12 / 28

運命の恋よ祝福されたまえ②

 アーシュレーを捕まえて1月近くが経つのだと、彼を正面から見据えて感慨深く思う。  ベータからアルファに転化した少年、他国からの留学生。  公爵家嫡子のオメガの伴侶に不適当と断じられても、彼は(れっき)としたアルファであり、誰よりもラディを乞い求める男だ。 「アーシュレー、馬車から飛び降りるつもりかい?」  ミカフォニス家の屋敷に近付くにつれ、彼の挙動は大分危うい。  そわそわなどと可愛らしいものではない。  目の前にラディがいれば、その小さな頭を丸呑みしてしまいそうなほどガツガツしている。  俺はアルファ中のアルファと呼ばれながら衝動を覚えない奇特なアウトサイダーゆえに、本道を突き進む彼への感心は絶え間ない。 「運命の番を君は否定したが、今の気分はどうだね」 「狂ってしまいそうだ……逢いたくて堪らない!!」  高揚に潤んだ瞳と歓喜に満ち溢れた叫び。  まだ多少の距離はあるのにこれか、運命の番同士が引き合う力とは正に本能。  しかし君は第二性の欲求以外にも、理性でラディを愛してくれるか──とは無粋も無粋。  顔見知りでさえないのにこうも惹かれ合う。とても眩しく尊く映るよ。  ミカフォニスの王都私邸の敷地に着くと、アーシュレーは動く箱に閉じ込められている苦痛に息が乱れた。  彼の血気盛んさの大部分は、第二性が変わるほど欲するオメガに会えない狂おしさから来ていたのだ。  俺としたことが、実感がないばかりに見落としていたのだな。  もっと早く君達を会わせていれば過分な苦痛を与えずに済んだのだろうか。今更言っても仕方がない。  馬車が停止した。外からしか開かないはずの馬車の扉を開け放ち、猛然とアーシュレーが駆け出した。  我が未来の義弟よ、新天地に飛び込んで行きなさい。 「ラディル様──!!」 「番さま……っ」  ああ、ラディ、ラディ、俺の愛する弟、天の使いになろうとしていた可愛い弟。  お前のそんなにも上気した頬は見たことがない。  美しい春の青を(きら)めかせてお前が自分の足で立っている。誰がお前を弱き者と呼ぶものか、真実の番はこうもお前の命を守ってくれる。 「お逢いしたかった!! 俺の運命の番様!!!」  熱い抱擁を交わした2人は、おやおやアーシュレー、早速キスをするのだね。  兄様は構わず眺めるとしよう。  可愛い弟は安心しきったようにその身を(ゆだ)ね、愛おしい伴侶からのくちづけを受けている。  兄様は独り身だから刺激が強いね。ラディの摘み立ての苺のような唇がアーシュレーの情熱的な舌で割られて絡まり合っているよ。  右手を頬に添え、愛する者の細腰を抱く義弟。恋する男のそのものだ、逸る気持ちを抑えられない。  仔犬達がじゃれているようで非常に()いものだな。 「俺だけの番様──あなたを愛したくて生まれてきたんだ」  アーシュレーの方が早く生まれているのだからその因果はおかしくないかい? 口は挟まないがオーバーにも聞こえるよ。  駄目だな俺は、情動を理解しきれないから疑問が浮かんでしまう。  だが、斯くも恋い焦がれる相手に巡り会うことを初めて羨ましいと感じていた。  2人を引き合わせられた充足感に差し色が入ったかのような感覚が面映ゆい。 「番様……」 「サーフィ、サーフィ=ナフル・アーシュレー……。どうかあなたの唇で俺の名を紡いでください」 「サフィー──あっ、サーフィッ……サフィー……」 「なんて可愛らしいんだ!! あなたに呼んでもらえるならサフィーで構いません! あなただけの名で呼んでください、俺の人生最大の輝き」 「ナフルまでがお名前なのですか?」 「そうですよ、俺とラディル様のお名前の響きは少し似てますね」 「嬉しいなぁ」 「ラディル様──!!」  最近友人達に(しき)りに言われるが、俺に似てきたな、アーシュレー。言い回しは教えていないんだが真似てしまったのかな。端から聞くと面白いものだね。  さて──俺は君達のラブシーンを特等席で見学することに大満足なのだが、まだ屋敷の中に入っていないのだよ。  ラディに付き添っていた使用人は戻って行ってしまった。可哀想だが再びのキスは中断してもらおう。 「2人共。そろそろ屋敷に入らないかい?」  すっかり兄様の存在が抜けていたようだねご両人。  目をまん丸くさせたラディはビックリし過ぎてカクッと膝が曲がり、慌てたアーシュレーに抱き止められている。 「腰が抜けてしまったかな。番様に抱き上げてもらうといい」 「でも……っ!」 「兄様が抱っこするのは彼が怒るよ」 「僭越(せんえつ)ながら、俺が」  (うやうや)しく壊れ物のように横に抱くアーシュレーは、林檎のように赤らんで恥じらうラディの唇を啄むように奪った。 「サフィー様……!」 「すみません」  反省していない男の台詞だねアーシュレー。大変結構。  周囲に色取り取りの花が舞うようで、季節は既に初夏を迎えているが、彼らは至上の春を迎えている。  廊下を先導しながら背後は気にしないであげよう。  ラディ、兄様に気付かれたくないのならお口は閉じておきなさい。  来賓客を通す部屋ではなく直接ラディの私室に向かう。  小さいが応接セットは備えているし、アーシュレーのアルファ性の(たかぶ)りは酷いものだ。屋敷にはオメガもベータもアルファも働いている。早いところ隔離の必要があった。 「いやはや、喜ばしい光景だね」  密着して背凭れ付きの長椅子に腰掛ける彼らは、一対の存在を証明するかのように2人の世界だ。  兄様はちょっと寂しいが、こうも晴れやかな気持ちでいられることに感謝しているよ。  兄であり小舅である目上の者が話し掛けると、2人は揃って恥じ入って縮こまってしまう。  いいんだよ、もっと夢中になっていなさい。 「本当にお2人はそういう仲ではなかったのですね。先輩全く嫉妬してない」 「誤解されがちですけど、僕と兄様は兄弟ですから」 「如何にも。我々は確かな愛情を育んできたが絆を結んだ兄弟だ。私は君を心から待っていたと言っただろう?」  ばつが悪そうなアーシュレーに、ラディは彼にしては珍しく断言口調で言い切った。  そうだ、我々は血が繋がらないが兄弟だ。  恋情を持つことはない、将来を悲観していた、番になることを家族に切望されている兄弟だった。  サーフィ=ナフル・アーシュレー、我らは君にどれだけ謝辞を述べても足りない。 「ラディル様も俺を待っていてくれましたか──?」 「僕は……僕の番様がいるって信じきれていなくって。……すみません」 「俺はあなただけのアルファです。ラディル様の愛を永久(とわ)に俺に授けてください」  手を取って食い入るように見つめて訴える彼に、余計な焦燥は既にない。  ラディからの愛情を確かに感じ、臆病な(おの)がオメガのために言葉を惜しまないのだ。 「兄様を見てはいけないよラディ」  困った時、これから頼るべきは隣にいる彼だ、ラディ。  俺は(じき)にミカフォニスを出る。  唯一のアルファと支え合い、揺るがぬ夫夫(ふうふ)となりなさい。  そんな兄様心が伝わらなかったのか、ラディはおずおずとアーシュレーを見上げる。 「サフィー様、兄様をどう思っていらっしゃいますか?」 「永遠の憧れです。追い付きたいけれど決して敵わない偉大な恩人、俺の世界に光を(もたら)した不滅の太陽」  言い過ぎだアーシュレー、君が太陽だろう、そして君の隣にいる我が弟も太陽なのだよ。  やれやれ、俺は太陽と言われるのが苦手になりそうだ。 「サフィー様!! 僕……兄様を好きでいてもいいですか? とても大切な方なんです!!」 「俺にとっても大切な人です。お師匠様ですから。あなたのお心のままに、ラディル様。俺達の兄様ですもんね!」 「お前達ね……相思相愛の輪に私を入れてくれるな」  何故2人で繋ぎ合う手の中央で俺を挟もうとする。  いい、いい、お互いだけを求めていなさい。  兄様はその内ふらっといなくなるからお邪魔はしないよ。  嬉々として俺の話題で盛り上がる困ったちゃん達のお話を聞くこと十数分。  我が邸の使用人は愚鈍ではないはずだが、茶の1杯も用意されない。 「そんなにはしゃいでは喉が渇くだろう。お茶を取りに行くから2人でゆっくりしていなさい」 「戻って来てくださいよ!」 「兄様っ、約束ですからね!」 「分かった分かった。ラディ、余り興奮しないようにね。アーシュレーも、彼の様子をよく気に掛けてくれ」 「了解しました!!」  返事は元気だが不安だな、共倒れだけはしてくれるなよ。  まあ、兄様がいなくなった途端(むつ)み合うのも構わない。俺は反省しているのでね。  明るく華やかな笑顔を浮かべる者達よ。  お前達の兄様は反抗するミカフォニスの本意を討ってくる。喜びだけを胸に待っていなさい。

ともだちにシェアしよう!