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第15話 ふるまい
翌日は、巡回任務の日だった。
通常デイッカーは巡回任務には当たらず、室内持ち回りの三交代で王都全体の警護にあたっている。だが、良くも悪くも化け物集団である特殊室の連中は、放っておくと騎士団の中で浮いてしまう。普段から顔を見て信頼を積み重ねていない者に、最後の望みをつなげる人間は多くない。
だからアーネストは、必ず月に一度、特殊室の室員も巡回業務に組み込まれるよう采配していた。
「いいか、お前ただでさえ体がデカくて威圧的なんだから、巡回の時くらいかわいく笑ってみせろ」
スコットが、新米騎士にくどくどと説教を垂れている。
その子、そんなでも結構可愛いよ。――とはさすがに言えず、その様子を他の隊の騎士と一緒になって眺めていた。
「室長さんとこの新人、ガタイいいですね。」
年嵩の騎士が、スコットに叱られているダートを見て朗らかに笑う。今日のダートは、ガタイくらいしか褒めるところがないからだ。アーネストなど、今日は目も合わせてもらえない。
「なんか、今日はあいつブスくれててすみません……。普段もうちょい可愛げあるんですけど。」
「巡回初めてじゃないでしょう?緊張ですかね」
いやあ、もう3回目くらいのはずなんだけどなあ。
スコットからは特に懸念を聞いていなかったはずなので、アーネストも戸惑っていた。今日は、ダートの仕上がり具合を確認して、今後は一人前に巡回任務の頭に入れてもらうための、ちょっとした考査みたいなものだった。
夜間巡回ということで、一行は酒場や食堂、少し行けば娼館なども立ち並ぶ一角へと向かい、階段の続く道を歩いていた。
「室長、なんか足やりました?」
前を行く二人をなんとなしに眺めていたところ、スコットが振り返って言った。
「あー?え、なんか変?」
「はあ、足音が」
「そっか。や、確かにちょい違和感あるけど、怪我とかじゃないよ。」
筋肉痛かなあとボヤくと、ダートが足を緩めた。
「ん?」
「――大丈夫ですか……?」
「えっ、そんな深刻なもんじゃないよ!ごめんごめん」
何やらスコットとの会話を深刻に受け取ったらしいダートに、心配無用と笑って返す。
「年だね、年。やだねえ。」
「何言ってんですか。室長若いじゃないですか……」
スコットはそういうけど、もう20代折り返しなんだよなあ、とぼんやり思うと、同行の騎士が言った。
「――私からしたらみんな若いですよ。」
道中、迷子を保護したが、お陰で肩の力も抜けたのか、アーネストの目には、ダートはひとまず調子を取り戻しているように見えた。
「――――――!――――!!」
怒鳴り声のようなものが聞こえ、全員、口を閉じてあたりを見回す。
「こっちです。先輩、行きましょう。」
「よし。――ドランさん、周辺警戒お願いします。」
二人は声のする方へと足を向けた。
巡回は基本三人1組。何かがあれば、基本的には若手がペアで行動し、後方警戒は年嵩の人間が引き受ける。本当に難しいのは、荒事よりも、街の人間たちの安全配慮や誘導だからだ。
アーネストは、よし。と、心の中で丸を二つつけた。ダートは落ち着いて警戒し、きちんとスコットとの連携を確認した。
「自分も向かいますね。応援要請あればまずは自分が出ますんで。」
今日のアーネストはあくまで外野なので――緊急事態になればそんなことも言っていられないのだが――、警戒はドランに任せて二人の後を追った。
そこは喧騒に包まれていた。酔っ払いの喧嘩なのか、男たちが殴り合いをしており、その周りに人だかりができていた。
現場に現れた騎士のことを気にも留めず、何やら言い合い、またこぶしを振おうとして――――、ダートがその手を奪って、地面に伏せさせた。スコットも、喧嘩の相手を引き離し、地面に座らせていた。興奮しているのか、指示の通りに座ってはいても、まだ腰を浮かせて相手の男に言い募っている。
ダートが男を後ろ手に縛ったところで、人垣の人間の腰から、一人の男が短剣をひったくった。まずい。二人からは距離がある。
アーネストは応援の体勢に入るため、そちらに足を踏み出し――
「刃物を捨てろ!」
ダートの声が、喧騒を切り裂いた。
その声に、刃物を持った男はぴくりと手を止める。押さえ込んだ男の腕をスコットに託したダートが――一瞬、アーネストを見てから、駆け寄り、刃物を叩き落とした。
結局、騒動はそれで収まり、短剣を持ち出した男も、すぐにおとなしくなった。先程は、連れが捕縛されたのをみて、頭に血が登ったらしい。実害はなかったが、詰所でこれからこってり絞られるだろう。
「フリード、今後の巡回業務は、頭数に入ってもらう。当面スコットとワンセットになるが、十分ひとり立ちできてると判断した。励めよ。」
深夜番と交代し、団に戻ってきてから考査の講評である。
「はい。みなさんの足を引っ張らないように努めます。」
執務室にはスコットもいた。ダートの返事を聞いて軽く頷いている。
だが――。改善すべき点もいくつかある。
「ただ、気になった点がなかったわけじゃない。一点だけ。」
前置きに、改めて姿勢を正したダートに、目を合わせて伝える。
「飲み屋での喧嘩の時。刃物出してきたやつの制圧の際に、警戒対象から目を離したことは減点。僕が警戒すべき対象ならともかく、あの場面で知り合いに気を取られるな。」
「――はい。申し訳ありません。」
「巡回に出る回数が増えるごと、街には知り合いが増えてく。いちいち気にしてたらキリがないぞ。」
講評は以上、と伝えると、ぎゅっと口をつむったダートが一礼する。それで、ああ、と思い出した。
「あ、あとなフリード。講評とは別に、大事なことを言っておく」
チラとスコットを見て、スコットもこちらを見ているのを確認する。
「巡回の初め、なんか不機嫌だっただろう。」
「――いえ、あの。すみません。あまりわからず……」
「君が不機嫌だったかどうかじゃなく、不機嫌な顔するなってカーターから注意を受けていたな。」
「はい、間違いありません。」
言い方を変えてみると、ダートは素直に頷いた。
その様子に、こちらも頷き返してやる。
「巡回中は、市民に無駄な威圧を感じさせないこと。騎士が怯えられていいのは制圧対象からだけだ。わかってるよな?」
「はい」
「すぐに切り替えていたし、大丈夫だろうと思うが、……お前は騎士だ。何があっても、職務中に私情を顔に出すな。これは今後の課題として覚えとけ。」
「――はい。申し訳ありませんでした。ご指導ありがとうございます。」
うん。と頷いてみせる。仕事だと割り切れば、できる男だろう。
それから、アーネストは少し姿勢を崩してダートの顔を覗き込んだ。
「それで、今日……なんかあったのか?」
「……は。」
ぽかんとこちらを見返すダートに、だってなんか機嫌悪かったろー。珍しく。と返すと、なぜだか困った顔をしてダートは返事をしない。
スコットの方を見てみても、首を振るばかりで、特に何も聞いていないようだった。
「……まあ、なんかあったら誰かに相談しろよ。僕でもいいし、スコットでも。」
そう言って、考査の結果用紙を渡す。本人や指導者の署名も入れて、詰所に出したら今日の仕事は終わりだ。
ダートは、絞り出すように「はい」というと、用紙を受け取った。
ダートが署名し、そこにスコットも署名を書き加える。インク壺にペンを浸しながらスコットが言った。
「まあでも、お前室長大好きすぎだからな。いると、つい見ちゃう気持ちはわかるけど。制圧中にそれはないわ。」
「だっ、えっ」
目を見開いて狼狽するダートに、さらにスコットが言う。
「大好きだろ?いっつも「敬愛しております!」って顔で室長のこと見てる」
「わお熱烈。嬉しいなあフリードくん」
「ねつっ、いや、そんなんじゃ。いや、そうじゃなくて」
そんな風に部下に慕われるのは素直に嬉しい。なので、アーネストはニコニコ顔をとめられなかった。
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