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第47話 四人暮らし

 倫太郎を捕縛した日からオークション開始日までの約二週間、唐突に奇妙な四人暮らしが始まった。  伊織のゴリ押しで、倫太郎は伊織と同じ部屋で過ごすと決まった。  同じ部屋にいたほうが尋問しやすい、という理由らしい。  大反対した伊純は、伊織に説得されて折れた。 (伊純の気持ちはわかるけど、体格的に倫太郎さんは伊織兄ちゃんに勝てないよな。だから、心配ない)  細マッチョの伊織と、ヒョロヒョロの倫太郎では、比べるべくもない。  一服盛るとかしない限り、倫太郎が体術でマウントを取るのは無理そうだ。 (フェロモンで誘ったら、伊織兄ちゃんが倫太郎さんを襲いそう。倫太郎さんが下になる可能性が高い、か。伊織兄ちゃんのα性は守れるけど……)  うっかり想像しそうになって、使冴は自分の頭を叩いた。  そそくさと冷蔵庫を開けて、食事の準備に取り掛かる。 「……っと、食材足りねぇか。四人だもんな」  昨晩から今日の昼までで、かなり消費した。  気が付けば、冷蔵庫がスカスカだ。   (部屋にどんどん、人が増えていく。最初は伊純と俺しか、いなかったのに)  初日に広すぎると感じた部屋は、今ならちょうどいい。   「施設にいた頃、思い出すな。ちょっと楽しい」  こんな言葉を伊純がきいたら、きっと心配顔で怒るんだろう。  想像したら、笑みが零れた。 「そういえば、倫太郎さんのアレルギー、バラ科と柑橘系だっけ」  柑橘系なら、一般的に多いのはオレンジだ。  バラ科なら、リンゴや桃、アーモンドが一般的だ。  摂取すると口内に蕁麻疹が出たり、全身に膨隆疹が出る。悪化するとアナフィラキシーを起こす危険もある。 (パイナップルは、何でだろ。ただ嫌いなだけかな。もう一回、ちゃんと確認しとこ。蜂がアナフィラキシーとか、冗談でも笑えねぇ)  伊織の部屋に向かうと、扉をノックした。 「倫太郎さん、いるよね? あのさぁ、聞きてぇんだけど……」  何も考えずに開いて、声を掛けた。  部屋の中の光景に、言葉を止めた。  倫太郎が伊織の顔を掴まえて、濃厚なキスをしていた。  避けるでも嫌がるでもなく、伊織がされるがままになっている。  そんな伊織と目が合った。 「使冴君、どうしたの? 僕に用事?」  使冴に背を向けていた倫太郎が振り返った。  手は伊織を掴まえたままだ。 「うん、えっと……、アレルギーってさ。ナッツ系も出る? 柑橘はオレンジだけ? 柚子とかミカンは大丈夫?」 「ナッツは平気だよ。リンゴとアーモンドは口の中が爛れる時があるかな。ミカンや柚子は平気だよ」 「そっか、わかった。柚子の風味付けも駄目?」 「症状は出ないけど。果物は香りも、好まないかな」 「了解」  笑顔の倫太郎に隠れていた伊織が、首を傾げて顔を見せた。 「夕飯の準備?」 「そう。つみれ汁にして柚子を使うか、肉団子にカシューナッツ使って、シチューにするか、迷って」 「シチューが良いな。カシューナッツは大丈夫」  使冴の選択肢に倫太郎が返事した。 「俺もシチューかな。肉団子、鶏肉が良いな」 「そのつもり。ムネとモモの合挽」 「美味しそう。楽しみにしてるね」  伊織が笑顔だ。 「じゃ、シチューにする。出来たら、声掛ける」  使冴は静かに扉を閉めた。 「続き、しようか。キス以上、する気になった?」 「ならない。まだフェロモンが苦い」 「まだってことは、少しは甘くなった? もう少し、試そうよ」 「倫太郎のキス、気持ち良くないなぁ。使冴君のほうが甘い」  ドアの向こうの声を聴きながら、部屋を離れた。 (普通に扉、閉めたけど。あのままだと、伊織兄ちゃんが倫太郎さんに食われるのでは?)  緊張感も照れもなかったし、何より伊織に危機感がなかった。  会話も普通だったから、流された。 (やばい、のか? 止めるべきなの?)  迷っていたら、伊純の部屋のドアが開いた。  自室から出てきた伊純と目が合った。 「使冴、夕飯の支度する? 人数多くて大変だろうから、手伝う」 「飯より、大変かも。伊織兄ちゃんが食われるかも」  使冴はハラハラと伊織の部屋のドアと伊純を見比べた。 「あー……うん。大丈夫だろ」  部屋の扉を閉めて、伊純がキッチンに向かう。  伊純の部屋は他の部屋より扉が厚い上に、ナンバーロックのオートキーだから、締まる時に重い音がする。 「本当に、大丈夫か? 今もキスしてたんだけど」 「雀蜂αの生態研究がしてぇんだろ。キスだけじゃ、ビッチングやニュータリングは起こらねぇから、平気だ」  伊純が炊飯器を開けて確認する。 「夕飯、何にする? 米、炊く?」 「シチューにするけど、米も炊く。……今は、キスだけだけど、押し倒されて、ツッコまれたりしたら」  フェロモンで酔わされて無理やり犯されたら危険だ。  ボールを出して、伊純が米を測り始めた。 「それは、ねぇな。……米、四合でいいか?」 「ん、いいよ。……ないって、なんで? 倫太郎さんの都合的にってコト?」  米をとぎ始めた伊純に問い掛ける。  冷蔵を開けて、野菜と肉を取り出す。 「それも、あるけど。使冴の濃い蜜に慣れてる兄貴には、あんま効果ねぇだろ」 「俺に慣れて……るのか、伊織兄ちゃん。まぁ、そうだな。慣れてはいるか」  もう一月以上、一緒に暮らしているのだから、慣れてはいるんだろう。  何度も甘いと言われているし、キスもしている。  使冴の蜜に酔っている伊織を、たびたび見ている。 「倫太郎じゃ兄貴に勝てねぇよ。柔道、黒帯だし。むしろ兄貴の探求心に火が付くほうが、俺は怖い」 「そっちの心配か」  昨日から伊純の心配は伊織の学者的な好奇心で、倫太郎に無理やりという状況は想定していないようだ。 「けどまぁ、その辺は自制できる人だから。兄貴にも考えがあって、同じ部屋に囲ってんだろ。心配ねぇよ」  米を釜に移して水を注ぐ。  炊飯器にセットすると、伊純が野菜を洗い始めた。 「信頼してんだな」  使冴は、ぽそりと呟いた。  最初は伊純のほうが使冴より反対していたのに、今は落ち着いている。 「信頼っていうか。単純に兄貴が押し倒される姿が、想像できねぇ」  伊純が微妙な顔をしている。  可笑しくて、使冴は吹き出した。 「それは俺も、想像できねぇな」  伊純が洗った玉ねぎを受け取って、使冴がみじん切りにしていく。   「好きにさせといて、いいよ。オークション当日までは、倫太郎も無事だろ」 「伊織兄ちゃんが仕掛ける心配か……」  伊純の心配が、使冴と真逆だ。 「心配なら、兄貴を使冴の番にする? 俺と同じで倫太郎のフェロモン、感じなくなる」  伊純の提案が意地悪で、ちょっとムッとした。 「それは最終手段だろ。そういう理由で番にするとか、嫌だ」 「俺も、嫌だ」  フライパンを温めながら、伊純が使冴にキスをした。 「今は兄貴も、使冴の番になるの、迷うだろ。女王蜂より生態が不透明な雀蜂が、近くにいるんだ。自分の体を使って調べたがる」 「実体験したがるのって、伊織兄ちゃんの癖? 危ねぇよな」  使冴の蜜と針の実験の時も、自分の体で試して、うっとりしていた。  毎回、あんな無謀な方法で試していたら、体がいくつあっても足りない。 「やりたがる分、鍛えてもいる人だよ。言っても無駄だし、一線を超えねぇように見張るしかねぇな」  伊純が、苦笑する。  その表情に、兄への信頼が見て取れた。 (心配するけど、信じてる。やっぱり伊純は兄ちゃんが、大好きだな)  そう思ったら、何だか嬉しくなった。 「なら俺も、伊純と一緒に見張っとこ」  大事な兄のバース性を勝手に変えられては、事だ。 「よく見といて。兄貴が暴走しねぇように見張るのは、昔から俺の仕事だから」    伊純の顔に苦労が浮かんだ。  今までも大変だったんだろうと、感じた。 (御影は弟のほうが優秀で実質の若頭とか、裏では噂があったけど。あれって、伊純のほうが堅実って意味だったのかな)  伊織も無能ではないし、むしろ優秀な類だと思うが、時々無謀だ。  副班長の兄を牽制する姿が、周囲には優秀な弟に映るんだろうか。 「バランスがいい兄弟だな」 「ん? なんて?」  玉ねぎを炒めながら、伊純が使冴に耳を寄せた。 「んー? 俺も伊織兄ちゃん、好きだなって思っただけ」  眉間に皺を寄せて複雑な表情をする伊純に、キスを返す。  後ろでも隣でも、間でも。伊純と伊織と一緒に歩める場所にいたいと思った。

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