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「うっまそお!」  つやつやとろとろの餡に、ぱらぱらで香ばしい香りの米。皿の上に、たっぷりこんもり。麻婆あんかけチャーハン。俺のリクエストしてた献立。そして、わかめの中華スープもある。今すぐ掻き込みたい気持ちを抑えて、撮る。 「飯も記録するのは何でなんだ?」 「毎回こっんな美味い飯で、残しておきたくなるに決まってるでしょう!」  だってなんだか、まるで魔法だ。ばらばらだった食材が、あっという間にひとつになって、変身する。  あみさんは、わからないって顔だ。あみさん、いちおう写真が趣味なのに。撮るのは影ばかりだし、しかも自分では一切見返さない。 「……また作るのに」 「へへへ、それでも! 今日の麻婆餡かけチャーハンは、今日だけの特別だから!」  あみさんは肩をすくめる。へんなやつ、って。でもほっぺたが緩んでる。そのあみさんに、俺はなんというか、言い表しようもない、ふかふかした気分になる。良い匂いの湯気に似てる。きっとこれが、しあわせってやつなんだと俺は思ってる。 「……あれ?」  俺の向かいに腰を下ろしながら、あみさんがテーブルに置いたもの。ほかほかできたての麻婆あんかけチャーハンの横。缶ビール。 「あみさん、ビール飲むの?」 「うん」 「意外」  あみさんは、お酒をときどき飲む。たいていは缶ビール。次の日がお休みのときとか、季節のイベントとかで、ちょっとごはんが豪華なときとか。……明日あみさんは、弁当屋があるはず。なんだろう。花見、は前回したし……。 「お祝いだから、飲みたくて」 「……お祝い? なんの?」  わからない俺に、あみさんは肩を困ったように苦笑いした(その表情に、俺はどきっとする。セクシーで)。コップに麦茶を注いでくれながら、俺に教える。 「大学二年生に、なったんだろ」 「……あ」  そうだ。そう。俺はこの四月で、大学二年生になった。なりたて。ほやほやだ。進級したこと、忘れてたわけじゃない。実感だって、結構ある。履修登録とか、後輩が、とか、新歓とか。いろんなそわそわとせわしなさで、浮ついてさえいたのに。けど、なんていうか、そんなふうに言われるなんて、思ってなかったから。おいわい、だなんて。 「……ケーキも、買っといた」 「え…! ケーキも……!?」 「コンビニのだ。……祝いには、ケーキがないとだろ」  違うか? と、あみさんは首を傾げる。あってるか? って、すこし不安げに。 「……俺は、大学とか、よくわからない。けど、勉強は大変なことだし、夢を目指して勉強するゆうは、ほんとうに偉いと思う。進級はすごいことだ。途中で諦めなかった」 「……へ、へへ、そう……かな……」  あ。あれ。なんか、やばい。こんなつもりなかったんだけど。おかしいな。こんな。鼻の先が痛くて、熱い。目の奥が。ああ、もう。 「……あみさんのお陰だから」  俺はなんとかそれだけ言った。 「お前自身のがんばりだろ」  あみさんが、缶ビールを掲げる。俺も真似して、麦茶のコップを。天井の電気に、きらきらする。 「おめでと」 「ありがと、あみさん」  あみさんと会って、もうすぐ一年。この街に住んで馴染めて、一年。 「俺、すっげーうれしい」  かんぱい。熱い喉に、俺は麦茶を煽った。  できあがった麻婆餡かけチャーハンは、絶品だった。 「ううう、うま……なにこれ、うっまあ……」  チャーハンはぱらぱら、餡はとろとろであつあつ。ネギがしゃきしゃきで、じゅんこさんに貰ったというお店のチャーシューがほろほろ。麻婆餡とチャーハン、それぞれでも美味いのに、相性もたまらない。合うように隠し味とか、そういうものいれたのかな。俺はスプーンがずっと止まらない。 「がっつくなって」  そう言われても。俺は中華スープを啜る。しみじみうまい。落ちつく味わいって、こういうものを言うんだ。 「やっぱ魔法だ、あみさんは魔法使い」  あみさんはほんとうに料理が上手い。そりゃあ、弁当屋で働いているから、当然といえば当然なんだけど。なんというか、求めてる味そのままが、舌から脳に来る感じ。 「魔法使いって……。……麻婆豆腐、もう少し辛い方が良かったか?」 「この感じがちょうど良い。優しい。飲める」 「飲むなよ。よく噛め」 「んふふ。うん」  あみさんは俺みたいにはがっつかず、ビールを飲む。それが、大人っぽくて、かっこいい。俺は、餡とチャーハンが混ざった部分を掻き込む。うまい。うますぎる。 「……しあわせ……染みる……」  あみさんは目を細めて、ビールを美味そうに啜った。

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