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私を超えていきなさい②

 放課後制服のまま鍛錬場に向かう道すがら、俺はアーシュレーの緊張に拍車が掛かっていることが気になっていた。肩に力が入り過ぎて不格好だ。 「動きが固いよ」 「分かってます……」 「俺のアルファフェロモンでの鎮圧は痛かったか」 「ちょっとトラウマです」  そうか、だろうな。しかし乗り越えてもらうよアーシュレー。  俺が昨日の今日でラディの婿になる少年を鍛え上げると話をすれば、クラスメイトで腐れ縁のエドワードには『君は相変わらずだ』とヤレヤレとした顔をされ、級友達からも『流石アルファの中のアルファ』と評された。俺のアルファとしての評判は酷いものだった。  そんなジェドリグ・ミカフォニスが指導してアーシュレーを立派なアルファにできるのか。  疑問形にすべきではない、成すべき確定事項なのだ。  鍛錬場は屋内と屋外があり、部活動の一環として身体を動かす場を指している。  たまに俺も混ざらせてもらっているが、1人で来た時とは違う雰囲気に『当たりだ』と内心でほくそ笑む。 「悪いね、場所を借りるよ」 「彼が昨日の」  屋外鍛錬場管理者に挨拶すると、俺よりやや背丈の低い日焼けしたベータの同級生がアーシュレーを一瞥した。 「急ぎ叩き込まなければならない教訓があるので手荒な真似をしようと思っている。危険だと判断した際には介入してくれ」  俺からのハンデは動き難い上着を脱がないことくらいに留める。  アーシュレーは一見大人しそうな顔立ちだが、攻撃的本能のアルファ性が開花したために逆境に燃える気質の持ち主になったようだ。元々持っていた鬱屈した感情を燃料へと変換可能にした。  つまり、彼は負けず嫌い。  気になるオメガのフェロモンの情報を格上のアルファが握っているから闘争心が底上げされたのだろう。ますます教育し甲斐があるというもの。 「3年生、君、名は?」 「サーフィ=ナフル・アーシュレー……」 「アーシュレー。ここにいる全員が君の無事を祈っている。この人は見た目は超一流の貴公子だが中身は好戦的な武闘派だ。軽々と仕留めてくるから危険を感じたらすぐに降伏するんだ、いいね?」 「困ったアドバイスをしないでくれたまえ」 「学院内で私刑があってはならないんだよ」  物騒な単語で震え上がらせないでくれ、肉体と精神と本能がまだちぐはぐとしているアーシュレーが竦んでしまう。 「俺昨日アルファになったばっかですよ、本気でぶちのめしに来るんですか?」 「君が望むなら手を抜くよ」 「……嫌です」  ほらな、君は俺を倒してラディに会いたいのだ。  君のアルファとしての昂ぶりは私を敵だと認識している。  才能の塊である少年との出会いに感謝する。 「私は私を超えてくれる相手を捜し求めていた。アーシュレー、存分にやりなさい」 「やはり、弟さんの──」 「今は内緒だ」  ラディル・ミカフォニスに相応しい者の登場を求めていた俺は、発情期(ヒート)以外のラディのフェロモンは敢えて上塗りせずに漂わせてきた。  我が愛する弟は控えめなので微量だったが、気にすればアルファもオメガも気付く匂いだ。しかしこれまでアーシュレーのような反応は起きなかった。  俺の蜂蜜ちゃん、麗らかな日差しを浴びた純白のシーツ。  2人の健やかなる未来のために俺は熾烈な化け物になろう。   「武器は何を使ってもいい、3分以内に私の片膝か手の平を突かせたら君の勝ちだ」  頷いたアーシュレーはブレザーを脱いで開襟した。  彼が部員達に注文して手にしたのは、我が国で主流の大剣の半分の長さの物を2本。  隣国の接近戦に特化した剣術にギャラリーが湧いている。アーシュレー、君こそ大分本気だな。騎士道的正攻法に則らない手法で俺を殺りにくるつもりだ。  模擬刀だが、君の志し確かに受け取った。  ならば俺も礼儀を尽くして潰して差し上げよう。 「始めっ!」  開始と共に間合いを一気に詰めて来る君は、よくやっている方だと思う。  だが、残念だ、非常に残念だよアーシュレー。 「あッ……ぐ……ッ!」 「見込み薄だったかな? アルファの武器を何だと心得る。フェロモンに決まってるだろう」  昨日まで君はベータだった。  アルファ性の暴走(ラット)を起こしたせいでフェロモンコントロールへの強烈な苦手意識が植え付けられているのも承知している。  だがね、習得を拒んでいるようでは困るんだよ。君には持ち得る力をフルに活用してもらわねばならん。  膝が崩れる程度のフェロモンを放ち、足払いをして石造りの地面に転がした。  数秒待ったが胸を上下させて呼吸を正す労力しか支払わない。  俺は約束を違えて手加減しよう。  冷淡に嘆息するとダンスのステップ踏むように革靴で心臓を押さえた。 「何故即座に立ち上がろうとしないアーシュレー。私なら紳士的な攻撃しかしないと思ったか? 失望させてくれるなよ。私が隠してるオメガのフェロモンが欲しいのだろう?」  爪先で顎を上げると涙が滲む。  おいおいさっきの勢いはどうした。 「これしきのことで伸びているようではお話にならない。君のトラウマを配慮して私も剣を持つべきだったかな?」 「すみません……っ」 「何故謝る。歯向かってきたまえ」 「──ジェドリグ様! 駄目だ、離れてください。彼の戦意が喪失している」  審判を努めていたこの場の監督者が、俺を押し退けてアーシュレーの上体を起こした。  泣きじゃくる彼に何か伝えて肩を叩いている。  そうして後輩が落ち着いてから、俺をジトリと睨み上げてくる。 「今のはただの扱き、暴力だ。あなたはあなたが基準だから却って不器用というか、他者が自分にどれだけ劣るかいまいち分かってらっしゃらない」 「やり過ぎてしまったか」 「大いに」  そうか、弱ったな。  アーシュレーは怯えてしまっていた。俺の求めるレベルに至れない己に絶望し、切り捨てられてしまうと恐怖している。  彼の脇に膝を突いた。  頬を濡らしている少年に反省の念を抱く。 「アーシュレー」 「ご期待に添えず、申し訳ありません……」 「何を言う──私こそ、君の正しき師匠になれそうにない。すまなかったね」 「そんな……っ! 何度でも俺を転ばせてくださいよ! 何度でも俺、ちゃんと立ち上がってみせますから! あなたに見切られるのが何より怖い……!!」  いたいけな弱音に手を掴んで立ち上がらせた。  奥歯を噛み締めている彼に柔らかに微笑み掛ける。  俺は何度君に救われるのだろうね。 「私は君ならばできると信じている。付いて来てくれるか」 「俺、ずっと、自分は人に比べて駄目な奴だと思ってました。でもあなたに信用してもらえる価値があるなら──」 「君は私の希望だよ」 「希望……俺が……。精進します、師匠!!」  キラキラと目を輝かせる少年に俺も嬉しくなるが「そこの脳筋師弟」と止めに入る主審が親指で鍛錬場の出入り口を指した。 「まずは座学、教科書通りのフェロモンの基礎知識から勉強しろ」 「彼には実技指導が合っているようだよ」 「あなたがフェロモンを出すと周囲に悪影響だ! アーシュレー、この人の弟子になるなら取り扱いもフェロモンコントロールも死ぬ気で即刻覚えろ」 「人を何だと思ってるんだ君は」 「魅惑の危険人物だな」 「承服し難いが──行くよ、アーシュレー。アルファとオメガを避難させていた優秀な監督役の指示に従おう」  無邪気に「本当だ!」と喜んでいる弟子は根に持っていないようで大変結構。  だがな、俺は特にオメガにとって優良でありたいと願っている。なんて不名誉な称号なんだ。俺へのダメージが大きかった。  砂埃まみれにさせられても、俺の初弟子は今後の教育日程について喜び、意気揚々としている。  寄宿舎と馬車の待合の分かれ道まで来ると、こちらが忍ばせていた落ち込みに切り込んでくる胆力も示した。 「意外と繊細なんですね」 「弟からの評価も実はすこぶる悪いのではないかと考えてしまうんだ」 「やっぱそこに行き着くんだ! あなたって面白い人だな。その愛情が番に向けられているのを見てみたい」 「生意気だ。君も番がいるのを想像できていないのだろう?」 「ですねえ。元ベータにできる訳ないですし」  アーシュレー、自分の発言には責任を持つべきだよ。  近い未来にその言葉で散々からかってあげようではないか。  あぁ──、楽しみだね。

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