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私を超えていきなさい③
アーシュレーのアルファ性は日に日に研ぎ澄まされていく。
彼が元ベータ、それも未分化ではなく後天的転化者だと信じる者はいないほど威風堂々としてきた。
苦手だと零していた我が国の言語の小テストの採点を終える。満点回答を返すと、その目には自信と達成感が輝いた。
髪を切って背筋を自然と伸ばすようになった少年は実に見違えた。
「最近とみに眩しく美しくなったね。何がそこまで君を変えたのかな?」
「あなたですよ、我が師匠。ジェドリグ・ミカフォニスの横に並ぶからには卑屈ではいられません。優秀なアルファとしてお眼鏡に適っていたいんです」
「嬉しいことを言ってくれる」
「俺を弟子に取ったあなたの評価が下げられるのは我慢ならないですし、あなたを超えるからにはこのくらいでいないと」
「更には可愛く健気なのか、自慢の後輩で大変結構。次の課題はこれだ」
「えぇー……」
不満を垂れながらも取り掛かる素直な少年。
君と過ごすようになってから約半月、私は愛しいラディに嫌われかけているよ!
そうだろうね、不機嫌なアップルコンフィチュール。お前は逢いたい想いを胸に秘めて耐えているというのに、兄様は毎日番様の制御不得手なフェロモンを付けて帰宅するんだ。
下手に消しても疚 しいことをしたのかと怒られ、報告がてら世間話をすれば兄様ばっかりと拗ねられ、弱ってしまうよ。
お前達をいつ引き合わそうか、そろそろ手紙を渡したいところだが、アーシュレーはアルファになった満足感に終始している。
当初のようにラディのフェロモンを気にしなくなってしまったのだ。
「そうだ──あの、相談が」
「全問解き終えてからでは駄目かい?」
「……オメガの後輩に告白されそうなんですけど、どうすればいいですか?」
「詳しく話しなさい」
「ここに来る時1年生に呼び止められたんです。やけに焦ってる感じで……。師匠に恋してるいつものパターンかと思ったんですけど、どうも違うみたいで」
くすぐったそうな横顔に、俺は慎重になり過ぎたことを悔い改めた。
俺が傍にいながらアーシュレーのオメガへの関心をラディ以外に向けさせてしまうとは痛恨の極み。
「あっ……、断りますよ! 今の俺に師匠から受ける教えより大切なものなんかありませんから! あなたは振り方も上手いからそこも教わりたくて……!」
「そんなに信奉してくれるな、慕われるのは嬉しいがね」
赤のインクの万年筆で誤ったスペルに点を付けると、アーシュレーは何とも奇妙な笑いを浮かべてから息を漏らす。
「先輩、俺、あなたのお気に入りだってことを相当責められてます。ずるいずるいの大合唱ですよ」
「我々は師弟関係だと言い返しておきなさい」
「なんですけどねぇ、俺がこてんぱんにやられても羨ましい、いつか必ず倒すって言ったら袋叩きです」
「すまないね、私に人気があるばかりに」
教師に許可を得て放課後1室借り切り、毎日自作の課題を解かせてたまに手合わせをする。
少数とはいえアルファ同士のカップルもいるからか俺とアーシュレーの関係を勘繰る者はいる。大半は1年生か2年生で、俺の弟の噂を耳にするようになれば彼が将来的にどのような立場になるのかを薄々察することだろう。
面白くないと思う者も多いはずだ。
過去には俺の義弟になりたいばかりにラディの番に立候補者もいた程度には俺自身が目立っている。
「サラッと言うんだもんなあ」
「否定することでもないだろう」
「まあ。……あの、この浮ついてしまった気持ちは、どうかその微かなフェロモンの持ち主様だけには言わないでください。お願いします」
「言わないが……、もしや君達──私を媒介にメッセージのやり取りでもしているのか?」
フェロモンとは情報伝達を行う分泌物という研究も盛んだ。
いつの間に伝書鳩になっていたのかと高揚して尋ねれば悲痛に否定されてしまう。
「一方的に俺が気付いてるだけです。あなたへの信頼や愛情、大きな不安を感じ取っています」
「不安? ラディは君に何を訴えている?」
「何で分かんないかな──? ……俺がアルファになったのは運命の番に出会うためだろうと言う人もいます。でも違う。運命は俺に微笑んではくれない」
「アーシュレー?」
「俺を狂おしい想いにさせるフェロモンの持ち主は、弟様なんでしょう……? 俺はお2人を引き裂けない。あなた達が運命になるべきだ」
立ち回りを間違えたのか。挽回するには何をすべきか。
あぁ、しかし、いけないねアーシュレー。俺は耳が腐るほどそんな戯言を聞いてきた。
「アーシュレー、もし君がアルファではなくオメガに転化していたとして、家の存続のために兄上や妹御と番えるかい? 逆に兄弟姉妹にオメガがいて君がアルファなら、その者を孕ませたいと思うかい?」
「あなた方は、だって」
「血は繋がっていないが兄弟として育っているよ。何故皆は私達に獣 になれと言うのだろう」
「それは……あなたと弟様にとって、2人が番うことが1番いいことだからです……」
もしも今の君のフェロモンが俺に移ったとして、それをラディが汲み取ってしまったら、どれだけ悲しむことだろう。
君には弟をどれだけ愛しているか話してきたつもりだよ。
残念だ、サーフィ=ナフル・アーシュレー。
「今日はここでやめよう。私は冷静さを欠き、これ以上君に失言してほしくない」
「ジェドリグ様……!! 待ってください!!」
「そんな顔をしないでおくれ、見放すことなどしない。また明日会おう」
迅速に面会の場を設けるべきだった。
それよりも、アーシュレーが俺に引け目を感じてしまう前に早く、ラディのことも運命の番のことも話せばよかった。
多くのオメガと親交を深めるアルファの腐れ縁の忠告が思い出される。
最も大事な局面で失態を犯しそうだと、愛多き者からの予言は的中してしまった。
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