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私を超えていきなさい①
3歳まで没落寸前と揶揄された末端男爵家の息子だった記憶があるからだろう。俺は居丈高 に振る舞うのは不得手だった。
勿論社交の場で公爵家ミカフォニスの一員としてあるべき姿を示すことは可能だ。
だが日常的に学院内では偉ぶる必要性を感じないと言うのが適切か、単なる性分だが、爵位や階級に囚われず同じ学び舎の生徒相手には敬意を払いたいと考えている。
「失礼するよ」
「ミカフォニス様……!!」
「ジェドリグ様だ!」
だからこういった反応に寂しさを覚えるのが正直なところだ。
崇拝感情より健全な信頼の方が余程嬉しい。
「今日も麗しい──」
「素敵だな……」
どうもありがとう。
学年の違う教室に侵入するのは憚 られるので、近くにいた薔薇色の頬の少年に取り次ぎを頼む。
「サーフィ=ナフル・アーシュレー君はいるだろうか?」
「俺ですかっ!? 御用は何でしょう……!」
教室の窓側付近の席で学友と談笑していたアーシュレーは弾かれたように立ち上がった。
やはりアルファ性が開花して身体能力の向上があったのだろう、今朝彼は眼鏡をしていない。
大慌てで駆け寄って来る姿に黒毛の中型犬を想起しながら、彼の胸元のグリーンに微笑む。
「ネクタイを返せないと謝罪しに来たんだ。購買部で買ったのだが──、替えを持っていたのだね」
「わざわざそのためにいらしたのですか!?」
「返却の約束を違えたのだから非礼を詫びなければならない」
すまないね、と続けるとアーシュレーは恐縮しきった面持ちで首を横に振る。
「滅相もないです! 公爵のご子息なのに、あなたはなんて人なんだ……俺などに謝罪をしないでください」
「しがない養子だよ」
故郷 で上流階級に属しているにしてはやんちゃで元気な子だったのに、アーシュレーは一晩ですっかり仰々しく敬ってくる。
ゆくゆくは義兄弟になるが、その前に不屈の根性で立ち向かってもらわねばならない。
打倒ジェドリグ並みに反骨精神旺盛になってもらいたいものである。
「時に、今日のランチに2人きりで話せないかな? 君を知りたいのだが、どうだろう──頼まれてくれないか?」
アーシュレーを誘惑する意図は全くない。釣れてしまっても困る。
俺の容姿やアルファフェロモンに靡いてしまうようなら徹底的な意識改革や恐怖政治が必要になってくるので、俺に惹かれたら許さんぞラディに恋したまえ──と思っての小試験だったが、彼は単に何故自分が誘われるのか困惑するだけだった。合格だ。
しかし後ろで我々の様子を気に掛けていた主にオメガの3年生達に影響が及んでしまった。入口付近のベータの少年が血相を変えて会話を遮る。
「恐れながら……! 免疫のない者が大勢おりますっ、集団失神になりかねないので何卒ご退散を……!」
振り向いたアーシュレーもぎょっとしている。
俺はフェロモンは出していなかったが、それでもか。あの教壇前の少年など特に辛い思いをさせてしまった。
同学年のオメガは俺に慣れているし、普段接している年下は弟のみ。挑発行為が無関係の者に被害を齎すなどあってはならない。ただでさえ昨日の調査によって俺は事故を誘引してしまっている。
何と軽率な行い、だが不用意にオメガを気に掛けるのもまずい。オメガは人の感情を汲み取る能力に優れている。
「アーシュレー君。昼休み、カフェテリアの前で」
下級生に『すまなかったね』の一言を言えない物悲しさを覚えてしまう辺り、やはり俺は公爵家の身分には不相応だった。
▽▽▽
やぼったく伸びた髪を靡かせて駆け寄って来る少年の顔は、緊張一色。
「ミカフォニス様! お待たせをしました!」
「そこまで待っていないよ。来てくれてどうもありがとう」
気さくに答えるとまたもや眉根が寄ってしまう。
彼の困った時の癖のようだ。
共に連れ立ってテラス席へ向かうが、アーシュレーは視線の集中具合、嫉妬や好奇の寄せられように動きが非常にぎこちない。
「昨日と随分と態度が違う。私が怖いかい?」
着席して、入り口で取ったランチメニューの希望番号が刻まれたプレートをテーブルの端に置く。
給仕係が回収して離れて行くのを待った後、ますます落ち着かなくなった彼に問い掛けてみる。
周囲をさっと見渡してから小声で話し出す様子は、目当てのものを得られないと知ってしゅんとしている子供のようだ。
「寄宿舎に戻るとあなたの話題で持ちきりでした。特にオメガとアルファの人達が羨望の眼差しで話を聞きたがって──俺の想像よりもずっと凄まじい御方だと知りました。それで、どうしようかって……」
「大きなトラブルに発展しなかったのが不幸中の幸いだ。君も受け入れられているようで結構」
第二性が異なる年頃の少年が数多く在籍しているのだ、学院では事故に限って突発的なトラブルは許容される。
ああも象徴的に伸 したのだからアーシュレーには同情票も集まっただろう。彼の学院生活に被害がないのはいいことだ。
だかアルファも羨むとは、後輩の感覚は面白いが奇妙なものだな。
「あなたが止めてくださったお陰で不自由なく──いえ、寧ろみんなに気に掛けてもらえて、前より過ごしやすくなりました。ありがとうございます」
「後輩の面倒を見るのが上級生の務めだよ。そんなに固くならず、気兼ねなく先輩と呼んでいい。そちらの方が私も嬉しい」
性根の真っ直ぐな少年は接していて快い。
運動部に所属する生徒に人気のポークランチを頼んだ彼は、運ばれてきた料理に手を付けることなく口元をむずがらせた。
「俺、あなたがオメガ泣かせと呼ばれる所以 が分かった気がします」
「うん?」
「先輩と話していると自分を尊重してもらえてると強く感じます。だから、あなたの特別になりたいオメガが多くて……弟様に敵わないと悟って苦しむんでしょう」
同級生曰く、俺は罪作りなアルファ、王道アルファのくせにおかしなアルファ、だそうだ。
オメガ泣かせという評価は昔からだったらしく、気遣いの上でこれまで俺に伏せられていたらしい。
アーシュレーの言い分と我が愛しのラディの微笑みを重ねていたら、緩く息がこぼれていた。
「どうしました?」
「いや、改めて気付かされてね。私は自分に番ができることを考えていないんだ」
「何故……? 先輩は引く手数多でしょう?」
「私は我が人生を弟に捧げたい。斯様に身内のことばかり気にかける男など、オメガのみならず第一性が女性のベータやアルファにも選んでもらえないよ」
公爵家から去ることを前提に、俺はラディの将来ばかりを心配している。
自分の特別を愛したい愛されたいという欲もないのに番を求めるのも無責任と言える。
俺はラディさえ幸せな結婚をしてくれれば充分であり、目の前の少年が期待を超えてくれるならば本望だ。
「なんて無頓着な! ますますオメガ泣かせ、それにベータとアルファ泣かせです」
「というと?」
「オメガになって威圧フェロモンにすらうっとりしたいってぼやいてる人も多いんです! 生まれついてのアルファでさえそうですし」
彼の憤慨には俺に制圧された時の衝撃を受けたがる同性への不理解があり──俺への明け透けな懸想も聞いてきたかな。
第一性第二性問わずあらゆる者に様々な想いを寄せられるのは慣れている。特段気にも留めない。
我が愛はすべて弟のものだ。
「君は私に何を求める?」
「あなたの香りの正体を見極めたい。それと……、あなたからアルファらしさを学びたい」
「重畳だ。君の眼差しには既にアルファの光が宿っているよ。教え甲斐があるというものだ。私が力になろう」
「お願いします!!」
安心してナイフとフォークを手にする彼に、しかしまだまだ甘っちょろいとナフキンを膝に置く。
単純なのは誰であろうと宜しくはない。
「喜びに水を差してしまうが断っておくよ。容易に授けるとは言っていない」
「え──?」
「アルファとは君臨する者、人の上に立つ者。私から秘密を引き出したくばこのジェドリグ・ミカフォニスを跪 かせなさい」
「無理ですよ!!」
無理、ではなく、しろ。
君には俺に打ち勝ち、俺の可愛い蜂蜜ちゃん、愛する弟ラディと未来永劫良き夫夫 となってもらう。
俺すら屈服させずにアルファを顕示しようなど片腹痛い。
「放課後は鍛錬場にて手合わせ願おうか」
「……先輩って、結構、優しくない感じですか?」
「見込んだ者には厳しく当たるよ。それが君のためになるなら熱も入る。私を超えていきなさいアーシュレー」
「……無理だと思うなあ」
そんな風に呟くが、君の中には小さくも闘志が芽生えていることだろう。
未来の義弟 よ、期待しているぞ。
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