時は正直、倫太郎さんに興味がなかった。けど今は、興味があるから。俺とも、話してよ」  拘束されている腕で器用に頬杖をついて、倫太郎が笑んだ。  擦れる鎖の金属音が浮いて聞こえる。 「僕も、今の使冴君に、昔より興味があるよ。益々、楽しくなりそうだ。ねぇ、伊純」  倫太郎が伊純を満足そうに眺める。  伊純が苦い顔で大きな息を吐いていた。

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