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第49話 女王蜂の本能

 意識ははっきりしているのに、やけに体が疼いて、熱い。  伊純のフェロモンで体中が満たされているのに。先に流れ込んだ倫太郎のフェロモンが体の奥に沈殿して消えていないような。  体の中に伊純と倫太郎が二人いるような、妙な感覚だ。 「使冴……、つかさっ」 『使冴君……』  伊純の声が響く合間に、倫太郎の声が、わずかに聞こえる。  蕩けて切なく使冴を求める伊純の顔に、倫太郎の顔がだぶる。 (あの倫太郎さんに抱かれたこと、ないのに。なんで……)  繋がる腹の奥がいつもより気持ちがよくて、触れる肌が敏感で。  伊純の指や唇が肌を滑るたびに、体が跳ねて、熱が沁み込む。 『もっと感じて、だらしなく乱れる姿を見せて、使冴君』  倫太郎がだぶるのに、感じる熱は全部伊純で、それが心地よい。   (伊純だけ、もっと感じたい。欲しいのは、伊純だけ)  奥を突かれるたびに、流し込まれる伊純のフェロモンが体の中で弾けて、溶ける。   「使冴、愛してる」  言葉が口付けで流し込まれる。  いつもより濃い伊純の匂いが、頭を酔わせて狂わせる。 (やっと、伊純の声だけになった。伊純しか見えなくなった)  腕を伸ばして、伊純の首を抱く。  掴まえた吐息が、肌を甘く溶かす。 「もっと奥に、伊純をちょぅだい。伊純の精子も、体も心も全部、俺だけの……」  自分から腰を浮かして、更に奥に伊純を誘う。  腹の中の伊純の男根が大きく、硬くなった。  使冴の声と仕草に反応して、翻弄される伊純が愛おしい。 「俺の番……。俺だけの、伊純。俺だけ、感じて。俺だけ、愛して」  伊純の目に映る男が、使冴だけならいい。  伊純の心も本能も、支配するのは、自分だけでいい。  支配欲と独占欲だけが、使冴の体を満たす。 「最初から、使冴しか欲しくない。使冴に求められるのが、気持ちいい」  伊純の声で、本能が昂る。  自分だけを見詰める伊純を感じるほどに、快楽が増していく。   「他の奴に種を撒いたら、許さない」  逃げられないほど雁字搦めに縛り付けて、使冴しか考えない頭になるほど狂わせて。  伊純が永遠に、自分だけに溺れていればいい。  握った手をと同じ強さで、伊純の肩に噛みついた。  腹の中に熱い精液を感じたら、これ以上ない満足感で満たされた。 (俺だけを愛してる伊純が、気持ちいい……)  体を包む熱と匂いを感じながら、今までにない幸福感が全身を巡った。  沈んでいた意識が、浮遊する。  大きなベッドで、いつの間にか眠っていた。 (あれ……? そっか。伊純とシてたんだ。俺が倫太郎さんのフェロモンで軽く発情したから)  倫太郎の後に感じた伊純のフェロモンが、いつもより気持ちが良くて、我慢できなかった。  まだ、頭がフワフワしている。  伊純がもぞりと動いて、使冴の体を抱いた。  使冴を強く抱きしめる伊純は、まだ寝息を立てている。 (セックスも、いつもより気持ち良かった。フワフワして、よく覚えてないけど)  伊純の肩に指を滑らせる。  歪んだ皮膚に、指が止まった。 (これ、噛み痕……? 俺が付けた?)  良く見ると、肩だけでなく、腕も胸も、噛み痕とキスマークでいっぱいだ。 (え……、こんなに? 噛んで吸い付いたの?)  伊純が激しい時は、しがみ付いて噛みついたりもするが。  こんなに激しくしたのは、初めてだ。 (なんか、独占欲、強い人みたいだ。そういえば、シてる時も、それっぽいコト沢山、言ったような)  言っただけじゃなく、ずっと思っていた。  伊純への独占欲が抑えきれなくて、言葉になって溢れ出した。 (な、なんで? いくら好きでも、こんな気持ちに、なったことない。前よりずっと、伊純のこと、好きになってるからか?)    自分には似つかわしくない感情に、戸惑う。  腹の奥に燻ぶる、冷めきらない熱が疼いた。 (……違う。これは、女王蜂の本能だ。番を独占して種を欲しがる、オメガの本能だ)  そう気が付いたら、自分の感情も言動も、納得できた。   「俺が伊純を欲しがるのは、本能なのかな。それは、嫌だな」  運命の番とか、女王蜂Ωとか。生まれた時から備わる本能が、伊純を求めるのだろうか。  出会ったら恋に落ちるとプログラミングされた本能が、オートで動き出した。  そんな風には、思いたくないのに。   (伊純のこと、ちゃんと見て、感じた。だから好きになったって。そう、想っているのに)  想いより大きな本能に、飲み込まれそうになる。  それが怖くて、悔しい。 「伊純のこと、ちゃんと好きだよ。って、伝わってるかな」  途端に不安になって、伊純の唇に口付けた。  やけに照れくさくて、伊純の胸に顔をぐりぐりと押し当てた。 ●〇●〇●  まだ寝ている伊純を置いて、部屋を出る。  キッチンに、倫太郎がいた。 「あれ、もう終わり? 伊純は?」 「寝てる。喉、乾いたから、出てきただけ」  冷蔵庫に作ってあるレモン水を取り出す。  コップに注いで、一気に飲んだ。 「コップと一緒に、部屋に持っていく? まだ、シたりないでしょ?」  倫太郎がトレーにコップとレモン水を載せると、ご丁寧に使冴に差し出す。  やんわりと押し返した。 「御気遣い、どーも。もう起きるよ。そこまで盛ってねぇから」 「そうかな。まだ熱が浮いた顔、しているけどね」  使冴の目尻を倫太郎の指が、なぞった。  触れる指がこそばゆくて、じりじりする。 「倫太郎さん、……俺に何か、した?」  不意に浮かんだ疑問が、口を吐いて出た。  倫太郎の目が確信的に細まった。 「何かされたと、感じたんだ? いつもと違った? どんなふうに?」 「……倫太郎さんのフェロモンが、なかなか消えなくて。消えた後は伊純の匂いが、いつもより濃くて、欲しくて、……独り占めしたくて、たまらなくて」  言葉にするだけで、さっきまでの情事が浮かんで、体が疼く。 「こんな風に思うのは、初めてで。自分じゃないみたいだった」 「番なんだから、独り占めしたいと思うのは、当然じゃないの?」 「そういう感じじゃ、なくて、もっと……。自分勝手で、一方的で、どうしよもない、っていうか」  もっと潤善たる支配欲と、独占だ。  自分のモノだとわからせたくて堪らない、独善的で一方的な従属とでもいうのか。  おおよそ愛情の延長にあっていい感情じゃない、あってほしくない己の醜い欲だ。 「それが女王蜂の本能だと言ったら、使冴君はどう思う?」  倫太郎の指摘が、使冴の中に浮かんだ結論と同じで、胸が軋んだ。  こんなに強い本能が自分の中に存在するなんて、知らなかった。 「こんな風に、誰かを欲しいと思ったの、初めてで、戸惑う」 「使冴君が伊純を愛しているなら、問題ない。伊純は使冴君の番だから、女王蜂の独占が嬉しいはずだよ」 「そうだけど……」  目を逸らして小さく俯く使冴の目線を、倫太郎が追いかけた。   「愛情という言葉では包括しきれない支配欲が、怖い? 本能が伊純以外に向くかもしれない自分が、怖い?」  倫太郎の言葉が的を射て、返事ができなかった。 「伊純のこと、間違いなく好きって言える。独り占めしたい。だけど」  だけど、この欲が愛情を食い潰して、他のアルファを欲しがる衝動に繋がったら。  本能に任せて自分だけのアルファを、新たに作ろうとするのかもしれない。 「衝動に気持ちが追い付かなくて、自分じゃないみたいで、嫌だ」  倫太郎の手が、使冴の耳をなぞる。  ゾワゾワして、力が抜ける。 「結構、煽ったのになぁ。まだ理性で抗うの?」  腰を抱かれて、引き寄せられても、抵抗できない。  息が上がって顔が熱い。 (キスされてないのに、倫太郎さんのフェロモン、甘くて……動けない)  倫太郎の手が促すままに、大人しく抱かれて、肩に顔を預けた。 「体は素直に反応してるのに。番ができても使冴君は、相変わらずオメガらしくないね」 「らしくないって、生意気って言いてぇの?」  施設にいた頃も、仕事を始めてからも、生意気だとよく言われていた。  世の中のΩは男女ともに、可愛らしく小柄で中性的な容姿が多い。  可愛らしい性格で、媚びるのが上手いタイプも多い。  一般的なオメガは発情期がある分、社会的に弱者だ。  圧倒的エリートとして君臨するアルファを翻弄する存在として、オメガを嫌う傾向も一部には残っている。  身体的不自由と社会的扱いの不当から、縮こまって生きているオメガは少なくない。 「その辺のアルファなんか、言い負かす気概があるし。口で勝てなきゃ手と足が出るし。オメガにしては、可愛げがないよね」  アルファのフェロモンの影響を受けない使冴は、一般のオメガより突発的な発情のリスクが少ない。  使冴のフェロモンに引き寄せられて群がるアルファは、フェロモンコントロールして回避する。  発情期があるのを除けば、βに擬態できるΩだから、普通のオメガよりは生きやすい。 (大人になってからは、あんまり喧嘩してないのに。成人する前は、ちょっとは迷惑かけたけど)  高校を卒業して、マシュマロハウスに就職したての頃は、言い寄ってくるアルファをぶん殴って撃退していた。  気持ちがまだ学生の延長で、よく白玉店長に叱られていた。 「可愛げなんか、わかんねぇよ」 「伊純に甘えてる使冴君は、充分すぎるくらい、可愛かったよ」  倫太郎が、使冴の頬にキスを落とす。  甘くて、少しだけ苦い香りが、鼻の先で弾けた。 「女王蜂の蜜と針、同じ性質が雀蜂にもあるんだ。僕の針は、バースの性転換。蜜は、バースの本能を昂らせるフェロモンだ」 「本能? 昂る?」  甘くて苦い香りに包まれて、また頭がフワフワしてきた。 「使冴君は女王蜂Ωだからね。相性が良いαを番に取り込みたい衝動が、理性を食い潰す」 「そんなの、嫌だ。伊純が良い」  フワフワする頭では整理ができなくて、弱音に泣きが入る。 「たとえ伊純が運命の番でも、これだけフェロモンを感じたら、僕を選ぶはずなのに。まだ伊純にこだわるんだ。可愛くないね」  唇を摘ままれて、使冴は倫太郎を鈍くねめつけた。 「運命の番の引力って、そんなに強いのかな。どうして伊純にこだわるの?」 「本能で伊純を好きになったんじゃ、ねぇもん。俺が好きって思ったから、選んだの! 運命だから、いいわけじゃねぇの!」  倫太郎の手を振り払うと、胸を押して起き上がった。 「何人も同時に好きになれるほど、大事に出来るほど、器用じゃねぇんだよ。大切な人には、幸せになってほしいって、普通に思うだろ!」  倫太郎が、変な顔をしている。  鳩が豆鉄砲を喰らう、とか、そんな顔だ。オノマトペなら「きょとん」が似合う。 「それが、伊織や僕を番にしない理由? なにそれ、おっかしぃ」  倫太郎が、ケラケラと笑い出した。  恥ずかしくて、顔が火を噴きそうだ。 「Ωはαより性的な衝動に負けやすい生物なのに。そういう常識まで、使冴君は覆すんだね」  意識が本能に飲まれそうになる瞬間なら、知っている。  負けてもいいと、欲に任せた経験もある。その相手は、伊純だけでいい。 「一般論なんか、どうでもいい。俺は伊純しか、欲しくねぇの」  伊純以外の相手を番にしたら後悔すると、わかっている。だから、瞬発的な衝動に耐える。  それだけの話だ。  スンスンと鼻を啜る。  倫太郎が使冴の目を拭った。いつの間にか涙目になっていたらしい。  大言壮語を吐いても、泣いていたら格好も付かない。 「根性、ありすぎ。僕の腕の中で、他の男への愛を叫んでるのに。それでも可愛いと思わせる所は、女王蜂だね」  倫太郎の唇が、使冴の涙を吸い上げる。  フェロモンは、感じなかった。 「煽られて、辛いだろ。さっさと伊純に抱かれておいで。性交しないと、収まらないよ」  倫太郎が使冴の体を離した。  よろけた体を掴んで、回れ右させられた。 「そろそろ、夕飯、作らねぇと。伊織兄ちゃん、帰ってきちゃう」 「今日は僕が作ってあげるよ」  倫太郎の発言が物騒に聞こえて、思わず振り返った。  不信感に満ちた視線を向ける。 「変な混ぜ物はしないよ。使冴君は商品だし、伊純と伊織には働いてもらわないといけないからね。ここにいる全員が、僕の大事な駒だから」  そういう言い回しに安心する辺り、どうかと思うが。  それなら、まぁまぁ信用する気になる。 「お水持って、行ってらっしゃい。お腹が空くまで、出てこなくていいよ」  倫太郎に、コップではなくエコボトルを持たされた。  準備していたんだろうか。 「じゃぁ、御言葉に甘えて、満足するまで出てこねぇから。……ありがと」  何となくお礼を言って、使冴は部屋の扉を開けた。

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