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第13話
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晃は苛立ちを叩きつけるように、愛用の帽子を投げ捨てた。
常に氷のように冷静な当主が、これほどまでに剥き出しの感情を露わにするのを、龍馬は初めて見た。その激しさに、龍馬の心は冷たく、そして鋭く疼く。
その時、静寂を切り裂くように、艶やかな声が響いた。
「あなた、こんなところで何をなさっていますの?」
声の主は君江。三十を越えてなお、夜の闇に映える桃色のフリルドレスを纏い、扇子の影から獲物を狙う蜘蛛のような目でこちらを見ている。
「君江か」
「旦那様が、卑しい下人相手に何をされているのかと心配しておりましたの。まさか……」
君江はジロリと、龍馬を射抜くように目を細めた。扇子の下に隠された口元は、きっと鬼のような笑みを浮かべているに違いない。
「この下人に、熱を上げていらっしゃるとでも?」
「……まさか。ただの玩具だ」
「そうですわよね。私としたことが、旦那様が男に色恋を求めるなど、あり得ない妄想を。……まさか、ね?」
二度、釘を刺すような念押し。晃は深い溜息をつき、疲労を隠しきれない指先で眉間を強く押さえた。
「……龍馬、私は君江と先に帰る。準備をしろ」
「は、はい。かしこまりました」
龍馬は深く頭を下げた。視線を上げてはいけない。
(見たら、壊れてしまう。あんなに晃様が苛立っているのは、僕が、不出来な『玩具』だからだ)
明治という時代、主人が玩具をどう扱おうと、それは日常の風景に過ぎない。むしろ、飢えることもなく、美しい衣服を与えられ、この屋敷で息をしているだけで幸福なのだ。そう自分に言い聞かせ、晃への恩義を反芻する。
けれど、無理やり納得させようとするたびに、胸の奥は千切れるように締め付けられた。
(僕は……当主様の、ただの玩具。玩具は、玩具らしく、喜ばせることが唯一の存在理由なのに)
晃の体から漂っていた、あの甘く重いバニラの残り香が、鼻腔の奥にこびりついて離れない。
龍馬は下着の下に、鎮まりようのない卑猥な熱を感じた。それを振り切るように、四月の夜空の下を全力で駆け出す。
頬を打つ風は生暖かく、一向に熱を癒してはくれない。
むしろ、目をつぶれば晃の冷徹な声と熱い指先が鮮明に蘇り、龍馬の肉体はさらに深い絶望へと沈み込んでいった。
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