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第10話 おそれ

 妃殿下の視察随行の後は、通常業務を挟んで、丸一日の休暇となった。ゆっくりと体を休め、その晩に四度目の交渉となった。 「室長、帰投直後ですのに、申し訳ありません。」  いつもの部屋に入ると、眉を下げたダートがアーネストを出迎えた。 「ええー?僕今日一日のんびりしてたよ。」 「でも……、昨日、室長あまりお元気なかったようでしたので。」 「そんなことないない。妃殿下から下賜された葡萄酒は結局ありつけなかったんだけど。」  なんですか、それ。笑いながらいうダートに、ひと舐めも残してくれなかった薄情ものたちの話をすると、今度こそ声をあげてダートが笑った。 「ひどいでしょー」 「今度、ぜひ美味しい葡萄酒でも飲みに行きましょう。」 「ほんと?嬉しいなあ」  こうして上官を飲みに誘ってくれるだなんて、まっすぐなやつだ。正直上官という立場の人間に、個人的に飲みに行こうだなんて、サシのみのリスクしかなくて怖い。  アーネストがにこにこと頷き、ソファにもたれると、ダートは少しだけ前のめりになって、じっとアーネストのことを見つめた。 「……ん?」  目を合わせてダートを促すと、一度口を開き、また閉じて。それから真剣な目をして言った。 「室長。今日は、俺に任せてください。」  ごくん。息を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。  手を取られ、寝台へといざなわれる。それから、ダートは無言で、そうっとアーネストを抱き寄せ、確かめるようにアーネストの目を見て、唇に目線を落とし、ゆっくりとキスをした。  体ごと寄せられた唇は、触れた瞬間少し止まって、それからグッと押しつけられた。その拍子に、体も触れ合う。ダートの中心が、固く、張り詰めているのがわかった。  この日のダートは、前回の練習のおかげか、とても落ち着いて見えた。前回同様キスにはじまり、その後はゆっくりと押し倒されて、ガウンをはだけられた。  相変わらずキスは好きなようだが、今日はアーネストの身体中をまさぐる手も迷いがない。体重をかけてのしかかられ、素肌が密着した時には、ダートの分厚い体に閉じ込められたような感覚すらあった。 「触りますね……」  唇に触れたまま、ささやくようにダートが言う。  何か答える前に、また口を塞がれた。  つ……、と、張り詰めたものの横を手がなぞり、ゆっくりと指が降りていくと、太ももの筋肉がわれ知らずわななくのを感じる。  そこにダートが自ら触れるのは、この日が初めてだった。    思わず首に力が入り、唇が離れる。薄く目を開けると、じっとこちらを伺うダートが見えた。  鼻先を触れ合わせ、促すように下から掬い上げられる。  まだ、指は入口の前で大人しく待機しており、アーネストの許可を待っているようだった。  微かに唇が触れる。――すぐに離れて、また触れる。  それは、アーネストの許しを求める行為だった。 「室長……」  焦れたのか、ダートが低くアーネストを呼ぶ。  アーネストは、深く息を吸って、一度強くしばたいてから、ゆっくり、ダートにキスを返した。  慎重に顎を引くと、ダートのそれが、アーネストの唇を追いかけてくる。  押し当てられて、舌先で唇をつつかれ、アーネストはそっと口を開いた。熱い舌先と共に、ダートの指が、ゆっくりと入口へ潜り込んでくる。  ――慎重に。 「――っ」  思わず力の入るアーネストに、ダートは大人しく待機した。唇が離れ、また鼻先を擦り合わせ、それから、少し伸び上がって、額にキスをする。  いつのまにか閉じていた目を開くと、先程までとは違い、こちらを伺うような、少し情けない顔のダートがいた。 「……あれ?ごめん。このまま、続けて?」  そう言って、少しだけ腰を揺らす。その拍子に、お互いの熱がぶつかり合い、ダートの眉がしかめられた。 「……っく」  しまったと思って大人しくすると、しかめっ面のまま、ダートがアーネストの鼻先をかじる。 「もう、なんだよそれ」  思わず笑ってしまうと、ダートが不機嫌そうに返した。 「痛そうなのとか、怖そうなのとか。……嫌です。」 「あー、そりゃ。死ぬほど痛いのとか、僕も困るよ。」  かじられた鼻先を指先でこすると、ダートは顔前にやってきたアーネストの手にもくらいついた。やわやわと、小指を唇で喰む。  なんだこの噛みつき虫。かわいいなあ。   「でも僕死ぬほど痛くさえなけりゃいいからさあ、そんなにご奉仕してくれなくていいんだってば。もうだいたいほぐしてきてるし、しようよ」 咥えられていない方の手で、入口からじっと動かないダートの腕をくすぐる。これをもっと大きいのに変えて、と言う意思表示だ。 「えっ…、そんなのやです!」 「あっ」  その拍子につぷりと指が奥へと入り込んできた。  こう見えて、アーネストはしっかりと3ヶ月の間準備をしてきたので、後ろは従順に侵入者を受け入れるのだ。 「ちょっ」  ダートは、自分の体を支えていた腕でアーネストの手を捕まえ、キスでアーネストの口を塞いだ。  もう片方の手で、少しだけダートの胸板を押し返してみるが、しっかりと体重をかけられて、柔らかい寝台の上で、アーネストの手は無力だった。  ゆっくり、ゆっくりとダートの指がもぐりこむ。あらかじめ香油をなじませたそこは、前後しながら押し込まれる指の感覚を拾う。  喉がなって、またダートの舌が深くまで差し込まれた。   「――っっ!」  指がうごめいたその瞬間、体がわななき、また、ぎゅっと入口が締まった。ダートは下から噛み付くようにアーネストの咥内を侵し、弱いところ――口蓋の裏を執拗になぞる。同じところを指で舌でゆるゆるとこすられると、そのたびに腹筋がひきつれ、鼻から息が抜けた。  ダートの指が、さらに奥へ押し込まれ、また途中まで引き抜かれる。いつまでも慣れない感覚だが、同じように上顎をなぞられ、手前をくすぐって出てゆく感覚に、思わず目をしばたく。準備のために胎内に含まれていた香油が、小さな音を立てた。  ちゅ、と、わざと音を立てて唇を離したダートは、じっとアーネストの目を覗き込む。 「俺がイったときの感覚は、室長にずっと残って繰り返すんですよね?室長に俺が残せるのが苦痛とか痛みだなんて、俺が俺を許せません。失礼します。」 「あっ、えっ」  言うが早いが、さっと身体を起こして向きを入れ替えると、アーネストの腰骨を押さえて体に跨った。体重はさほどかけられてはいないが、しっかりと関節を押さえられており、逃げられそうにない。 「逃げないでくださいね。」  低く唸るダートの吐息が、アーネストの熱をなでた。  さすが一般騎士になるべく鍛錬していただけある。アーネストはダートの体術の巧みさに一瞬ポカンとしてしまった。 「え……、何されんの僕、あっこら」  ダートは、立ち上がっていたアーネストに舌を這わせ、口に含んで愛撫し出した。男なら誰しも抗えない感覚が、しばらく触られ続けていた身体を襲い、腰が振れるのが止められない。 「くそ、おいこら、ダート、出たら賢者タイム入るからやめろって」 「だんっんん」 「あっ、そこでしゃべんな…!あぁっ、――――っ!」  思わず口を閉じて首を振り、快感を逃がそうとしても、ダートの舌技は思いの外緩急巧みであり、鈴口を舌で抉られた拍子には腰が跳ね上がってしまった。極めなかったのは、ひとえに「上司としてそんなに簡単に陥落するわけにいかない」という謎のプライドがゆえに違いない。なぜそんな負けん気が出てきたのかは自分でもよくわからないが。  極める直前の、高いところでなんとか踏み止まっている最中にふと目を開けると、目の前にはダートの張り詰めたものがあった。さっきまではもっと下の方にいたはずだが、浮いてしまったアーネストの腰に合わせてダートが身体の位置をずらした結果である。 (こいつもびっきびきじゃん…)  もう一度さっきのところを抉られたら、突き落とされてしまう。そんなギリギリのところで、見つけた敵の泣きどころ。それはほんの出来心であった。  ぺろり。目の前のダートに、舌を這わせてそっと掴み、しごく。つもりだった。 「なっ…あぁ!」  ものすごい勢いで顔面から遠ざかったダートのそれは、そのままアーネストの顔上で弾けた。腰を引いたダートが慌てて振り返ると、顔中体液まみれのアーネストがヘラっと笑っていた。 「ちょ!ちょっ、ああああんた何してんですか!くち、に、壁ができたら、き、キスとかできなくなるとこだったじゃないすか!」 「あ、ええ?」  まあ、口に道ができたら、確かに色々面倒…かもしれないか?  ディッカーがウルラにつける道は、他人を寄せ付けなくなる。つまり、ディッカー以外は、ってことだ。 「はは、たしかに。まあ、でも、別にキスくらいできなくたっていいよ僕は。」  こんなことをしておいて、室長をあんた呼ばわりしておいて、キスの言葉一つ言い淀むダートに、アーネストはニヤニヤを止められない。どころか、なぜかしてやった感があって、自分は寸止め状態ながら気分も良い。そんなアーネストを見て、ダートのあたまががっくりと下がる。 「そう言うわけにいかないでしょう。あんたお嫁さんもらって家の後継がなきゃじゃないですか…。」 「えー、ディープなのじゃなきゃ問題なさそうじゃない?ああでも、口が使えないと子作り大変?までも中にさえ出せるなら手伝ってもらえるじゃん。僕、口の方がいいかもフリードくん。」 「はあ?!何言ってるんですか!?」 「え?僕らの交渉を早く済ませる相談かな」 「そう言うことじゃありません…!」 「ええ、お口なら問題ないっしょ。あでも、ちゃんと入れてもらって道作らないと、ウルラの感覚がわかんないかなあ。」  せっかく僕らがウルラの気持ちをわかってあげられるチャンスなのにもったいないかなあ、などとアーネストが言うのに、ダートの眉がどんどんと下がっていった。 「ごめんって……、えーっと、続きしようか?」  すっかりしょんぼりしたものに手を伸ばすと、ダートの腕がそれを振り払った。   「ん?」 「あ…、すみません…。」  思わずと言った表情で自分を見つめ返す部下の顔に、アーネストは確かなおそれがあるのを感じ取った。  これは、失敗した。  口に道ができた時――その変化がもたらす影響に、ダートが責任を感じないはずがないのに。  ため息を堪えて、ぎゅっ、と、両目をつむる。そのまましばたくと、目の前のダートの顔がモヤッとぼやけた。 「いてて、君お顔にかけるんだもん。目に入っちゃったよ。お湯使ってくるね。」 「あの」 「また今度続きしようよ。あー…、せっかくなら、ちゃんとハジメテしたいし。今度は外でやんない?」 「外ですか?」 「この、交渉用の部屋じゃなくて、別の場所ってこと」  視界がボヤけているのだと気づいたダートが、アーネストの手を取ってベッドの段差を知らせる。あんがと、と返して、パチパチ目を瞬く。    ここ踏ん張り所だぞ、おにーさん。    自分に言い聞かせて、アーネストは見えていないフリで、うっかりベッドから足を踏み外した。さすがの瞬発力で、アーネストを抱き寄せて体制を整えたダートに軽く笑い声が漏れる。  おとなしく抱き寄せられて、体をくっつけると、筋肉に包まれた熱いダートの体が心地よかった。そのまま耳元でささやいてやる。 「あんがと。外では一緒に色々楽しもうねぇ」  は…、と、ため息のような、返事のようなものを漏らしたダートを置き去りに、浴室へ向かう。頭から湯をかぶり、顔もすすぐと、まだ元気いっぱいの自分が見えた。   「んー…」  いや、踏ん張りどころなのだ。わかっている。 「見えてない見えてない。」  アーネストは湯をかぶり、今度こそしっかりと身体を清めだした。

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