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第19話 しるし
ダートの遠隔魔力操作技術はすでに充分で、一度道のついた今では、距離があっても魔力譲渡に支障はない――というのが、セロの見立てだった。
つまり、番いとしてアーネストとダートが顔を合わせる必要はもうない、そういうことだ。
ダート・フリードに対する正式なディッカー任命通知は、交渉成立の翌日、上官であるところの、アーネストの元にも通例通り届けられた。
この立場ではよく目にする管理課からの――つまり、妃殿下からの通達。それを、アーネストは――いつも通り淡々と開いた。
「セドリック」
執務室で作業をしていたセドリックに声をかける。
「はい」
手を止めてこちらを見るセドリックに、封書を掲げてみせる。
「喜べ。いい知らせだ。カーターとフリードの、――次の日勤予定を確認してくれるか。」
封書と、ダートの名前を聞いたセドリックが、顔を輝かせる。
「あいつ……、やっと、やーっと番えたんですね!あー、番いに振られたのかと思ってドキドキしてました。」
「……振られた?って?」
ギョッとして聞き返す。自分とダートは、そんな言葉が飛び出してくる関係だったか?
「だって、ディッカー候補で入室してきたってことは、入団の時には番い候補がいたってことですよね。なら、準備期間の3ヶ月が過ぎたら、すぐにでも番うはずじゃないですか。」
まくし立てられる言葉に、なるほど、と思う。
確かにまあ、何事もなければそうだった――かもしれない。
「でももう4ヶ月くらい経ちますよね。――だから、ウルラの子に、交渉拒否されたのかなとか、あっちに恋人でもできちゃったのかなとか……、本人には聞けないですし……。」
ああ、と、思い出す。そういえば、セドリックからは前にダートのことを心配されていたし、スコットも同じ心配をしていた。
「心配してくれてたのか。ありがとう。」
「いやまあ、心配してただけですけどね。こんなの、本人たち次第ですしね。」
その通りだな、と、思う。
ダートのウルラになってみてわかったことがある。それは、結局、番いのことは、最後まで当人同士にしかわからない、ということだ。
そして、そのことを管理課も十二分にわかっているのだ――ということ。
「あー、日勤は明日ですね。二人とも今日は深夜晩明けの休暇です。勤務後ここにくるよう伝達しときます。」
そうか、ありがとう。と、返す。
まだ周りにはナイショにしておきますね。そう言って、セドリックは嬉しそうに執務室を出て行った。
一人になった部屋で、ふと、胸元に触れる。
そこには、アーネストの実家の家紋――円環に三つ葉のシンプルな――が刻まれた小さなペンダントが下がっていた。騎士叙任の時に父から手渡され、師団長となった頃にはここが定位置となっていた。
そして、その横に並べて付けてあるのは、ダートから手渡された小さな共鳴具だ。
「魔力譲渡開始の前には、これで合図します。身につけていれば、起きていたら必ず気づくと思います。」
アーネストにその小さな共鳴具――回路が掘り込まれた金属片に、灰色をした小粒の石が収められている――を手渡しながら、ダートが言った。
「譲渡されるのが困る場合は、トントントンと三回、叩いてください」
一回、二回では、誤作動との区別がつかないから。ダートはそう言った。
「おやすみになっている間に譲渡することも、あるかもしれません。――――起きてしまうような、そんなことは、なさそうですか。」
うん、問題ない。昨晩そう言って受け取り、ダートの目の前で、首の鎖に通したものだった。
家紋や、団の紋章メダルと比べてずっとシンプルなそれが、ディッカーからウルラへの、確かな叙任の証なのだと思った。
翌朝、アーネストは執務室で二人を待っていた。
手元には、任命通知と、やや控えめな装飾の徽章――特殊師団の所属であることを正式に認める証――がある。
ノックの音につづけて、スコットの名乗りがあった。
「室長、おはようございます。カーターとフリードです。」
「うん、入っていいよ」
それぞれが礼をしながら入ってくるのに、挨拶を返して出迎える。
「朝からきてくれてありがとう。フリードはもうわかっていると思うが――」
机の前で立ち上がって、ダートを見れば、その静かで、落ち着いた眼差しにふと言葉が止まった。
努めて明るい笑顔を意識して、言葉を続ける。
「――うん。君のディッカーの正式な任命通知が届いたので、ここに伝達する。」
机上に用意していた通知を差し出すと、形式通りに礼をして、ダートはそれを受け取った。
通知に目を落とすダートを見て、それからスコットに顔を向ける。
「カーター副官補佐、これにて君の指導担当は正式にディッカーとなった。次の演習から、火力の向上や操作技術の洗練に向けた指導を頼む」
「はい、承知いたしました。」
「次の演習は……、4日後か。――フリード。」
呼びかけに、ダートが姿勢を正して返事をする。
「次の演習までに、しっかりと魔力を貯めておくよう。4日しかないので、毎日空になるまで預けるつもりでやるように。」
返事をしようとして、口を開けた形のまま固まるダートに、口調を抑えてもう一言添える。
「――もちろん、君のウルラの都合もあると思うので、無理にとは言わない。だが、――彼らの身を案じるために、君は、君のできることを全てやり遂げてきたはずだ。」
そしてそれを、アーネストは知っている。
「君のウルラが、君のその誠意を理解してくれていることを、僕は願っているよ。」
言葉を終えると、ダートは、起立の姿勢を崩さず、唇を引き結んだままじっとしていた。
それで、アーネストも静かに待つ。
「――はい。自分も、そのように、――願っております。」
ダートの声は、かすれて、少し震えていた。
「――よし。ここまでが、団からの通達だ。ここからは特殊室……、特殊師団の師団長として君に。」
ダートの言葉を、ゆっくりと時間をかけて飲み込んでから、あえて声色も切り変えて告げる。
「おめでとうフリード。これで君はこの師団の正式な団員だ。まあ、みんな室員としか言わないけど。」
そうして徽章を差し出すと、ダートの目線が向けられる。
昨日ダートから渡された共鳴具とは違い、師団の紋章が彫られた、やや存在感のあるそれを、手にとって、机を回り込んで、ダートの胸元につけてやる。
「――よし。ようこそ、師団へ!これからよろしくな!」
「おめでとうフリード!正式配属されてよかったよ。」
背中を叩いて、心からの笑顔で歓迎のセリフを伝えると、スコットもほっとしたように笑顔を見せる。ダートだけ、やや戸惑った顔つきをしていたが、一度俯いて唇を舐め、それから、顔を上げて微笑んだ。
「――はい、ありがとうございます。これからもご指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします。」
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