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第32話

 ピコン、というスマホの通知音に、重すぎる身体を無理やりに動かした蒼太は腕を伸ばした。あれから結局一睡もすることが出来なかった蒼太は、寝不足による頭痛に顔を顰める。それでももしかしたら藍からなのではないか、という一筋の期待を抱きスマホを手に取った。しかし送り主は大晴、落胆した気持ちでため息をついた蒼太だったが、せっかくスマホを手に取ったのだからと思い画面をタップした。 『おい蒼太!お前テレビ見たか?すごいことになってるぞ!』  大晴からのメッセージは、蒼太が見ても全く理解できない文面だった。一体何がすごいことになってるというのだろうか、意味の分からないことを伝えられても困るだけだ。イライラとした気持ちを押さえることが出来ない蒼太は、返信もせずにスマホを放り投げた。シーツに顔を埋め、自分を攻めたてる苛立ちから全てに腹が立ってしまう自分がみっともない程惨めで泣きたくなってしまう。  一度深呼吸をして落ち着こうと息を吐いた蒼太は、このままベッドにいたら自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだと思い立ち上がった。  蒼太はリビングへと向かうと、大晴が言っていた事が気になりテレビをつけた。大晴が何のことを指していたのかは不明だが、とにかくテレビで何かがすごいことになっているらしい。蒼太に伝えたのだから何かしら蒼太自身にも関係している事柄なのだろう。  蒼太は適当にチャンネルを切り替え、それらしい番組を探していると見慣れた名前が目に入る。それは『水樹圭吾、一般男性と熱愛報道!』というものだった。 「水樹圭吾…」  蒼太はその名前を知っていた、藍の父親の名前だ。 「男と熱愛って…どういうことだよ…」  藍の父親は当然だが藍の母親と婚姻関係にあるはずだ、それなのに何故このような熱愛報道、しかも相手は男だなんて信じられないような話だった。  蒼太はスマホを手に取り、大晴へと通話をかけた。すぐに通話に出た大晴は「もしもし蒼太?お前テレビ見たか?」と蒼太が通話をかけた理由を察しているようだった。 「ああ、今見てる。藍の父親が男と熱愛報道ってどういうことだよ?」 「俺も知らねぇよ。それより父親のせいで藍までとばっちり喰らってるんだ。父親がゲイだからって藍もゲイなんじゃないかってありもしない誹謗中傷がめちゃくちゃ出回ってる」  電話越しの大晴の声は怒気を孕んでおり、苛立っている様子がうかがえた。 「なぁ、お前藍の様子見てきてくれないか?お前最近藍とよく会ってるんだろ?」  蒼太はぎくりと肩を震わせた。あんな事があった今、藍と顔を合わせる事など不可能であった蒼太は「それはできない」と答えた。 「は?なんでだよ」 「…いや、まぁ…喧嘩中というか…」  歯切れの悪い蒼太の言い方に「喧嘩ぁ?」と大晴は大袈裟に聞き返した。 「喧嘩中ってなんだよ」 「色々あったんだよ…」 「はぁ…ったく使えねぇな…とにかく藍と仲直りしたらあいつに優しくしてやってくれ。俺も藍に飯奢ってやるよ」  「うん…分かったよ」と蒼太は答えると、そのまま大晴との通話を切った。蒼太がテレビに視線を戻すと、藍の父親と見知らぬ男が仲睦まじく腕を組んでいる様子が映し出されていた。他にもいくつかの写真が証拠として撮られていたらしく、二人の関係はただの仲が良い友人同士の域を超えていた。この報道はデマではなく事実なのだろうと、蒼太は嫌でも察してしまう。  蒼太は藍の父親には会ったことはなかったが、その姿はよく目にしていた。藍の両親は共に俳優であり、第一線で活躍していた有名人だった。けれど父親の方は数年前に既に引退しており、その姿をテレビで見ることはなくなった。だから今更こうしてテレビで取り上げられている事もおかしな話なのだ。テレビを見る感じ、マスコミは数ヶ月に渡って藍の父親を追っていたみたいだった。引退した芸能人のスキャンダルなんて今更ネタにしても興味を示す人はそこまで多くないだろう。なのに何故、と思い立った蒼太はハッとした。  ──藍か…。  マスコミらの目的は藍の父親ではなく、藍自身なのだろうと蒼太は気づいた。今やアイドルのトップに君臨しているといっても過言では無い藍、そんな藍のスキャンダルを求めたマスコミだったが、きっと何も出なかったのではないだろうか。蒼太が知る限り藍に恋人らしき人物はいないし、休みの日は大体家にいるのだからスキャンダルも何も出るはずがない。だから藍の父親に焦点を当てたのか、蒼太はマスコミに対する腹立たしい憎悪に唇をギリっと噛み締めた。  藍は大丈夫なのだろうかという焦燥に駆られる。大晴が言っていたことが本当なら、SNSで藍に対する誹謗中傷が溢れているらしい。以前藍は他人に何を言われようがなんとも思わない、そう言っていた。けれど今の藍には確かに感情があり、本当に何も感じないのか蒼太は不安に思う。藍は傷ついていないだろうか、辛い気持ちを抱えていないだろうか。  けれど今の蒼太には藍と会うことが出来なかった。いや、会う資格がないのだ。藍の友人を名乗っておきながら藍にキスをしたのだから今更合わせる顔などない。何も出来ないもどかしさに、蒼太の心は不安だけが積もっていくのだった。

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