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第61話 幕引き、さながら

 覚醒剤が入った小瓶を聖己が使冴の口元に沿える。  容器が傾いた瞬間、乾いた銃声が響いた。  小瓶が床に落ちて、薄紫の液体が床に散り零れる。  聖己の体が、蹴り飛ばされた。 「……つかさ、無事か?」  息を切らした伊純が、使冴の前に立っていた。 「遅くなった」 「……伊純」  声が喉の奥で詰まった。 (生きてる。意識がある。……伊純)  使冴は伊純に縋り付いた。  伊純の匂いが花から抜けて、締まっていた喉がようやく広がった。 「……無事で、良かった」    使冴の頭を撫でた伊純の目が、聖己に向く。  使冴も聖己に視線を向けた。  床に倒れた聖己の足から、血が流れている。 「雀蜂が……裏切る気か。Dissolveに絆されたか」  聖己が怒りを顕わにした目を向けた。  倫太郎が銃を構えて立っていた。 「裏切り? 勘違いされては困るなぁ。総て計画通りですよ」  倫太郎の声は笑みを含むのに、目は少しも笑っていない。  不可解が滲んだ目で、聖己が倫太郎を睨んだ。   「これが、約束だから。期待をかけたアルファが死に、道具だった雀蜂が終わらせる。最高のショーでしょ?」  倫太郎が迷いなく聖己に歩み寄る。  聖己のこめかみに、優しく銃口をあてた。 「これ以上、兄弟たちを商品にはさせない。貴方の死をもって、根黒組は終わる」  倫太郎のが、聖己を見詰める。  乾いた目に、熱はない。  使冴の胸に不安が広がった。 「は……はは」  聖己がぎこちなく笑った。 「今すぐ銃を降ろせ。私の命令に逆らうな」  聖己の言葉にも、倫太郎は動かない。 「父に逆らうか、無能な雀蜂。生まれてすぐに死ぬはずだったお前を生かしたのは、誰だ。価値を与えてやったのは、誰だ」  聖己の声が震えている。  恐怖ではなく、怒りが滲んだ声だ。 「もう、やめましょうか。何を言っても虚しいだけだ」 「虚しい、だと。根黒組をここまで大きくしたのは誰だ。人身売買マーケットの基盤を作ったのは、誰だ」 「貴方ですよ。だから、倫太郎が銃を向けている」  倫太郎の親指が、わずかに動いた。  カチッと小さな音がした。 「僕が待っていたのは、倫太郎と匠の想いを貴方の頭に撃ち込む、この瞬間だ」  聖己の顔が凍り付いた。 「揃いも揃って、無能ばかりか。誰一人、使えん」  聖己の視線が、何かを探すように逸れた。  その視線を、倫太郎が遮った。 (ダメだ、倫太郎さん、それだけは、ダメだ)  使冴は、前に飛び出した。 「待て、つかさ……」  伊純の声に反応した倫太郎が一瞬、後ろに目を向けた。  その虚を突いて、使冴は倫太郎に体当たりした。  倫太郎の体が大きく飛んで、倒れ込む。  拳銃が床に転がった。  聖己の腕を掴み上げると、使冴は放出できるだけの針を浴びせた。 「っ、ぁ……っ!」  胸を抑えた聖己が、もがき出した。  呼吸が荒く、浅くなった。  大きく口を開けて息を吸い込もうとするも、ひゅっと音が鳴るだけだ。  目を見開き、体を丸める。 「使冴君、お手柄。針、緩めていいよ」  現れた伊織が、聖己に覆いかぶさった。  聖己の手首に手錠をかけた。 「伊織兄ちゃん……!」  使冴が名前を呼んだ瞬間、伊織に銃口が向いた。  起き上がった倫太郎が銃を構えていた。 「どいてよ、伊織。それは僕が殺さなきゃいけない」 「天久聖己はDissolveの指名手配犯だ。殺させないよ」 「僕はDissolveの人間じゃない。伊織の命令を聞く義理はない」  伊織が倫太郎を見詰めた。 「殺すのが、約束? 二人の弟は、兄に父親を殺せと願った?」  伊織の言葉に、倫太郎の瞳が揺れた。 「言っただろ、倫ちゃんを全力で落としに行くって」  拳銃を持つ倫太郎の手が、震えた。 「この男が死ななきゃ、終われない。終わらせなきゃ……次になれない」  倫太郎の声が震える。  使冴は立ち上がり、倫太郎の前に立った。  拳銃を持つ倫太郎の手を、そっと握った。 「次に、行けるよ。俺も、倫太郎さんも」  倫太郎が顔を上げた。  使冴を振り返った瞳が、潤んでいた。  使冴は、聖己に視線を降ろした。 「死ぬなんて、一瞬だ。そんなの、償いが足りな過ぎるよ」  あの夜の、逆巻く炎が頭を過る。  命を剥ぎ取るのは、易い。 (だからこそ、簡単に奪っても、投げ出しても、ダメなんだ) 「父さんも母さんも姉ちゃんも、死んだ倫太郎さんも、匠兄貴も。痛かったし、辛かったよ。アンタの命一つじゃ、足りないくらい」  使冴の手に力が籠る。  倫太郎の手から、優しく銃を奪った。 「だから、生きて償ってよ。残りの人生全部使って、後悔してよ。それでも俺はきっと、アンタを許せないけど」  しゃがみこんで、聖己の顔を真っ直ぐに見詰める。  聖己が使冴を睨んだ。  さっきまでとは比べ物にならない、弱い目だ。  使冴は銃を、床に置いた。 「この場で殺してやるほど、俺はアンタに優しくできない」  聖己の目が、使冴から逸れた。  顔が沈んで、聖己が沈黙した。  項垂れて何も言わない聖己を、使冴はただ、眺めていた。

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