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第6話

006 閉ざされた室内は、外の華やかな喧騒を拒絶するように、重苦しい静寂に満たされていた。 龍馬は冷たい壁際へと追い詰められ、逃げ場を失った小動物のように肩を震わせる。 「……っ、幸、君……」 背後から蛇のように回された腕。その掌が、龍馬の薄い腰をゆっくりと、慈しむように、そして蹂躙するように撫で上げた。 「可愛いねぇ、りょうちゃん。昔よりも、ずっと美味しそうだ」 耳元に落ちる、密やかな吐息。 ふわりと、鼻腔を突く甘い香りが漂った。熟れすぎた果実のように濃密で、肺の奥まで麻痺させるような、酔わせる匂い。 (……身体が、言うことをきかない……) 膝の力が抜け、視界が歪む。幸人が纏うその香りは、龍馬の理性を溶かすための毒のようだった。 「……なんで……みんな、そんなに……僕なんかに……」 かろうじて絞り出した声は、情けなく掠れていた。 「だってさ」 幸人は逃がさない。さらに密着し、龍馬の首筋に鼻を押し当てる。 「りょうちゃんは、昔から特別だった。……僕だけが知っている、一番脆くて、一番綺麗な玩具だったんだもん」 優しい声音。だが、その響きは深淵から響く呪文のように龍馬の逃げ道を塞ぐ。 「でもね」 ふ、と声の温度が消える。 「僕が欲しいのは、そんな上辺の形じゃない」 「……え?」 抱き込まれたまま、龍馬は縋るように視線を上げた。至近距離。焦点の合わない瞳で幸人を見つめると、彼は残酷なまでに美しい微笑を浮かべた。 「龍馬。……君の、『絶望』が欲しいんだ」 その一言に、肺の空気がすべて引き抜かれた。 「僕ね、そのために生きてきたんだよ。男爵の血を呪い、泥を啜って、のし上がってきた。……君を、この手で完全に壊すために」 指先に力がこもり、執事服の布地が悲鳴を上げる。 「二十年。僕の人生のすべては、君という生贄を捧げるための祭壇に過ぎないんだ」 逃げ場のない時間の重みが、龍馬の首を締める。 「で、でも……僕たち、男で……こんなこと、許されるはずが……」 途切れ途切れの拒絶。それを、幸人の氷のように冷たい視線が遮った。 「関係ある?」 低く、獣のような声。 射抜くような瞳の奥には、二十年分の飢えと、どす黒く変質した「愛」という名の執念が渦巻いていた。龍馬は恐怖に、まばたきをすることさえ忘れる。 「愛に、そんな形なんて関係ないでしょ。……君が誰のものでもなくなって、僕の腕の中でただ泣き叫ぶ人形になるなら、それでいい」 甘い香りと、逃げ場のない愛の告白。 すべてが重なり――龍馬の精神から、最期の支えが音を立てて崩れ去った。 膝から崩れ落ちそうになるその瞬間、幸人の腕だけが、逃がさぬ檻として確かに彼を支えていた。

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