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第11話 背負うもの
外とは、つまり管理課が提供する部屋ではないところ、のことだ。いつもの「部屋」が儀式のキモだとはユーリから聞いていたが、実際のところはよくわからない。
まあ、どこでやっても道が着いてしまうなら、ディッカー候補の人間には性欲に関して相当不自由することになるだろう。自分はそんなのは勘弁願いたい。
しかし、お口の恐怖を味わってしまったダートを、またリスクのあるセックスに挑ませるのはしのびなかった。
男心は、かくも繊細なのだ。
「フリード」
執務室前の廊下を行く人物に声をかける。
ぴたっと立ち止まったその手には、訓練場へ運ぶ途中なのか、重しの入った木箱を抱えていた。
「室長、どうかなさいましたか。」
振り返り、姿勢を正してダートが返す。
「今日は早番だろう。この後付き合えるか?」
「……は」
カシャ
木箱の中から、重しの擦れ合う音がした。制御訓練の重しなので、そこそこ重たい。箱を抱え直したダートを見て、タイミングの悪い時に声をかけてしまったと悟る。
「悪い。それ持ってったらあがりな」
「――いえ、大丈夫です。お付き合いします。」
じゃあ、また30分後で。そう約束して別れる。
重たい木箱を、少し早足で運んでいくダートに、転ぶなよ!と声をかけて見送った。
その日はあいにくの雨だった。先日の随行の日から、雨の続くことが多く、川は水量を増していた。
アーネストらは、外套のフードをかぶって川べりに佇んでいた。
「フリードくん、ずいぶん水の扱いうまくなったろ?」
「うまく、はい。今は、ちゃんと水を動かしている感じが……します。」
「うん、いいことだ。人よりうまくならなくていい。君はとっくに、認められて入団してるから。ただ、できることを増やすことはやめない方がいい。……わかるだろ?」
「はい。」
少しだけアーネストより目線の低いダートは、じっと川面に顔を向けており、その顔は見えなかった。だが、声には芯があり、小さくフードが動いて、ダートが頷いたことがわかった。
「フリードくんの水魔法の制御が、驚くほど繊細なことは知ってるんだけどね」
そう言ってみると、ダートが、ぱっと振り向く。
「あ……、の。その」
みるみる頬を赤くしたダートが、すみません、と小さく呟く。とても上官に向けた言葉ではなかった。
「あはは、いや、文句言いたいわけじゃないよ。うまいって、僕褒めただろ?あの時。」
「ありがとうございます、その、そうなんですけど。その、俺あまり何も知らなくて」
哀れフリードくんは、魔法の練習の成果を披露してみたつもりが、上官に向かってどエロいいたずらを仕掛けていたことを、後で気付いたのだろう。
なんだか、気づかれたことが恥ずかしくなってきた。
「ともかく。魔法に求められることは、一辺倒じゃない。繊細さ、強さ、広さ、……あとたまに、美しさとか?」
ダートが頷く。これは、空間魔法でも同じことなので、ダートもわかっていることだろう。
「繊細な水魔法は日頃練習できるけど、強かったり広かったりは、」
川面を雨が打ちつけていた。
「こんな日じゃないとね。」
そういうと、ダートは、アーネストの目を見て、しっかりと頷いた。
水かさの増した川は、いつもより流れが早く、また濁っていた。
澄んだ水でないとイメージしづらいのか、すぐには扱えない人も時々いる。だが、ダートは迷いなく濁った川の水をコントロールしはじめた。
ダートに作らせたのは、水の溜まり場である。川の中に、水の流れが緩やかなところを作ることが目的で、水魔法を使う魔法騎士が、入団して初めに叩き込まれる魔法だ。
これを使える者がいるかいないかで、水難事故の救命率が全く変わってくる。
「やるね」
短く褒めると、少しはにかんだダートが、頷く。
「何をイメージした?」
少し考えて、ダートが言う。
「その。ゆるやかな流れに、抱かれるような……、」
答えあぐねるのに頷いてみせると、ダートは続けた。
「いえ、カップの中の紅茶です……。」
「なるほど。面白いイメージだな。これは、何をイメージするかは人によると思う。僕は手で掬い上げた水。溢れてもいいし、溢れてもいいけど、手は開かない。」
手のひらを丸くお椀の形にしてみせて、そんな感じ。というと、ダートが頷く。
「ただ」
手を開いてみせてから、またお椀の形にする。
「これは、川に流れている人、流されそうな人を見つけたら、すぐに作れないといけない。だから、自分のイメージを大事にするんだ」
ダートは、アーネストの目を見つめて、しっかりと頷いた。
「……はい。わかりました。」
何度か水の溜まり場を作らせてみてから、アーネストは今日の仕上げをすることにした。
「じゃあ、この川の水を少し堰き止めてみよう。」
「そ、そんなことしてもいいんですか」
驚いたようにいうのに、すぐに解放するよ。と告げる。
コントロールしきれない水は、そのまま溢れ出してくるからだ。
ダートは、心得たように頷くと、勢いよく流れる川の水をその場にとどめ始めた。くるくると水面に向かって巻き上がる水の壁ができ、下流の水量が減っていく。
水の勢いをものともしない様子に、内心舌を巻いた。
「よし、ゆっくり解放しろ」
「……はいっ。」
さすがに、勢いのある濁流を制御するのはダートにとって厳しかったようだ。壁を開放した時、心持ち、息が上がっていた。
「川の水を堰き止めてみて、何を感じた?」
息を整えながら、アーネストの方を見て、はっきりとダートが言う。
「怖かったです」
「……なぜ、怖くなった?」
「止めてみるとわかりました。川の水は、俺の足より低いところを流れているだけなのに」
ダートは、一度歯を食いしばり、続けた。
「思っていたよりも、ずっと多くの水が流れてきました。」
雨がダートの髪から滴り落ちる。
「コントロールを失ったら、どうなってしまうのかと……。」
荒れた川を見つめるダートは、正しく恐れている。
アーネストはそう感じた。
「そう。だからフリード。君はその怖さを忘れないことだ。」
ダートは、アーネストに目線をよこして、じっと続きを待つ。
「魔法騎士は、川の水を堰き止めはしない。流れを横にずらしたり、一部を和らげたりする。でも。――――君はディッカーだ。」
ダートの目をしっかりと見つめて、告げた。
「ディッカーは、その恐れを背負って、大きな力を使う者だ。」
覚えておくように。
そういったアーネストを見つめるダートの唇は、少し青ざめていた。
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