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第14話 隙間
アーネストの私邸は、街の喧騒からは少し引っ込んだところにある。
ちょっとした用向きのある時にだけ使う個人的な家なので、かなり簡素ではある。が、その簡素さが個人的には気に入りの空間だ。
失礼いたします。そう言って入ってきたダートは、興味津々な様子を隠しもしなかった。
「そこ座ってな。君の上官がお茶を淹れてやろうじゃないか」
「おっ恐れ多いです、自分がやります」
そう言って、慌てて寄ってくるダートに、くっくっと笑いが漏れる。
「一応今は君はお客さんだから、おとなしく座っときなさい。ああ、そういえば、転移魔法に関する考証を取り寄せたから、興味あったら見てごらん」
ほらそこに、とチェストの上の書類の束を示してやると、少し眉を下げたダートは、困ったように言った。
「……すみません室長。自分、その、今は論文などを読める気がしません」
カチャ、と、手元で茶器が音を立てた。
――ああ、そりゃそうか。
「じゃあ、それはまた今度な」
この日は、いつもの通り、臨時の使用人が家を整えておいてくれたので、すでに暖炉には火が入り、家の中は暖かな空気で満たされていた。
とはいえ、この日は先日ほど冷え込むこともなかったが。
キッチンに簡単な食事も用意しておくよう頼んでおいたが……、まだ食べ盛りだろうダートには、もしかすると足りないかもしれない。
手元にダートの視線を感じて、そちらを見やる。ダートの目は、ずっとアーネストの手元を眺めていた。
「どうぞ」
「……ありがとうございます。」
ほんの微かな音を立てて、カップが持ち上げられる。立ち上る湯気が、ダートの鼻先をくすぐっていた。
「あの、室長」
「……ん?」
「その、飲みづらいです」
言われてようやく、ダートの口元をずっと眺めていたことに気づく。
――何やってんだ。
意味もなく眉間を撫でて、それから、謝った。
「ごめん、お口に合うか気になっちゃって」
ぽつり、ぽつりと会話をしながら、食事をいただく。食器を下げるのは、自分もやると言うので、ダートに手伝わせた。
とはいえ、片付けが面倒でない程度の食事なので、重ねておいておくだけなのだが。
キッチンに食器を運び終え、ふと隣を見る。
ダートもこちらを見ていた。
「あの……」
何か言いかけたダートの、鼻の頭を、人差し指の背でこすってやる。
「行こう」
ダートが、頷きを返した。
ダートの先に立って、寝室へと移動する。まだカーテンが引かれておらず、暗くなり始めた夜の色が、室内にも滲んでいた。
あかりに火をともし、それから、カーテンを引く。
官舎から持ち出してきた香油を寝台の脇に置き、それからダートに向き直った。
「どうする?――このまま、はじめるか?」
静かな部屋の中、ダートの喉がなったのが微かに聞こえた。
「……はい」
うん。頷いて、自分の上衣に手を伸ばした。
お互い、しばらく無言だった。
慣例上、形式上の恋人ではある――――まあ、明確な確認はなかった――――が、想い合う者同士なわけでもない。なので、伝えるべき言葉も、確かにない。これがゆきずりの相手なら、チャンスを逃がさないためにも、言葉を尽くす――――かもしれない。
結局、この場では、無言であることこそ誠実と言えるのかも知れない。
上衣の袖を抜き、ソファの背にかける。ベルトを緩めたところで、そっと、ダートが肘に触れてきた。その指が、上腕をたどる。
同じように上裸となったダートが、アーネストの肩を見つめていた。
「どうした?」
「……いえ。――――重たいものの、たくさん乗った肩なんだな、と」
返す言葉を見つけられず、ただ、ダートの目を見返す。
ダートはまだ、肩のあたりをじっと見つめていて、それから、そのまま自分の方へと引き寄せた。
お互いの体温が触れる。
「始めましょう。」
「外」に出たのは、おそらく正解だった。――アーネストは思う。
ダートは、恐れることなく、驚くほど冷静に、丁寧にアーネストに触れた。アーネストは、全てを拒むことなく受け入れた。そうすることが、今のダートには必要だと感じていた。
あまりに丁寧に体中を暴かれたので――――教えていないようなところまで――――、しばらくした頃アーネストにできたのは、首を振って、どうにかこの感覚から逃れようとすることだけだった。
後ろに潜り込んだ指は、アーネストの体温を確かめるようあちこち動き、最終的には、間接一つ分潜り込んだところをゆるゆると押し込むのが――――
その度にアーネストが逃げようとするのが、気に入ったらしい。
また、そんなところを的確に探り当てるくせに、ダートは、時々アーネストの足を持ち上げ、膝小僧に恭しく唇を落としたり、脛を唇で啄んだりもした。そんな時、アーネストはダートと絡まった視線を外すことができず、ゆるんだ喉からは、思いがけない甘い声がこぼれもした。
「――っ、フリー……ド」
呼びかけに顔をあげるダートに、目を合わせる。
「も……、そろそろ」
アーネストの言葉に、ダートはこちらをみたままゆっくりと頭を下げて、硬くなったものの先端近くを、柔らかく舌でくすぐった。
アーネストの下腹が、びくびくと引き攣れる。
ダートはそこからすぐに離れて、次は、中に入ったままの指をゆるゆると動かした。
「……も、っ」
尻の筋肉に力が入り、腰がわずかに跳ねる。
――お手上げだった。
「……はい。」
かすれた声で返事をしたダートは、ゆっくり、一本ずつアーネストのうしろから撤退した。
呼吸を整えながらぼんやり眺めていると、ダートの顔が近づいてきて、眼前で一度止まり、ゆっくりと呼吸を奪われた。
すぐに解放されたが、お互いの呼気が交じり合い、なぜかもう一度触れたくなった。
首を伸ばして、ダートの口を塞ぎ、舌先で相手の舌を誘い出す。まんまと乗せられたダートが入ってくる頃、ダートの熱も、アーネストの入り口をノックしていた。
投げ出していた腕を、持ち上げる。ダートの背中に手を回して、ゆるく抱きついた。
ぐ、と、入り口が口を開かされている。
ゆるくダートの舌を味わいながら、顔の角度を変える。もう少し、深くまでお互いの口の中を暴き合った。
丸みのある先端が入り込んだ拍子に、喉の奥で、声を上げる。ダートの背中に回した腕に力が入り、腰が跳ねた。ダートの腰も、小刻みに跳ね、背中がやや丸まったのを感じる。
ダートは、少しの間そうしていたが、やがて、詰めていた息を解放した。赤く上気した頬で、睨みつけるようにアーネストを見つめている。音を立ててお互いの唇を解放すると、アーネストの鼻先に、自分の鼻先を擦り合わせた。ついでのように唇をぶつけ合わせると、体を起こした。
反動で、頭を突っ込んでいたダートのものが、もう少しだけ押し込まれる。アーネストは、思わず名前を呼んだ。
「フリード――っ」
ダートが動きを止め、アーネストの顔を覗き込む。
「痛みますか」
ゆるゆると首を振って応えると、ダートは慎重に体制を変えて、アーネストの足を肩に担ぎ上げるようにした。
「いきますね。」
宣言してから、ゆっくりと腰を進めるダートに、アーネストも協力する。入り口を締め付けないように。
腰が進むごとに、ダートの体が近づいてきて、折り畳まれた足の苦しさと、中で感じる圧迫感とが増していった。
強く歯を食いしばり、こめかみに汗の滲むダートを見て、快感を拾っているわけではなさそうだと気づく。
「き……、キツいよな」
目があった。
「悪い」
息継ぎの合間に謝ると、ダートが動きを止め、――――泣きそうな顔をした。何か言いかけて口を開き、やめると、最後まで押し込んだ。
「――――っぁ!」
不意打ちに、首がのけぞった。
そのまま息を詰め、枕に後頭部を擦り付ける。
そんな様子をよそに、腰が、さらに奥へ、奥へと押しつけられる。もう、これ以上進めないのに。
「ま……っぅ、――まて、って」
何度目かの制止でやっと落ち着いたダートは、眉根を寄せたまま息を荒げており、食い入るようにこちらを見つめていた。
腹筋の震えをなんとかいさめようとすると、尻に力が入ってしまう。その度に、ダートが息を詰める気配があるので、なんとか力を抜こうとして――。
「ぁあ……っ!」
入り込める気配を感じ取ったのか、ダートが腰をこねた。つられて、また、食い締めてしまう。
「――まてっ、て、ば」
力を抜くことはあきらめて、枕に押し付けていた頭を少し持ち上げた。
ダートから目を離さないまま、そっと手を伸ばす。下から結合部に指を差し込もうとすると、もう、ぴったりとダートの腰がアーネストに密着していた。
「こ……、これ、はぁっ……。もう、これ以上、ないから。」
なんとかそう伝える。入れて、出し入れして、出す。次のステップへの合図として。
ぐっと腰が押しつけられた。少し、控えめに。
あ……――、泣く。
いつもの、可愛いうるうるお目目――――ではない、悔しそうな涙目のダートが、それでも2、3度まばたきをして、アーネストを睨みつけた。
「そういう……、そういうことじゃ、ありません……!」
思ってもみなかったほど強い口調で言い切られて、思わず息を詰めた。
何も言えないまましばらく見ていると、アーネストから目を離さないまま、ダートは肩に担いでいた足をゆっくりと下ろした。
ぐいと上体を倒してきたダートが、また言う。
「そうじゃありません。」
ダートの低い声が、アーネストの上に降ってきた。
「えぇ……?」
二人の間にそわせていた手を取られ、ダートのうなじに乗せられる。もう片方も、同じように重ねられる。
「室長。……キス、しますね。」
「え、あ……、はい」
名を呼ばれて、念を押すように宣言され、ついかしこまってしまった。そんなアーネストを少しの間眺めたダートは、軽く息をつくと、伸び上がってキスをした。
アーネストの両手が、まるでダートを引き寄せているみたいだ、と気づく。
――うわなにこれ、はっず。
あまりの照れ臭さに身体中が震え、ダートが目をすがめた。目を開けていられず、ぎゅっと閉じて、それから、あえてダートを強く抱き寄せる。
二人の間にある隙間が、恥ずかしかった。
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