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君を心から愛している④
隔離室のアルファの職員は、俺と同じ空間にいられなかったのか早々に退室した。
1人静かな部屋で医学書を読みながら過ごし、やがて放課後を迎えたが、俺は今日、帰る場所がない。
「兄様!」
「ラディルさまッ……う……っ、がぁ……ッ」
「サフィー様?! サフィー様……!!」
手紙を寄越され裏庭のベンチで待っていた俺は、視界に入った途端地に崩れ落ちた義弟 に迂闊に近寄れない。
しかし、混乱に動じているラディを放置もしていられない。
「すまないね、耐えられるか?」
「平気です…………、すっげぇ、ですね……、寄宿舎立入禁止だもんなあ……!」
「サーフィ、君の抑制剤を貸してくれ。辛い思いをさせたくない」
校則により、番の有無に関わらずアルファとオメガは抑制剤の所持を義務付けられている。脂汗の滲む義弟から俺が使用している物より更に厳戒な薬品を受け取り、本日4本目を注射する。
自分よりも小柄な番の肩を借りてベンチに腰掛けたサーフィは、数分の内に一息吐くことができた。
俺の隣は無理だったのか、ラディを中央に座らせるのが異常事態を物語っている。
「こりゃ、シャルル、大変だったでしょうね」
「そんなに、ですか──?」
「俺がよく食らってたのは攻撃用の威嚇フェロモンですけど、今の師匠、すっごいんです。濃厚な恋を、してる、感じで……。自分以外のアルファ全員ぶちのめす! みたいな感じですねぇ。そこいらの奴なら逆にコロッといきますよ」
義兄と友人の色恋沙汰はそうも羞恥を湧かせるものなのか、俺の浮かれようが気恥ずかしいと見える。
サーフィは大変良くできたアルファだ。まず凶悪なフェロモンを放つ俺からラディを守ろうとした。百点満点だ。
俺の愛する弟達は、今朝の騒動には馬車の遅れによって巻き込まれなかったようだ。俺とシャルルのスキャンダラスな一幕は後から聞いたらしく、非常に心配を掛けてしまった。
「ラディル様は嗅げないですか? 番ができたら、とはよく聞きますよ。ラディル様がお気付きにならないのは、俺と、番になったからです──」
何だ、単にそれが誇らしいだけか。君も素直だねサーフィ。
しかしラディは考え込んだ眉根のまま、すんと鼻を鳴らした。
「全く分からない──ということは、オメガには大分危険なんですね」
「何故、そんな厳しい顔……昔から嗅ぎ過ぎてて、慣れてるから分からない、とかじゃないんですか?」
「実は僕、兄様のフェロモンは一時期からよく分からなくなってしまってて。安心するっていうのを匂いより雰囲気で判断しています。言う機会がなくて、すみません」
「血縁者は近親で行為をしないように、匂いに忌避感を持つことがよくある。俺はラディのオメガ性に1度は気に入られたが、早々に番適正なしと切り捨てられたのだよ」
誰彼構わず誘発してまうフェロモンを一切嗅ぎ取らない、まだ見ぬ運命の番に一途だった、聡明で兄思いの弟。
俺達兄弟の経緯を包み隠さず知らせたサーフィは、現在の俺の危険性に難しい顔をしているラディに輝かしい笑顔でにじり寄る。
「俺のためだと、俺に出逢うためだと、自惚れていいでしょうか?」
「あなた以外に誰がいるんです? 僕の番様」
「あぁ──! あなたが愛おしくて堪らない……!!」
ぶんぶんと振られる尻尾が見えるが、駄目だよこらこら、学内で盛るんじゃない、サーフィ=ナフル・アーシュレー。
自分を棚に上げて引き剥がすか迷うが、そこはしっかりとラディが腕を突っぱねた。
「サフィーさん、待って! シャルル様のこと兄様に話さないと!!」
「そうだった!」
「あなたの悪いところです──すぐにそうなる……」
「すみません……」
兄様は今途轍もなくシャルルに逢いたい気分だよ──だが真剣な顔つきの弟に佇 まいを直した。
「シャルルがどうした?」
「厳しいお話になるかもしれませんがよくお聞きくださいね。僕達オメガはお慕いするアルファに項を噛みたいと望まれないと、とても悲しくなります。消えてなくなってしまいたいと思います。今、ヒートになってしまったシャルルさんは、悪夢に入り込んでしまう」
「──あぁ、ラディ、心配には及ばない。私はこの後ウェルクレーン家に向かうつもりだ」
「えっ!?」
「あんた……意味、分かってんですか?」
「勿論だとも」
学年も住居も離れたとあって、可愛い弟達にはまだジェドリグ・ミカフォニスの真相を伝えられていなかった。
ウェルクレーン家当主のサイン入りの書状が午後には学院に着いていた。
俺を馬車に同乗させて送るか、或いは手配してくれていた弟の厚意を無下にしてしまうが、ラディの気掛かり同様に、今シャルル以外のオメガとは接触しない方がいい。
シャルルは第二性の苦しみは理屈ではないと言った。
事情説明のため場を設けているが、ラディ、今兄様はすぐにでもお前とは違う少年の元に向かいたいんだ。
恋はこうも人を変えるのだね。
「私はシャルルの項を噛むつもりだ」
「本当に? 兄様が──! よかった──」
「ラディル様ずっと気にされてたんですよ! 何でそんな大事なこと話さないんですか!」
「まず本人に、と思っていたところでああなってしまってな」
「あー……それは、お気の毒に」
アルファの本能、己のオメガに対する情熱を知っているサーフィは、しかし言葉とは裏腹に友人への祝福に溢れていた。
「ラディ、お前にはしかと伝えておこう。私は私のために生まれ、私がしたいように生き、私の幸せを見つけた。手を取り合いたい最愛を見つけたよ」
「まだ僕を運命と言うなら、アルファとしては下の下ですよ」
「そこは、どうか了承して頂きたいものです、ミカフォニス次期公爵閣下。私の番は彼を運命と呼ぶと怒りそうです」
お前のために生きて来た兄様は卒業だ。
お前を永遠 に愛しているが、天秤に掛けられない、また違った愛 をこの胸に抱いていたい。
軽口で別れを告げれば、ラディルは目元を和らげながらも口元は怒っている。
「父様はまだご健在ですよ! それに、兄様はまだまだオメガのことが分かってません!」
「これから、教えてもらいに行くんだ」
「そうでした──。行ってらっしゃいませ、兄様! 大丈夫です!」
「そうそう、あんた、ジェドリグ・ミカフォニス様なんですから」
「そんなに不安そうにしているかい?」
「サフィー様もよくしているお顔です。では、僕達はお先に。頑張ってくださいね、兄様!!」
弟に応援されることでもないのだが、仔犬ちゃん達の仲のいい後ろ姿を見送った。
暫 し時間を置いてから立ち上がる。
俺のアルファ性は本能を解き放っていい部屋でどう動くのか。恋人としてオメガとしてシャルルは受け入れてくれるのか。
「行こう」
日没前のマジックアワーの美しい濃淡の最上は、彼と初めて話した日の別れの際の瞳、悩み多き濃い紫。
同情は確かに存在していた、あの日俺はシャルルの恋心に気付き、すぐに忘れた。
時を経て従順な恋の僕 、ただの男になった俺に、彼は今度こそ笑ってくれるだろう。
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