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第57話 タキシード

 衣裳部屋で準備された服に着替えた。  真っ白いスーツに蝶ネクタイ、ベストまで着ているから、少し窮屈だ。  スーツなど着慣れていないから落ち着かない。 「倫太郎さんは似合うね。違和感がない」  マシュマロハウスの頃は別にしても、横浜で出会った時から倫太郎はずっとスーツだ。  普通に着こなしているし、馴染んでいる。 「使冴君も似合っているよ。そういえば、使冴君のスーツ姿って成人式以来かも」 「成人式って、写真撮った時? 店長に無理やりスタジオに連れて行かれて、撮らされたヤツ」  興味もなかったし面倒だったから、成人式の日は仕事をしていた。  白玉店長には散々叱られた。 「そう、それ。写真だけは撮れって、無理やり店長にスーツ着せられて写真、撮ったよね」 「あれが人生初スーツだったなぁ。まさか、二度目がオークションの商品とは」  五年前の成人式の写真撮影なんて、すっかり忘れていた。  あの時は白玉店長と倫太郎に、半ば強引に連行されて写真を撮りに行った。 (あの時の倫太郎さんは、どっちだったんだろう)  今となっては、どっちでもいい気がした。 (マシュマロハウスにいた頃から二人一役でも、俺にとっては一人の倫太郎さんでしかない)  むしろ今、隣にいる人間は、使冴にとって同じ名前の別人だ。 (今の倫太郎さんは何となく不安定で、危うく見える。自分の気持ちが、よくわかっていない感じっていうか)  さっき、伊織にキスされた後の倫太郎が気になった。  照れるとか嫌がるとか、そういう感情とも違う。 (迷子の子供みたいだった。マシュマロハウスにいた頃の倫太郎さんは、あんな顔しなかった)  少なくとも使冴は、あんな倫太郎を知らない。 「こういうスーツって、節目に着るものだからね。今日はお誂え向きだよ」  倫太郎の言葉に、使冴は我に返った。 「え? あ、うん。そうだね……そうなの?」 「そろそろ出るぞ。準備、いいか?」  使冴の問いかけに被せるように、伊純が衣裳部屋の扉を開けた。  瞬間に、顔を顰めた。 「なんでタキシードなんだよ。結婚式じゃねぇんだから」  伊純の言葉を聞いて、気が付いた。  何となく見たことがあると思っていたが、これはタキシードだ。   「これもオークションを盛り上げる趣向のひとつだよ。可愛い使冴君が見られて、伊純も得でしょ?」  倫太郎が得意げに言い切った。 「そういう衣装は俺との式で着ればいいんだよ。めちゃくちゃ可愛いな、クソ」  伊純が自然と使冴の蝶ネクタイを整えてくれる。  自然と顔が上を向いた。  使冴を眺める伊純の目が、悔しそうだけど、嬉しそうだ。  伊純が使冴の頬にキスをしながら、耳元で囁いた。 「必ず守るから、俺を頼れ。使冴は自分を一番に守れよ」  伊純の声が辛そうに響く。  言いたい言葉を飲み込んで隠している時の伊純の声だ。   (伊純にはどんなに隠し事されても、恨む気にならねぇから。心配ねぇよ)  そう言ってやりたくても、今は言えない。  だから、伊純の体を抱き返した。 「頼りにしてる。怪我したりしねぇで、ちゃんと戻ってくる。伊純を悲しませたりしねぇから」  伊純がしてくれたように、頬にキスを返す。   「うん。俺のために、無事で戻って来い」  抱きしめてくれる腕の温かさを、もう知っているから。  この熱を失いたくない。  だから、自分を守る。 (伊純がいれば、何があっても俺は、大丈夫だ)  思いを込めて、伊純の体を抱き返した。

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