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俺には番は必要ない①
俺の愛しい弟、陽の光に照らされた湖畔、世界で最も可愛い蜂蜜ちゃん。
兄様はお前のこの姿を見る日をどんなに待ちわびていたことか!
「どうでしょう?」
「よく似合っているよラディ。リンド・ゴールドの制服はお前のためにデザインされたかのようだ」
橙のネクタイを締めるお前は、明るい色のブレザーが本当によく似合う。
絵画に収めたいがこれから初登校なのでな、大変愛 い姿を胸に刻んでおこう。
「よくぞここまで健やかになってくれた」
「兄様がいてくださったからです」
「サーフィのお陰だろう? ……ラディ、何故そこで頬を膨らます」
「分からず屋の兄様がいけないのです!」
「おお、怖い怖い」
サーフィと出逢って1月で健康そのものになったラディは、少々口うるさく俺に反論するようになった。
小生意気なお前も愛おしいよラディ、愛されているのが十二分に伝わってくるね。
兄様は番はいらないがな。
「これまで本当にありがとうございました」
「おめでとう、私の大切な弟」
まるで今日この日に嫁いで行くようだね。
まあ、まだ、お前とサーフィは番になっていない訳だが。次の発情期 ではちょっかい出さないでくださいとサーフィからは懇願されている。
悪いことをしてしまったな、反省はしないがな。
馬車に乗りラディと共にリンド・ゴールド男子学院に到着すれば、歓びの表情で待っていたサーフィがラディと熱い抱擁を交わしてその手を取った。
兄様はそのまま離れようとしたんだが、ラディの『どうして行ってしまうんですか?』の瞳と『あんた兄貴だろ』というサーフィの剣呑な目に、1年生の教室まで見送りに行くことになってしまった。
やれやれやれ。
▽▽▽
教室入室ギリギリになった俺は、やや眠かったが午前2つ目の授業を終えて人心地付いた。
父上は人の身体を何だと思っているのだろうか、夜更けに俺が黙っていなくなるのを恐れて堂々睡眠薬の服用を命じてくる。
昔母上がラディの将来を嘆いて寝付きが悪くなった時期に飲んでいた物だ、強く危険ではないのだろうし、父上のお気持ちも分からなくはなかった。
大人しく従うが、眠いのは眠い。
「弟ちゃんは初日から有名人だね」
「そうだな。恙無 く卒業を迎えてほしいものだ」
素っ気なく聞こえてしまったのだろう、前の席のエドワード・ラドヴィントは責めるように眉を顰めた。
「いやに淡白だ。番と同じ学び舎に通いたいのの何がいけない?」
「エド、私は不機嫌なのではないよ。……弟の入学の動機が私なのが悩ましくてな」
「君が? 何故? アーシュレーといたいからではないのかい?」
だろう、お前もそう思うだろう? 俺もそうであるべきだと思っているよ。
入学までの期間、ラディはツンツンしていながらも小鳥の囀 りのように俺との学院生活の楽しみを歌っていた。サーフィが不憫だったし、何度も言うが兄様は番を欲しいと望まない。
「弟は私の番を捜しに来ている」
溜息混じりに事実を話せば、隣の席のクラスメイトにも聞こえていたのだろう、ギョッとした様子でこちらを振り向く。
「ジェ、ジェドリグ様……番がいらっしゃるのですか──!?」
「未来の弟夫夫 に作れと言われているだけだよ。不純な動機だろう? 弟達が息巻いていて困惑している」
「それでそんなに草臥 れているのか」
他人事だと思って愉快そうだなエドワード。
お前は番のいないオメガと広く交友があって恋愛事情やらアルファとオメガの関係にも敏いが、昔馴染みの悩みは笑いの種らしい。
隣の席の彼の大声に教室内にはあっと言う間に俺の現状は周知され、挨拶しか交わしたことのない番のいるオメガのクラスメイトが、厳しい様子で声を掛けてくる。
「ミカフォニス様、よろしいですか。弟様やお弟子さんがあなた様の番捜しを公言すると、トラブルに発展するかもしれません」
「──我が兄弟の噂関連だね?」
「ラディル様はあなた様のご寵愛を一身に受けている方ですし……ミカフォニス家のご兄弟の絆とアーシュレー君の関係は、受け入れ難い層も多いでしょう」
「特に下級生はラディルちゃんに成り代わりたい者もいるだろうね。妬み嫉みが原因の問題も多発しそうだ」
オメガが寮暮らしでないことは不幸中の幸いか。
傍にいてラディを守れば反発も生むし、誤解も深まり混沌としていきそうだ。
「エドワード、サーフィは寄宿舎で問題になっていないか?」
「毎日のように君のファンと言い争いをしてるよ。どちらがジェドリグ・ミカフォニスを讃えられるかで張り合っている。楽しそうだ」
「何をやっているんだか」
負けん気は人一倍の少年だから、ラディのこと以外は然程心配はしていなかったが、それはそれで大丈夫なのかい、サーフィ。
俺達兄弟の太陽は不可解且つ面白い性根をしている。
次第に眠気が飛んで昼休み。
予告通り俺の可愛いハニーキャラメルちゃんが姿を現す。
「兄様!」
「やあ、来たね」
キラキラと輝く新入生に、上級生皆お前に夢中になってしまうよ。
護衛のように後ろに立つサーフィはサッと周囲のアルファに視線を移し、危険はないと判断して静かに控えている。
君も大分アルファらしい貫禄が出てきた。
「ラディ、本当に兄様とランチをするのかい? 初日は2人で楽しんだらどうかな。素敵な記念になるよ」
「最初の日は兄様とご一緒したいのです!」
「俺はおまけです!」
誇らしげに言うものではないよサーフィ、弟を全肯定してくれるな。
まったく、誰がラディをこんなに甘えん坊にしたのだか。
ラディを真ん中に廊下を歩くと、目立つこと目立つこと。
金髪は珍しくないがこれまで深窓の令息としてしか知られていなかったラディル・ミカフォニスが有名な兄と共にいて、更に彼の約束されし番候補を伴っているなら嫌でも視線が注がれる。
好奇、羨望、嫉妬、それに嫌悪──弟達は注目の的だ。
「それでね、兄様」
先程からこちらばかりを見上げておしゃべりするラディは、サーフィの顔が序々に曇っていくことに気付かない。
番様と想い合っている自信を前提に、兄様がいなくならないように過剰にくっ付いているような懐きぶりだ。
いけないねラディ、兄様はお前が愛しいからこそきちんと兄離れをさせてあげないといけないようだ。
それに、アルファフェロモンのコントロールは上手くなったが、元ベータらしく他人の微弱なフェロモンには疎い義弟 と、感知能力を養わなかった弟を守らねばならん。
投げ付けられた悪意に、いい度胸だと鼻白む。
「──おっと、そうだった、兄様は職員室に呼ばれているのだった」
「ここでお待ちしてます!」
「いつまで掛かるか分からない、2人で楽しみなさい」
「はあい……」
サーフィに視線を送り眼差しで笑い掛けると、反抗ではなく安堵したかのように泣きそうな笑みを返された。
やはり彼は俺への劣等感を捨てられない、ラディにこうも兄への思いを見せつけられると彼は苦しむ。
儘ならんな。
「サフィー様、行きましょう」
「はいっ……!」
手を繋がれたサーフィの喜びに胸が痛い。やはり俺の進退を真剣に考えねばならないようだ。
その前に、悪い子にはしかと釘を刺す。
俺が単独行動を始めたらそそくさと逃げた背を大股で追い、呼び止めた。
「そこのオメガの1年生、止まりなさい」
「私に、ご用でしょうか……?」
ぎくりと肩を上げて振り返ったのは、まだ俺のデータベースに名前がない新入生。
サーフィを見つけて在籍生徒全員を調べなくなったことで名前は知らないが、彼の目的は分かっている。
「オメガは不用意に自分の身を危険に晒してはならない。入学前には教わっているはずだよ。フェロモンは無用に振り撒くものではない。──君は今し方私の義弟 サーフィ=ナフル・アーシュレーを誘惑しようとしたな?」
彼の目には憎悪が宿っていた、毎年少なからずいる俺とラディの恋物語に憧れる夢想者だろう。
「何故あんな野蛮な人がラディル様の番なのですか! ジェドリグ・ミカフォニス様こそラディル・ミカフォニス様に相応しいのに……!!」
「私が弟と番うことはない」
「でも……っ!」
余計なお世話だよ少年。
廊下を行く3年生以上は足を止めて、俺の逆鱗に触れる行いをした1年生を止めるか止めまいか考えをあぐねている。
その中で足音高く駆けて来た赤色のネクタイの2年生は、反論を吠えようとしていた少年を背に庇 った。
「ミカフォニス様……! 後は私が言い聞かせます!! 平にご容赦を!!」
身内か、幼馴染みだな。
足が震えているベータの彼の勇気に敬意を表し、俺は引いてやることにした。
「頼んだ」
「ジェドリグ様……! あなたはそれでいいのですか……!!」
「やめなさい!!」
困ったものだ、我々はね、兄弟なのだよ。
カフェテリアには到底行く気にはなれず、人気のない資料室へ入る。
よく鍵を掛け忘れられているこの小さな部屋は、カーテンが引かれた窓の近くに椅子があって小休憩に向いている。
「どうやら、疲れているらしい」
連日の不要な眠り薬のせいだけでなく、弟からの叶えられぬ期待と未来の義弟への憂慮、望ましくない事態に疲労が蓄積されていた。
こんな時アルファはオメガから癒やしを得るらしいが、生憎と俺には番がいない。
軋む椅子に深く腰掛け、ひととき休息を取ることにした。
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