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運命の恋よ祝福されたまえ⑤
この気怠 さは何だ。
鈍く痛む頭を押さえて身を起こす。
記憶が曖昧だ、俺は弟達をラットで挑発し、部屋に戻り──メイドが淹れた紅茶を飲んだ。
「兄様、目が覚めましたか」
「……薬を盛られて気付かないとは情けないな」
「お加減は?」
「いいはずがないだろう、蜂蜜ちゃん」
正面の一人掛けの椅子に座しているラディは、いやに据わった目をして俺を見ている。
睡眠薬を混入させたのは父上の差し金だろうが、俺の出奔宣言を聞いたのか、決して逃さないという覚悟が窺える。
お前も逞 しくなったものだね、ラディ。
兄様はどうやら嫌われてはいないようだが、信用は失墜しかかっている。
長椅子の背に凭れながら、髪を掻き上げる。
窓の外の光は朝のものだ、大分強い物を飲まされていたらしい。父上は本気で俺を留めるおつもりだ。
「アーシュレーと番にならなかったか」
「サフィー様が兄様に唆 されて契るのだけは嫌だって、僕の意思も尊重してくださいました」
まあそうだろうな。
一夜限りの初夜が義兄にけしかけられた勢いというのは許し難いものだろう。
それにサーフィ=ナフル・アーシュレー──我が義弟 サーフィはラディを愛する純真で善良な男。
「僕達が番ったら……、兄様はいなくなってしまうでしょう?」
「どこにも行かないと言っているよ」
「弟を見縊 らないでください。あなたの思いが誰に向けられているか、誰を思いやっているか、僕が知らないはずないでしょう。──兄様は僕を愛してくださっている。だから僕とはいられないと仰る」
ミカフォニスにとっては、ラディが次期当主になり、サーフィが夫として支え、俺が2人を兄として目を掛ける支柱でいるのが望ましいだろう。
しかし俺がこの家にいればラディは俺を頼ってしまう。サーフィに言えないことは俺に話し、相談できないことは俺に尋ねる。
兄に対しての気安さはサーフィにどのように作用するのか。血の繋がりのない兄弟の絆に彼が傷付くこともあるだろう、俺と比較されアルファのプライドが折れてしまっては元も子もない。
「兄様は僕のために常に最善を求めていらっしゃるけれど……僕は最良でなくても兄様にお傍にいてほしいんです。サフィー様もそう言ってくれています!」
「近くにいなくても私が兄であることは変わらない」
「僕は怒っているんですよ、兄様は昔から嘘を吐いていらっしゃった!」
「嘘も方便と言うだろう、ラディ」
お前は父上の理想を知っている。
俺がいなくなればラディの守護者は必ず必要になる、お前を安定させるアルファフェロモンの持ち主が不可欠だ。
父上は父としてアルファとしてオメガの息子が衰弱するのは耐えられない。
だからサーフィをラディの伴侶に迎える以外道がなくなる。
合理的だろう。
「兄様が出ていくのであれば、僕がサフィー様の国に嫁ぎます」
「ラディ……どうしてそんなことを言う。許されることでないのは分かっているね?」
「兄様こそ、何故僕達を置いていくような酷いことができるのですか! 兄様のことです、僕に番様ができたら簡単に忘れられるのだと思っているでしょう。サフィー様の言う通りですよ! 兄様はお与えになる言動の効果は分かっていても、愛情を受け取った側の心には無頓着だ!!」
興奮しないでくれ蜂蜜ちゃん。
お前の言いたいことは分かる、愛してくれているのも伝わるよ。
しかし俺がこの屋敷にいることで起きる不利益はお前の番に直結してしまうのだ。
譲れないね、どちらも。
この件に関してお前は引く気はないのだろう。だがもう少し番様を見つめてやってほしいところだな。
サーフィは俺と違ってオメガからの愛に苦しむアルファらしいアルファだ、アルファを敵と見做 す習性もある。
兄様ね、アルファなんだよ。
「ご自身を最も軽んじているのが兄様なのです……」
「兄様は自分に価値があると思っている」
「そういうことではないのです! そういうところなんです!! 僕や父様母様にとって、あなたは価値では推し量れない」
会話をしても平行線だ。
国外逃亡させてもらおうか。
こういう時悪漢を伸 せる身体能力を有していると便利だな。
兄様が他人事になってきているのにムッとしている、俺の可愛いベビーちゃん。
お前も15歳、弟離れも頃合いなんだろう。
「サフィー様は父様と母様と面談をして明け方お帰りになられました。兄様は口が達者で悪びれずご発言を撤回しそうだから気を付けてと僕に言って──兄様には『兄様の途中放棄は万死に値します』と伝言を頼まれました」
「弟子は師匠をよく見ているものだ」
「負けないと仰ってくださっているんですよ」
「信じているがね、いらぬ風評が撒かれないためにも距離を取るというのは有効な手段なのだ」
かつての俺の行動、誕生日会で俺が大勢の前でした鎮圧行為は、番のオメガを守るアルファの鑑 のように称賛されてしまっている。
以降、ラディが学院に入る年頃になれば兄弟で番うと信じている者が圧倒的に多いのだ。
サーフィの印象は、アルファの忠誠とオメガの慈愛に運命的なロマンチシズムを感じる層からは著しく悪いのものになっている。その総本山が父上なのだから最悪も最悪だ。
愛し合う2人の仲を裂いた元ベータ、オメガを守り通していたアルファから彼の唯一を奪った運命の番──俺の評判がいいばかりにサーフィは茨の道だ。
ラディはバカな子ではない、兄思いの優しい子なのだ。
言葉を借りるなら、兄の無頓着な愛に振り回された被害者であり、兄様を愛してくれている。
『3人で結婚すればよろしいのに』と言われてしまった虚しさは何と表現すればいいのだろうね。
参ってしまうよ、兄様の愛は家族愛、純然たる弟への愛なのだから弟夫夫 の差し障りになりたくないのだ。
それはラディにも分かるから、突飛なことを言い出した。
「僕は兄様が見つけてくださった番様、サフィー様がいるから元気になります。そうしたら必ずリンド・ゴールドに通って、学院で兄様の番様を見つけます!!」
「何故そうなる──」
「兄様にも幸せになって頂きたいからです!」
困ってしまうよラディ、兄様は本当に、番が欲しいという気持ちだけは欠片も分からないんだ。
アルファなのにね、不思議なものだ。
「私は幸せだよ」
「足りません!」
「ラディ、私の宝物。兄様はお前が幸せならば満たされる」
「僕は兄様が僕以外で幸せを感じなければ満たされることはありません!」
「ラディ……!」
感動してはいけないが俺を思う気持ちが嬉しくてならないよ、甘くて可愛いロールケーキちゃん。
しかしな、兄様は新入生当時から教員や事務員や先輩方の覚えめでたく、今や学院の最上級生で知らない者はいないほどの有名人なんだが、全くね、番になりたいと惹かれた者はいないんだ。
無駄骨だと思うがな。
「サフィー様とご恩返しをしますからね」
まあ、お前が楽しそうだからいいとしよう。
それはそれとして出奔の準備は怠らない。
兄様は容姿と能力が並外れているから、芸術家の前でただ座っているだけで、共にお茶を飲むだけで、楽器を演奏するだけで、詩を読むだけで、簡単に逃亡資金が貯められるんだ。
ラディ、お前の未来のためなら公爵家の地位を簡単に捨てられる男なんだよ兄様は。何故ならばお前を愛しているからだ。
俺達の愛が食い違うのは悲しいものだね。
朝食のために着替えを済ませ、食堂に兄弟並んで向かう。
このところ自室で少しの量を食べるのが精いっぱいだったラディが歩いているのを見ると、やはり番効果と、サーフィへの負担を減らしたい先輩心が強くなる。
「兄様。……ずっと、気付かないふりをなさっているけれど、いなくなると言い張るのだからお伝えします。僕のオメガ性の不安定さは攻撃性の高いラットを浴びたからではありません。兄様の喪失を恐れているんです。僕の、特別なアルファ様」
「ラディ、お前はオメガである前に私の弟だ。我々は理性を持つ生き物だろう? まさか……、ラディ……、昔兄様に恋をしていたとは言わないね?」
「それはないですけど」
お前の第二性が俺を番にしてやってもいいと判じたとて、ラディル・ミカフォニスの心は俺を兄として慕っている。
身体だけが真逆をいこうとする苦痛はどれほどのものだっただろう。
兄様はお前の成長に報 いたいんだよ。
お前は父上の強情と己の立場に悩まされながらも、斯くも素晴らしい成長を遂げている。
「でもサフィー様の、兄様の特別にしてもらえると抜け出すのは至難の業という意見はすごく分かるんです。でもねでも、聞いてください! 太陽の輝きを1番長く浴びた僕にサフィー様ったら同情するって言うんです!」
「人の弟に失礼なことを言わないでほしいね」
「兄様の仲を嫉妬するって言ってくださるけど、僕の方がしています」
ラディが入学して、2匹のワンちゃんに囲まれる図を想像してみる。
やめなさいやめなさい、2人きりで仲よくなさい。
じゃれ付かれて悪い気はしないよ、どちらも可愛いからね。
けれど番同士の間に挟まるのは本当に頂けない。
喧嘩も仲直りも2人で覚えていくものだ。
「兄様は睦 まじいお前達を眺めているだけでいいな」
「お近くで!」
「遠巻きでだ。ラディ、いつまでも兄様に甘えるのは止 しなさい」
「それを兄様が言いますか! なら、いつまでも子供扱いしないでください」
「できない相談だ。俺の可愛いラディ」
すっかり呆れている目も愛おしいね。
俺はお前と義弟の安息を守っていたいのだが、如何に上手くやり遂げるかは、これからどれだけ2人を突き放せるかに懸かっている。
……悩ましいな、至極難題だ。
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