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第9話

009 園庭へ引きずり出されると、銀色の月明かりが、屋敷内の喧騒が嘘のように静まり返った世界を照らし出していた。 だが、龍馬にとってその静寂は、処刑台へ向かう回廊よりも恐ろしいものだった。晃の視線は、もはや主人のそれではない。闇の中で獲物の喉笛を狙う、飢えた獣の如き冷徹な光を宿している。 「どうした? 喉でも乾いたか。震えているな」 「い、いえ……そんなことは……っ」 逃げたい。けれど、その一歩を踏み出した瞬間に自分は「所有物」ですらなくなり、この世の果てで野垂れ死ぬだけだ。その恐怖が、龍馬の足を泥濘に沈めるように縛り付ける。 高鳴る鼓動が、自分の内側から身体を壊してしまいそうなほど激しく打ち鳴らされた。 「なら、その乾いた喉を潤してやろう」 「……え?」 龍馬が顔を上げた瞬間、晃は足元の草を無慈悲に踏み潰しながら距離を詰めた。 人差し指と中指を重ね、龍馬の顎を強引に跳ね上げる。 圧倒的な体格差。龍馬は首が折れるほど見上げる形となり、潤んだ瞳で晃の狂気と対峙した。 次の瞬間、降ってきたのは「口づけ」と呼ぶにはあまりに野蛮な、略奪だった。 優しさなど微塵もない。啄むことさえ知らないその牙は、龍馬の柔らかい唇に食い込み、蹂躙する。 「あ……っ、ん」 熱い痛みが走り、次第に唇の端から鉄の味が溢れ出した。口内を満たす生温かい血の味が、龍馬の理性を黒く塗りつぶしていく。 (……僕……今、この人に、喰べられているんだ……) あまりの衝撃に、意識が自分自身から切り離されていく。 まるで他人事のようにその光景を眺める龍馬の「空虚な目」に、晃はさらなる苛立ちを爆発させた。 「どこを見ている。俺だけを見ろと言ったはずだ」 晃は龍馬の髪を掴み、力任せに後方へと引き絞った。 無理やり開かされた熱い口内へ、濡れた大きく分厚い舌が、侵略者の如くぬるりと割って入る。 「ふ、うぅ……っ!」 逃げ場のない口腔を、己の色で染め上げるような執拗な愛撫。 鉄の味と、晃の纏うバニラの香りが混ざり合い、龍馬はついに、自分が「一人の男」に堕とされていく絶望を受け入れ始めていた。

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