47 / 47
第47話 四人暮らし
倫太郎を捕縛した日からオークション開始日までの約二週間、唐突に奇妙な四人暮らしが始まった。
伊織のゴリ押しで、倫太郎は伊織と同じ部屋で過ごすと決まった。
同じ部屋にいたほうが尋問しやすい、という理由らしい。
大反対した伊純は、伊織に説得されて折れた。
(伊純の気持ちはわかるけど、体格的に倫太郎さんは伊織兄ちゃんに勝てないよな。だから、心配ない)
細マッチョの伊織と、ヒョロヒョロの倫太郎では、比べるべくもない。
一服盛るとかしない限り、倫太郎が体術でマウントを取るのは無理そうだ。
(フェロモンで誘ったら、伊織兄ちゃんが倫太郎さんを襲いそう。倫太郎さんが下になる可能性が高い、か。伊織兄ちゃんのα性は守れるけど……)
うっかり想像しそうになって、使冴は自分の頭を叩いた。
そそくさと冷蔵庫を開けて、食事の準備に取り掛かる。
「……っと、食材足りねぇか。四人だもんな」
昨晩から今日の昼までで、かなり消費した。
気が付けば、冷蔵庫がスカスカだ。
(部屋にどんどん、人が増えていく。最初は伊純と俺しか、いなかったのに)
初日に広すぎると感じた部屋は、今ならちょうどいい。
「施設にいた頃、思い出すな。ちょっと楽しい」
こんな言葉を伊純がきいたら、きっと心配顔で怒るんだろう。
想像したら、笑みが零れた。
「そういえば、倫太郎さんのアレルギー、バラ科と柑橘系だっけ」
柑橘系なら、一般的に多いのはオレンジだ。
バラ科なら、リンゴや桃、アーモンドが一般的だ。
摂取すると口内に蕁麻疹が出たり、全身に膨隆疹が出る。悪化するとアナフィラキシーを起こす危険もある。
(パイナップルは、何でだろ。ただ嫌いなだけかな。もう一回、ちゃんと確認しとこ。蜂がアナフィラキシーとか、冗談でも笑えねぇ)
伊織の部屋に向かうと、扉をノックした。
「倫太郎さん、いるよね? あのさぁ、聞きてぇんだけど……」
何も考えずに開いて、声を掛けた。
部屋の中の光景に、言葉を止めた。
倫太郎が伊織の顔を掴まえて、濃厚なキスをしていた。
避けるでも嫌がるでもなく、伊織がされるがままになっている。
そんな伊織と目が合った。
「使冴君、どうしたの? 僕に用事?」
使冴に背を向けていた倫太郎が振り返った。
手は伊織を掴まえたままだ。
「うん、えっと……、アレルギーってさ。ナッツ系も出る? 柑橘はオレンジだけ? 柚子とかミカンは大丈夫?」
「ナッツは平気だよ。リンゴとアーモンドは口の中が爛れる時があるかな。ミカンや柚子は平気だよ」
「そっか、わかった。柚子の風味付けも駄目?」
「症状は出ないけど。果物は香りも、好まないかな」
「了解」
笑顔の倫太郎に隠れていた伊織が、首を傾げて顔を見せた。
「夕飯の準備?」
「そう。つみれ汁にして柚子を使うか、肉団子にカシューナッツ使って、シチューにするか、迷って」
「シチューが良いな。カシューナッツは大丈夫」
使冴の選択肢に倫太郎が返事した。
「俺もシチューかな。肉団子、鶏肉が良いな」
「そのつもり。ムネとモモの合挽」
「美味しそう。楽しみにしてるね」
伊織が笑顔だ。
「じゃ、シチューにする。出来たら、声掛ける」
使冴は静かに扉を閉めた。
「続き、しようか。キス以上、する気になった?」
「ならない。まだフェロモンが苦い」
「まだってことは、少しは甘くなった? もう少し、試そうよ」
「倫太郎のキス、気持ち良くないなぁ。使冴君のほうが甘い」
ドアの向こうの声を聴きながら、部屋を離れた。
(普通に扉、閉めたけど。あのままだと、伊織兄ちゃんが倫太郎さんに食われるのでは?)
緊張感も照れもなかったし、何より伊織に危機感がなかった。
会話も普通だったから、流された。
(やばい、のか? 止めるべきなの?)
迷っていたら、伊純の部屋のドアが開いた。
自室から出てきた伊純と目が合った。
「使冴、夕飯の支度する? 人数多くて大変だろうから、手伝う」
「飯より、大変かも。伊織兄ちゃんが食われるかも」
使冴はハラハラと伊織の部屋のドアと伊純を見比べた。
「あー……うん。大丈夫だろ」
部屋の扉を閉めて、伊純がキッチンに向かう。
伊純の部屋は他の部屋より扉が厚い上に、ナンバーロックのオートキーだから、締まる時に重い音がする。
「本当に、大丈夫か? 今もキスしてたんだけど」
「雀蜂αの生態研究がしてぇんだろ。キスだけじゃ、ビッチングやニュータリングは起こらねぇから、平気だ」
伊純が炊飯器を開けて確認する。
「夕飯、何にする? 米、炊く?」
「シチューにするけど、米も炊く。……今は、キスだけだけど、押し倒されて、ツッコまれたりしたら」
フェロモンで酔わされて無理やり犯されたら危険だ。
ボールを出して、伊純が米を測り始めた。
「それは、ねぇな。……米、四合でいいか?」
「ん、いいよ。……ないって、なんで? 倫太郎さんの都合的にってコト?」
米をとぎ始めた伊純に問い掛ける。
冷蔵を開けて、野菜と肉を取り出す。
「それも、あるけど。使冴の濃い蜜に慣れてる兄貴には、あんま効果ねぇだろ」
「俺に慣れて……るのか、伊織兄ちゃん。まぁ、そうだな。慣れてはいるか」
もう一月以上、一緒に暮らしているのだから、慣れてはいるんだろう。
何度も甘いと言われているし、キスもしている。
使冴の蜜に酔っている伊織を、たびたび見ている。
「倫太郎じゃ兄貴に勝てねぇよ。柔道、黒帯だし。むしろ兄貴の探求心に火が付くほうが、俺は怖い」
「そっちの心配か」
昨日から伊純の心配は伊織の学者的な好奇心で、倫太郎に無理やりという状況は想定していないようだ。
「けどまぁ、その辺は自制できる人だから。兄貴にも考えがあって、同じ部屋に囲ってんだろ。心配ねぇよ」
米を釜に移して水を注ぐ。
炊飯器にセットすると、伊純が野菜を洗い始めた。
「信頼してんだな」
使冴は、ぽそりと呟いた。
最初は伊純のほうが使冴より反対していたのに、今は落ち着いている。
「信頼っていうか。単純に兄貴が押し倒される姿が、想像できねぇ」
伊純が微妙な顔をしている。
可笑しくて、使冴は吹き出した。
「それは俺も、想像できねぇな」
伊純が洗った玉ねぎを受け取って、使冴がみじん切りにしていく。
「好きにさせといて、いいよ。オークション当日までは、倫太郎も無事だろ」
「伊織兄ちゃんが仕掛ける心配か……」
伊純の心配が、使冴と真逆だ。
「心配なら、兄貴を使冴の番にする? 俺と同じで倫太郎のフェロモン、感じなくなる」
伊純の提案が意地悪で、ちょっとムッとした。
「それは最終手段だろ。そういう理由で番にするとか、嫌だ」
「俺も、嫌だ」
フライパンを温めながら、伊純が使冴にキスをした。
「今は兄貴も、使冴の番になるの、迷うだろ。女王蜂より生態が不透明な雀蜂が、近くにいるんだ。自分の体を使って調べたがる」
「実体験したがるのって、伊織兄ちゃんの癖? 危ねぇよな」
使冴の蜜と針の実験の時も、自分の体で試して、うっとりしていた。
毎回、あんな無謀な方法で試していたら、体がいくつあっても足りない。
「やりたがる分、鍛えてもいる人だよ。言っても無駄だし、一線を超えねぇように見張るしかねぇな」
伊純が、苦笑する。
その表情に、兄への信頼が見て取れた。
(心配するけど、信じてる。やっぱり伊純は兄ちゃんが、大好きだな)
そう思ったら、何だか嬉しくなった。
「なら俺も、伊純と一緒に見張っとこ」
大事な兄のバース性を勝手に変えられては、事だ。
「よく見といて。兄貴が暴走しねぇように見張るのは、昔から俺の仕事だから」
伊純の顔に苦労が浮かんだ。
今までも大変だったんだろうと、感じた。
(御影は弟のほうが優秀で実質の若頭とか、裏では噂があったけど。あれって、伊純のほうが堅実って意味だったのかな)
伊織も無能ではないし、むしろ優秀な類だと思うが、時々無謀だ。
副班長の兄を牽制する姿が、周囲には優秀な弟に映るんだろうか。
「バランスがいい兄弟だな」
「ん? なんて?」
玉ねぎを炒めながら、伊純が使冴に耳を寄せた。
「んー? 俺も伊織兄ちゃん、好きだなって思っただけ」
眉間に皺を寄せて複雑な表情をする伊純に、キスを返す。
後ろでも隣でも、間でも。伊純と伊織と一緒に歩める場所にいたいと思った。
ともだちにシェアしよう!

