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第12話
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子爵の指先が龍馬の髪に触れた、その刹那。
静寂を切り裂くような、乾いた打撃音が響いた。晃が、剥き出しの殺意とともに子爵の手を叩き落としたのだ。
「……飼い主である俺を無視して、勝手な真似を。いい度胸だな、子爵」
「おやおや。余裕がないようで、見苦しいですね……公爵閣下」
「黙れッ!」
猛獣のような怒号。その至近距離で、龍馬はただ、己の体が震えるのを止めることができなかった。
「今はまだ、……果実が熟していないのでしょうね」
「黙れ、黙れ、黙れッ!!」
「何故、こんな『下人』ごときに心を奪われるのか……。あなたは一度でも考えたことがありますか? 自分が龍馬を、本当はどうしたいのかを」
子爵はまるで、深淵へと誘う蛇のように、晃の耳元で言葉を這わせる。
「あなたはただ、お気に入りの玩具を取られそうになって、駄々を捏ねている子供と同じだ」
「……貴様、少し口が過ぎるぞ……っ!」
「何とでも。あなたは所有欲を満たしたいだけだ。……だが、俺は違う」
子爵は龍馬の頬に、今度は慈しむような手つきで触れた。額に滲む汗を、愛おしそうに指の腹で拭い去る。
「俺は、龍馬がいなければ生きていけない。……おそらく、あの男爵もそうなのではないですか?」
「お前たちは、ただ人の物を欲しがっているだけだろうが……! 偉そうに抜かすなッ!」
雲が晴れ、月光が三人の歪な影を鮮明に映し出す。子爵は降参を示すように両手を上げると、大仰に肩を落としてみせた。
「やれやれ。……今日は時間のようだ。また今度、ゆっくりと『交渉』をしましょう。龍馬、……また迎えに来るよ」
土を踏みしめる靴音が、夜の帳に溶けていく。劇場の幕が下りるように、男は悠然とその場を去っていった。
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