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第17話 道
ウルラになる覚悟とは、道をつける時の負担だとか、その後のことだとか、そうしたことだけなのではなく。ディッカーの覚悟を受け取ること、そのものなのかもしれない。
ダートだから、番いになりたい――、とまでは言えないが、自分がダートと番いたいことは、紛れもない事実で。
そうしたことをなんとか伝え、アーネストはダートの申し出を受け入れた。
――わかっています。
ダートはそう言って、アーネストに向かって、小さく笑った。
「室長は……、」
ダートがそこで言葉を切って、しばらく黙っているので、「ん?」と促してやる。ダートは、少し視線を彷徨わせてから、こちらに目を合わさないまま言った。
「多少の痛みや苦痛は、構わないとおっしゃいました。」
「……うん。」
「でも、自分は、そんなのは嫌なんです。痛いとか、……苦しいとか。」
もう一度、考えてみる。痛みや、苦痛。それが、毎日のように繰り返されることが、自分にとってどのような意味を持つか。
「……俺はね、フリード。」
こめかみを乗せた左手の指先で、なんとなく頭を掻く。よく考えて、それでも結論は変わらなかった。
顔を上げて、ダートを見上げる。
「やっぱり、少しくらいの痛みや苦痛は、構わないと思う。それだけじゃなくて、何もない方が、嫌かもしれないな。」
沈黙が、続きを促す。
「うまく言えないけど……。痛くても。苦しくても。
何か残って欲しい。」
目線が絡んで、それから、ダートはうつむいて、ゆっくりと息を吐き――
「そんなの、……ずるいです。」
思わず、へらっと、顔が崩れてしまった。
その通りかもしれない。
「ごめん……。でも、これが、俺の本心だから。」
俯いた姿勢のまま、組んだ両手に額を預けたダートは、うめくような声をあげた。
「できるだけ……。できるだけ、少し、だけになるように、させてください。」
――お願いします。
俯いた頭を撫でてやりたくなって、でも、引っ込める。
代わりに、一言だけ返した。
「うん。」
普通なら、こんな気持ちのまま、番い交渉――つまり、セックスができるとは思えないが、交渉の期限は迫っており、日を改めることもできなかった。
これまで練習してきた通り、ダートが少しずつアーネストの体を開いていく。丁寧にキスをして、熱を交わす。少しだけ違ったのは、この日はアーネストも、少しだけダートの体に触れ、その欲を高める手伝いをしたことだ。
――もしかしたら、難しいのかも知れないと思ったので。
だが、ダートはもうアーネストに触れられても、すぐに我を忘れてしまうことはなかったし、戸惑って先に進めなくなることもなかった。
ただ一つ――、誤算があったとすれば。
ダートに与えられる感覚が、思っていた以上に、アーネストの体を翻弄していたことだ。
皮肉にも、これまでの練習の成果がいきていた。
「入れます」
ひた、と、入り口にあてがわれた熱い塊に、アーネストの尻には思わず力が入った。それでも、香油のおかげでぬるつくそこは、ダートを拒みはしない。だが、ダートは勝手には入らず、腰を少しだけ揺らして入り口をノックした。
「……入らせてください」
その言葉に、なぜだか喉が詰まる。それでも、アーネストは少し伸び上がって、ダートにキスをした。唇を開けて、ダートの舌を迎え入れる。
同じように、ダートが、アーネストの中に入ってきた。
「ぅ……、――はぁっ」
唇を解放されて、息が大きく漏れる。
小刻みに、慎重に進もうとする様子に、ダートが、本人の「できるだけ」、頑張っているのだと感じる。
だがダートの熱は、なかなか奥へと進んでこなかった。
「――、――――っ!」
痛い、のとは違う。苦しいわけでもない。ただ、どうしても体の力を抜くことができない。押し込まれる熱に、反射的に体が跳ねる。息が詰まって、喉が鳴る。
「ぁあっ、フリード、ダート!やめろ!」
苦しげな顔をしたダートが、アーネストのペニスに手を伸ばした時。
出そうになったのを反射的に止めようとして、止められなかった。今引き絞れば、1番辛いのはダートだと、気づいてしまったので。
「――ぅぁぁ……っっ!」
口にこぶしを押し当てて声を殺すが、中途半端な射精はゆるく流れ、アーネストの視界はグラグラと揺れた。
「し、室長っ」
慌てた声で名を呼び、顔を覗き込んだダートに、小刻みに頷く。少し漏れただけだ。問題などない。
答えられない代わりに、ダートの背中に腕を回した。抱き寄せ、少し上に引き上げる動作をすると、察したダートは再び、今度こそ力の抜けた、アーネストの中へと進み始めた。
ゆっくりと、慎重に押し込められたダートの熱は、アーネストの奥をみっちりと塞いでおり、少し動けば、アーネストの体ごと揺れるほどしっかりと繋がっていた。
「……だいじょ、……痛くないですか。」
耳元でささやく低い声が、アーネストの中に広がる。
ダートにわかるよう、顔を傾けて頬をつけ、二度、小さく頷いてみせる。
「……痛くない。」
ぐい、と、頭を押し返される。
「苦しくも、ないですか。」
「ふっ、ふふ」
なぜだか、可愛くて愛おしくて、笑みがこぼれてしまう。
「ちょっとくらい、くれよ。」
腕の力を強めてみると、ダートも、アーネストの背中に手を回し、ぎゅうと、息苦しいほど抱きしめてきた。
いいな、と思う。こう言うのが残るのならば、とてもいいのに。
少しの間、そうして互いに抱きしめあって。どちらからともなく、腕の力を緩めた。
「今だけ……」
ささやく唇が、そのまま耳元をなでるようについばむ。
「今だけ、なので――。」
吐息が鼓膜を震わせた。
「――…………。」
「……ん?」
その途端、ダートが、強く腰を押し付けた。腹膜が押し上げられて、息が詰まり、体がびくつく。ダートに閉じ込められているので、跳ねるほどは動かなかった。
そのまま、少し後退して、押し込み、また、繰り返す。
折りたたまれた体の苦しさや、ダートの腕の重み、押し込まれた熱さ、胸の、どうしようもなく押しつぶされるような、なにか。
全部全部、残るといい。――――残ればいい。
「室長…、しつちょ…っ」
声を押し殺して、息を詰めていたところに、名を呼ばれて目を開ける。いつもの、うるうるお目目の――ではない。それをこらえるような、真剣な目をしたダートがいた。
すがりつくように唇を塞がれて、お互いの喉がなる音だけが続く。
その間にも目を離すまいとこちらを見る、強くて、熱い目線に、なぜだか震えるほどの怖さを感じた。
ーーーあぁ……、この、必死な目が、好きだ。
その時、がりっと唇に歯を立てられて、意識が明瞭になった。
ダートの腰が震え、奥に濡れた感覚を覚える。
そのまましばらくじっとしている間も、文字通り噛み付かれた唇は、ダートの唇でしっかりと塞がれていた。
おそらく、――今ので、道はできた。
「ーーーっ、くそっ」
ダートの声で、余韻から引き戻される。アーネストの口元をみて、眉をしかめるダートに、ああ、と思い至る。
これくらいは別にいいのだが。
よくよく考えれば、これまでも噛み付かれたことがあった。
かわいい部下の噛み癖に気づいて、不思議と軽い笑いが込み上げた。
ーーー好きって言うか、かわいいやつだ。
ダートは、すぐには出て行こうとしなかった。
アーネストも、おそらくこれで最後だ、と思うと、急かす気持ちにはなれない。ただ、腕に力を込めて引き寄せれば、ダートはおとなしくくっついて、肩口に顔を埋めた。近いところで息づかいが聞こえる。少し顔をすりつけると、ダートも、控えめに顔を寄せてきた。
ふふっと、つい笑い声がもれる。
しばらくそうしてから、落ち着いてきたダートの背中を解放してやると、逆にダートからはぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
「ん、フリード。ありがと。もう大丈夫だから。」
「うぅ……っ」
耳元でくぐもった声が聞こえて、おや?と思う。驚いて両肩を押すと、離されまいと言う力でダートがしがみついてくる。
「おいこら、フリード、どうした?」
「室長……っ。……ぅぐっ。」
くっついているダートの胸が震え、ようやく、ダートが泣いているのだと察した。
まあ、ここまで、本当に長かった。
ダートの覚悟が重かった分、不安だらけだっただろう、と思う。それに、管理課の通達も。
「泣くなよ、大丈夫だって。今の、ちゃんと道できたと思うぞ?」
頭に手をやって撫でくりまわしてやると、こらえていたらしい泣き声が、少し大きくなった。
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