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君を心から愛している①
我が国のオメガの殆 どは首輪 をしない。
オメガ保護教育徹底の象徴であり、オメガ達が自身の尊厳のために闘った歴史とも言える。
その一方、番に付けられた噛み痕はパートナー以外に見せないように工夫するのが一般的だ。
よって、多くの番持ちのオメガがレース襟やネックコルセットで首元を覆う。
我がリンド・ゴールド男子学院のシャツは第二性で区別されてない。ネクタイの学年別カラーは、1年生から、橙・赤・緑・青。首元の半分は襟で覆われている。
当学院はこの国で最もオメガが通う学校だ。青春を謳歌する若人のための特例がある。
「よくお似合いです、ラディル様、アーシュレー」
「ありがとうございます──」
「ちょっと照れくさいけど、嬉しいもんなんだな。俺にはあんま似合わないけど……」
「そんなことありません! 僕とサフィー様のために誂 えたシャツなのですから!! とってもお似合いです! 格好いいです!!!」
「ありがとうございます──」
俺の愛する弟ラディル・ミカフォニスは、この度めでたくサーフィ=ナフル・アーシュレーと番になった。
よって2人は早速襟元の高いボウタイブラウスを着用し始めた。
在学中の者同士が番になった時、片方が卒業した場合も継続的に、ブレザーの中をたった2人だけの揃いに変更できるのだ。
兄様は弟達の番祝いに最高級の仕立屋を呼び、彼らに似合う一品を作らせた。
サーフィは爽やかな黒髪と落ち着いた深い木肌色の瞳に、この数ヶ月で一気に伸びた高身長で貴公子さながらだが、照れが勝るのかまだ新しい衣装に着られてしまっている。
無論、金髪に青空色の瞳の可愛らしい容姿のラディには格別に似合っている。
「君も憧れがあるのかい、シャルル?」
「えっと──はい、一応」
「そうか」
「『そうか』じゃねえっすよ」
「そうですよ兄様!」
順風満帆、燦々と照っている太陽以上の眩しい煌 めきを放つ番同士を、愛されているオメガを、シャルルは羨ましそうに見ていた。
本人は伏せているつもりだろうが出てしまっていたので事実確認をしたら、弟達が猛然と批判してくる。
落ち込んでしまうシャルルに、流石の俺も気まずい。
大分俺はシャルルとのやり取りが下手な自覚が出てきたぞ。
「師匠って、その気もないのに恋人になったんですか?」
「アーシュレー……! いいから!」
「性交したいか否かであれば前者だが、その最中に項を噛みたいか問われれば『シャルルが望むから』が妥当だな。シャル、誤解するなよ、君の伴侶になれる幸運の中に番契約が含まれている」
シャルルのオメガ性の強さを決して否定しない、可愛らしいと思う。
我々が番わないのは偏 にジェドリグ・ミカフォニスの問題だ。
彼からの激しい抵抗と拒絶によって、獲物を逃すまいと初めての発情期 になって以降、俺にアルファの情動が訪れることはなかった。穏やかに彼を求めている。
「シャルル様のお身体を思えば番になることは必須ですからね!? 長年僕のお世話をしていた弊害……? すごく兄様らしいけど、このままではいけません……!」
「ラディル様、きっと大丈夫。僕達には隔 たりが多いから──諦めも重要なんです。ミカフォ……ジェドリグ様が心から望んでくださるのを待つと言ったのは私の方ですし」
「だからって!」
シャルルは俺と番になるのを熱望しているが、相手、つまり俺が番を欲しいと思いきれていないのが現状だ。
シャルルはこのままでは衰弱していくだろう。
だが彼は望まれて番契約をしたい。
しかし非常に困ったことに、平時の俺にはアルファとしての〝番欲しさ〟がほんの僅 かにもないのだ。恋人として彼を大変愛しく思うが、アルファの意識が先行しない。そのせいで彼は諦念を抱いてしまった。
「俺は君を苦しめる至らぬアルファだな」
「でもあなたでなければ駄目なのです」
「君を愛しているのは伝わっているか?」
「とても──その、そういうことをなさりたいのも……」
「……いやいやいや、そこまで言ってて逆に何で番えないんです?」
「ジェドリグ様が一風変わったアルファだからだね」
「兄様は、もう……!!」
サーフィはあらぬ疑いを持っているようだが、俺は健康的な青年期の男だぞ、欲望は普通にある。
シャルルとは会話を交わすことで互いの第二性への認識を共有した。
その時の我が恋人の驚きと呆れと寂しげな顔といったら、俺は己の不甲斐なさに臍 を噛んだぞ。
交わりたいのは紛れもない事実だが、俺達が今繋がると生涯に亘って禍根を残す。
第二性関連の話はセンシティブだ、昼時のカフェテリアで話すことでもなかった。
耳目 を集め過ぎているが、主に俺の動向が追われているのは3人もよく分かっている。
弟達は自分らの幸福を宣伝し、恋人は自分のみがジェドリグ・ミカフォニスに選ばれたことを喧伝している。
いじらしい微笑みを見ることを俺は望むようになったが、いつになったらアルファ性が転変するか──、乞うご期待ではいけない。
迅速に考えなければならない問題が他にもあるのが、兄様の大変なところだな。
「ところでサーフィ、居住の入れ替えについて寄宿舎に問い合わせてくれたかい?」
「あ……、まだです」
「サーフィ=ナフル・アーシュレー、問題を先送りにしてはいけないよ?」
「あなたにだけは言われたくないですね」
「私はラディの兄として繰り返さねばならん。君は番の傍にフリーのアルファがいることに大きなストレスを感じているはずだ。ラディも君とは離れていたくない。番となってより一層君を求めている。私が寄宿舎に入り君がミカフォニスの屋敷で暮らすのが最も合理的だ」
サーフィ、君はこれから同じ馬車に乗り込み同じ巣に入る、番を奪いかねない敵への排除思考に囚われていく。
君が俺を師匠と慕ってくれる間に片付けるべき問題だ。
俺の出奔希望に関しても、最終目的地が漸 く決まった。
「アーシュレー、第二性によって感じる苦しみは理屈じゃないよ。辛いものは辛いんだ」
「……シャルルが言うと説得力あるよな」
「ラディ、お前からもこの際ハッキリと兄様より番様がいいと言いなさい。でなければサーフィは国に帰ってしまうかもしれないよ」
弟をけしかけると、こらこらサーフィ、君が驚くんじゃない。シャルルを見なさい、溜息を吐きかけながらも目を伏せているではないか。君も一時深刻にしているものだよ。
「嫌だ!! サフィー様……離れて行かないで」
「あなたを置いてどこにも行かない! でも……師匠を追い出すなんて」
「兄様。寄宿舎に入れますか? 入って頂けますよね?」
「ラディル様!!」
いいね、ラディ、次期ミカフォニス家の当主の自覚を持ち始めた顔だ。
「サーフィ、我々4人の明るい未来計画なのだよ。私が元々家を出たがっていたのを忘れたかい?」
「サフィー様、あなたをお国に返しません。僕はあなたの番です、あなたに1番に傍にいてほしい。兄様はこの通り僕達2人のことをしっかりと考えてくださっています。何も迷うことはないんです」
正面と隣から言い募っていくと、本当は不安だったサーフィが笑い出す。シャルルも可笑しそうに眦を下げている。
「似てますね、お2人は。分かりました! 先輩、住まいを交換しましょう」
「ありがとう、サーフィ。君の良き小舅になれて嬉しいよ」
「よかったねアーシュレー」
「サフィー様!! 大好きです──」
「ラディル様っ、お兄様が見てますって!」
食事も終わっているから多少のお行儀の悪さは目を瞑 ろうねラディ。
抱き付かれて、義兄の手前抱き返すのに迷っているサーフィは──そうか、友人の前でもあるから照れているのか。
「今更だろう? よかったねラディ、サーフィを離すのではないよ」
「はい! サフィー様、今日から来て頂けますよね? 一緒に帰りましょう?」
「それはちょっと早過ぎるんじゃ……シャ、シャルル、ちょっとどうにかしてくれよ!」
「サフィー様! 僕を嫉妬させないでください!」
「ラディル様……!! 俺の、番様……」
いやはや、お熱くて大変喜ばしいことだ。
微笑みの裏、複雑な思いを忍ばせている恋人と指を絡めて、2人の世界に突入した番達を見守る。
「ジェドリグ様」
「何だい?」
「私はお兄様のお顔をされているあなた様が好きです」
「嬉しいよシャルル。君もああいうことがしたいんだね? 俺達も抱擁を交わそう。おいで」
「行きません! 致しません! できません! 無理です……!!」
そう勢いよく拒絶してくれるな、恥じ入る我が恋人よ。期待に潤んだ目をされると途端にいじめたくなるからお止めなさい。
君があんまり大きな声で否定するから、我が弟達の視線が戻って来てしまったよ。
「素直になった方が楽だぞシャルル。師匠が楽しみ出すと厄介だ」
「兄様はシャルル様とお話しされると少年のようですね。お2人を応援しています! 人目が気になるならよそを向いていましょうか?」
援護どうもありがとう。
さあどうしようねシャルル、君には見せつけたい気が十二分にあるのだろう?
「いえ……あの…………また耐えられなくなって気絶してしまうから……。ジェドリグ様……難しいです……」
「そうか、シャルル……残念だ……」
「シャルル様……」
「頑張れってシャルル! 慣れればいいんだって!」
「簡単に言わないでほしい!! 君はアルファだからこのお方の威力が分からないのだろう!? 命が幾つあっても足りないよ!!」
友の裏切りに、俺にはしない砕けた口調でシャルルがサーフィに反発している。
君の命は1つきり、丁重に扱っているつもりだよ。俺はまだそこまで君を激しく攻め立てたりしていないぞ、シャルル・ウェルクレーン。
「同じアルファだからドン引きしてるんだって。この人えげつないよな! だから頑張れ!」
「簡単に言ってくれる……!」
同学年同士の気安い会話に、面白くない気にさせられてしまう。
ラディもサーフィを取られた気がしてしまって、頬を膨らませていた。
難しいものだね。
最年長者としてこの場を一気に解決させようか。
「シャルル、2人きりになりたい。行くぞ」
「あっ──はい!」
了解もなしに立ち上がった俺に従順に付いて来たシャルルは、並んで歩いている間ずっとこちらを見上げていた。
不意に腕を取った少年の、この世の幸福を詰め込んだかのような笑顔は見事だった。
「ジェドリグ様──好きです」
「俺も好きだよ、シャルル。お前が愛おしい──っと、おいおい、言った側から腰を抜かすな。どうした──発情期 ではないようだが……」
抱き込んで密着したままフェロモンを嗅ぐと、シャルルは頼りなげに洟を鳴らした。弟達は揃って小型犬と中型犬──最近は片方大型犬だが、君はどちらかと言えば猫のようだな。
「あっ、あなた……お気付きではない……?」
「何がだ」
「僕を懐に入れてくださった──『お前』と……」
そう言われて気付く。
俺は君に対してのみ『俺』と話すし、ラディや極々親しい友人以外は『君』と呼ぶな。
身内か否かの区別は明確だった。俺の変化はシャルルにとって膝に力が入らなくなるほどの衝撃だったらしい。
「嬉しいです──」
「シャルル……すまんな。そこまで期待されると却 って呼び難いよ」
「そんな……!!」
「君が可愛いから仕方あるまい。それに俺は恋人は丁寧に扱う主義だ」
「ジェドリグ様──! もう……」
多少の雑さまで欲しがる君に感心してしまう。
シャルル、君は本当に俺が好きなのだな。
楚々とした中に確かな秘め事への欲望を滲ませる君は艶めかしい。
俺はアルファ性をどこに置いて来てしまったのだろう。
こんなにも貪欲に求めているのにすれ違ってしまう。甚 だ遺憾だ。
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