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運命の恋よ祝福されたまえ③

 俺は残念でならないよ。  家の存続のためと言えど、何故、我々兄弟の意思はこうも無下にされるのだろうか。  ラディも俺も、(けだもの)にはなりたくはないというのにね。 「イドゥーイタ。この屋敷に仕えて何年になる?」 「43年でございます」 「幼い頃からミカフォニスに尽くしてくれた君が、どうして次期当主の意向を(しりぞ)ける」  言うまでもなく、現当主の意志と本人の望みが彼の行動に反映されている。  父上も母上も俺を俺を重用してくださっている。  光栄だよ、だが、私を嫡子に据えたいと望むだけならいざ知らず、ラディルの伴侶に迎えたいとは不愉快極まりない。  兄弟として育てておきながら、俺を婿に()げ替えるのは言語道断。 「父上は執務室にいらっしゃるな?」 「ジェドリグ様」 「君は意見を述べる立場にないぞ、チェスター=フォン・イドゥーイタ。君が為すべきことは私達の客人へのおもてなしだ」  俺に忠言しようと待ち構えていた執事を下がらせ、父上の城へと向かう。  日頃は領地において領主の義務を果たす彼が、この王都ログロンに(おもむ)く理由はただ1つ。ラディの死期が近かったからだ。  当家を蝕む不安は払拭された、であるからには、兄様が残る懸念すべてを薙ぎ払おう。  ミカフォニス当主執務室。  この部屋の主がラディになる時こそ、我が本願が達成される日。  ノックをして名乗り上げる俺はアルファの威圧を加減しなかった。  同じアルファ性であるが父上は突出した才に秀でた方ではない。だが、息子として尊敬している。  だからこそ俺は許せない。ラディの願いを無視して、(しき)りに俺との婚姻を説得していた魂胆が気に食わない。 「ラディルの運命の番が現れました。彼の心身は回復していくことでしょう」 「ジェドリグ……私は言っただろう、ラディの番は捜さなくていいと!」 「何度も申し上げている通り、私とラディルは兄弟です。ラディル・ミカフォニスには彼の運命の番が必要でした。私では彼を救えない」 「役目を終えたと思っているのかね……」 「はい」  そう悲しい顔をされるな父上。  私は務めを果たしたと思ってはくれませんか。 「どうして私達は分かり合えないのだろう。お前には本当の息子になってほしかったのだ。お前を愛しているんだよジェド……! しかしお前はいつまでも自分を余所者だと思っている。父と母がどんなに胸を痛めてきたか……」 「父上。私の能力を認めてくださっていること、評価し取り立てて頂いたことには心から感謝をしております。しかしながら私がこの屋敷に留まれば義弟(ぎてい)は軽んじられることでしょう。ジェドリグ・ミカフォニスと比較されます」  ラディのために優秀なアルファになるべく努力を惜しんだことはない。  彼の庇護者として選ばれた俺の誇りを、誰にも勝る男であることで証明し続けた。力を示すことで彼の傍にいる望みを掴んできたのだ。  その結果が弟と(まぐわ)う他者の希望に繋がるなど、幼少期の俺は思いもしなかった。  ジェドリグ・ミカフォニスに何が選べた。  ラディの守護者として男爵家の俺が公爵家嫡子をお支えするからには、誰にも批難されない実力が必要だっただろう。  (いきどお)っているのだ。俺が招いた事態に己への怒りが収まらない。 「我が未来の義弟サーフィ=ナフル・アーシュレーは父上が育ててくださったこの私が見込んだ男。必ずや私より優れた男になりましょう」 「なれないよジェド……私は彼に期待しない」 「あなたが諦めてくださるな。まだ言い募るのであれば私はこれまでの恩義に反して出奔致します。それではミカフォニスの体裁も悪い。(しか)るべき時に除籍頂くお約束を違えるおつもりか?」 「無理だジェドリグ……分かっているだろう。お前が去れば当家に仕える者の反発はより大きなものになる。頑なになり過ぎてくれるな、お前が優秀なアルファだから引き止めるのではない。何故愛していると伝わらないんだ」 「この胸に父上と母上からの愛は響いております」  真に愛してくださっているならば、どうして弟に世迷い言を吹き込んだ。  私を嫡子の伴侶にする可能性が元よりあったとしたら、優秀に育てるおつもりがあったのなら、最初から婿候補としてお迎えくださればよかった。  ラディの兄として育ててくださった父上と母上を恨む結果になりかねない現実を、俺が俺自身を呪ってしまう前に思い留まってほしかったのですよ父上。  ──というのは、甘え過ぎているな。 「まだ昔のことを気に病んでいるのかジェド……!」 「客人を待たせていますので失礼致します」  鈍い人ではない。俺が諦めたのが通じている。  理解し合える部分もあるからこそ、俺達兄弟の切実な思いが聞き届けられないのが苦しいのですよ。  俺はジェドリグ・ミカフォニス、俺は当家唯一の後継者であるラディルの守護を司っていた者。我を貫くのは得意だ。  ラディの私室に戻ると、焼き菓子をおいしそうに食べている2人に微笑んだ。  時は一刻たりとも待ってくれないのでね、ティーカップを持つ前に早速だが強硬手段に出るとしよう。 「なあ、2人共。番ってくれないか?」 「なっ……何をいきなり!」  俺の戻りを過剰に喜んだラディの動きがピタリと止まる。  丁度香しい紅茶を口に含んでいたアーシュレーは()せている。  出会い頭の情熱から随分健全な関係に落ち着いてしまった。  それでは困るのだよアーシュレー、君に来てもらった意図に至らないではないか。 「その気はあるんだろう? サーフィ=ナフル・アーシュレー」 「えっ……と、あります……けど」  しどろもどろで可愛いね君は。  案外と強敵なのはラディの方だ。お前は兄様の思惑が判明している表情をしている。  アーシュレーと相談でもしたのだろう、お前がフェロモンで番様に伝えていたのは『兄様いなくならないで』だったか。  兄様がとことん自分の望みを追求する強欲な男だと、弟のお前はよくよく分かっているね。 「ラディ、そろそろお前には発情期(ヒート)が来る。ヒートの時、お前は兄様には会いたくないと言うね。人ではなくなる自分が怖いと、見られたくないと泣く」  自制の利かない性欲に溺れ、可能な限りの抑制剤を服用して耐え続けたお前の夜が明ける。  兄様はお前の思いを尊重し、弟の欲情を見るのも辛く忍びなく、我々はヒートの折には寄り添うことはしなかった。  俺はお前の部屋から漏れ出るフェロモンに煽られたことはなかったよ。それが俺をジェドリグ・ミカフォニスとして確立させる矜恃(きょうじ)だったのだ。  溺れなさいラディル。お前のオメガ性の揺らぎを救うのは運命の番のみ。  過ちを犯すんだ。 「1人孤独な夜、アーシュレーが部屋を訪れたら、お前はドアの鍵を開けるだろう? ラディ、想像してみなさい」  アルファフェロモンのコントロールに長けていれば、お前から強制的にオメガの本能を引き出すことも動作ないこと。  悲しいものだねラディ、兄様は最後にお前に嫌われてしまうよ。  膜を張る瞳が『どうして』と哀切に彩られている。身体が(うず)き始めたようだね。  何故と問われたらこう答えよう我が弟、既成事実を作りたいんだよ。  2人が番ってしまえば俺は立ち入れない。アルファとオメガが番うことは我が国では伴侶と同義。  最良へと転換するとは思わないかね。 「君もだ、アーシュレー」  ここにはオメガが1人、アルファが2人。  困ったものだ、君の番を誘惑しているのにどうして愕然とするだけで動かない。  ラディの(おとがい)に手を掛けて唇から漏れる吐息を親指で撫でる。  弟の恐れを掬い取り、俺の去就に怯えるラディを愛するがために抵抗している義弟を、是非ともその気にしてあげよう。 「アーシュレー、この子を組み伏せたいと思うだろう? この柔肌に生涯消えぬ噛み痕を残したいと、考えなかったとは言わせない。項に触れてみなさい」 「……っ、だめです、サフィー様!」  日に焼けた手を取ってラディの白い肌で滑らせる。  いい顔になってきたねアーシュレー、君の本能に期待して間違いはない。  君は俺の想像を遥かに超える成長を示してくれた。 「歯を立ててみたいだろう?」 「えぇ──ええ……! 俺の……番様……ッ」 「ラディも、そうだね? お前の番様が愛してくださる」 「にいさま……」 「サフィー様を呼ぶんだよ」  2人の艶やかな髪を撫でると、ラディは崩れるようにアーシュレーの胸に落ちる。  涙する彼に歯を食い縛って本能に抗う義弟を、俺はこの上なく良き男だと感じている。  さて、仕上げだ。  アルファの影響力(ラット)は使いようだな。 「これは事故だ。若い運命の番同士を2人きりにしてしまった私の落ち度。愛しているよ、2人共」 「サフィー様……こわい……! やだ……っ、嫌です……兄様が……!!」 「あなたは悪魔だ……!!」 「弟を頼むよ、サーフィ」  悪魔か、酷い言われようだな。身に余る賛辞を頂戴して嬉しい限りだ。  危険人物たるアルファからラディを隠すように抱き上げて寝台に連れて行く背中に信頼を預ける。  兄様は退散するとしよう。素晴らしい時間を過ごしなさい。

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