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第21話 誇り

 演習では、スコットと、室員最年長であるウィズとが、ダートの出力向上のための指導にあたっていた。  スコットは水ではなく土と火にとにかく強い。このため、水魔法そのものの指導は、今後はウィズに任せることにしていた。  いつも通り岬から状況を確認する。  ダートは一番手前で指導を受けており、アーネストからもよく様子が見えていた。  ざああぁ――――――――  体を包み込むような、地響きのようなざわめきが響き渡り、ダートを中心に、海が押し返されていった。  壁のように海が立ち上がり、沖から押し寄せる波を押し返していく。  先日、荒れた川でやらせてみた時よりもずっと広範囲で、強力な水の支配だった。  三人の様子を見る。  ウィズが隙なく構えている様子が見えて、アーネストは無意識に構えていた腕の力を抜いた。  今、もしダートの魔力が尽きても、ウィズなら十分制御するだろう。  海はどんどんと押し返されていき、やがてゆっくりと元の姿へと還っていった。 「やるなあ……。」  水魔法が使えるようになって、まだ数ヶ月。もともと適正はあったのかもしれない。流れに合わせて形を変え、流れを変え、いろいろなものを内包し、それでもそれであり続ける。  基礎魔法の適正を確認する初手に水を選んだのは、たまたま自分の経験があってのことだった。だが、我ながら慧眼だったと満足する。  それから、魔力に声をのせて指示を出した。 「規模は充分。最大出力までの時間短縮を意識しろ。」  ふたたび地響きのようなざわめきが広がり、先ほどよりやや早く、波が押し返されていく。  そして海の姿がおおよそ元に戻ったころ、ダートが膝に手をついた。やや大きな波が砂浜を覆い、また引いていく。  ダートが、スコットに引きずられるようにして波打ち際を離れるのを見て、途中で魔力切れしたのだと察した。  毎日最大限溜めた魔力を使えたとはいえ、あれだけ人間離れした操作ならば、二回目をできたこと自体が奇跡的とも言える。  今頃限界の見極めや、優先順位のつけ方を説教されているだろうが、ディッカーたちが皆、初めの頃に通る道だ。  微笑ましく眺めてから、書き付けにフィードバックを書き込んだ。  やがて、スコットに連れられて、ダートが岬へと上がってきた。 「室長、今日はフリードはここまでです。ここでまた見学させても構いませんか。」 「うん、引き受けるよ。ありがとう。フリード、ウィズがそこで展開してくれるから、よく観察しておきな」 「はい。カーター先輩、ご指導ありがとうございました。」 「帰ったら火焔の基礎やるからな。少しは回復しとけよ。」 スコットがこちらに一礼して浜へ戻っていく。  ダートはその背に向かって「はい」と返事をし、改めて頭を下げた。  ダートが晴れて正式な室員となったので、魔法適正のことは室員にも共有することとした。仲間の特性は全員の共通認識であるべきだ。その流れで、これまでアーネストが個人的にやっていた基礎魔法の指導も、室員へ引き継いでいた。 「魔力使い切ったのか」  書き付けから目を離さないまま、ダートに声をかける。  少し間があいて、いいえ、全部ではありません。と返ってくる。  ちらりと目をやって続きを促すと、少し不安そうな顔をしたダートが口を開いた。 「ただ、最後、急に出力が落ちたので……、使い切る寸前だったのかと思います。」 「うん、まあ、みんなはじめはやるよ。特に君は、はじめての演習だし、まだ数日しか溜めてないしね。」  元々魔力量が多いことがディッカーの要件とはいえ、ウルラができたらすぐに千人力になるわけもない。それに、ウルラにためた魔力を使い切れば、そこらの騎士と同じ、ただの騎士だ。  アーネストはそれでいいと思っている。  ただ、へばったその時に、もし今そこが戦場だったら、と考え、自分のすべきことを考えること。それこそがディッカーを強くする。そう信じていた。  アーネストは、ディッカーを使う指揮官ではなく、ディッカーを生かす指揮官でありたかった。 「カーター先輩に、ご指摘いただきました。もっと影響のおおきなところで制御がはずれた場合、その揺り返しをどうするつもりだったのか。なぜ、先に溜めておいた魔力から使わなかったのかと。」   「うん」   「認識不足でした。」  よし。と、心の中で頷く。  ウルラを大切にせよ、と言った口で、ウルラに預けた魔力から使えと言われても、いまいち響かないことは承知している。  だから、はじめにまずは使い切らせる。それで、何が起きるかを思い知らせる。この特殊室での基本的な指導方針だ。 「うん。今後は同じことをしなければいいよ。演習では、失敗するのが仕事みたいなもんだしね。」 「はい。」  そうして、演習は静かに続けられた。 「室長、自分が報告書を出しに行きます。」  砦に戻り、回廊を歩くアーネストを追って、ダートが駆けてきた。 「え、いいよ。君この後スコット君の厳しい指導が待ってるんでしょ。」  そう返すと、少しだけ酸っぱそうな顔をしたダートは、それでも退かなかった。 「それくらいで何も変わりませんし、これは自分の仕事です。それに、詰所の方にもやっと顔を覚えてきていただいたところです。」 「お、それはいいね。んー、じゃあ、頼もうかな。ありがとね。」  今日は、ダートがかなり沖の方まで海を押し返していたので、漁への影響があれば、師団の方へ連絡を入れるよう報告書へ書き添えていた。  似たようなことはこれまでもあり、これまで特に問題になったことはないが、何事も先の根回しより効果的な手はないので。  報告書を持って詰所へ向かうダートを、壁にもたれて見送る。つい先ほどまで大規模に魔法を展開していた室員たちは、念の為休憩をさせていた。だらりと――ゆっくりと休んでいるところに顔を出すのも憚られるので、アーネストとしては実は少し手持ち無沙汰ではあった。  とは言え、まさか保護者のように詰所についていくわけにもいかない。  人の話し声などが聞こえてきて、ふと目を上げると、数人の重装騎士が歩いてきた。 「――室長殿。」 「ああ、久しぶり。」  その中の一名は、以前魔獣討伐の際に協働した騎士だった。魔法こそ使わないが、人並外れた贅力で大型の個体も一人で押さえ込む猛者だったと記憶している。 「本日は、演習ですか?」 「うん。いつもお邪魔させてもらって悪いね。」 「いえ、とんでもないです。室長のおかげで、この砦の魔法騎士達の意欲も上がります。」  にっと笑っていう騎士に、買い被りすぎだよ、と返す。  ディッカーの最大出力を見ることができるこの演習は、時折休暇中の魔法騎士らが見学にもくる。ディッカーに何ができて、自分たちが何をすべきか、学ぶためだという。  もちろん、興味本位の見学者もいるだろうことは否定しない。 「……本当なら、うちの連中にはあなたの体術のご指南を受けさせたいところですよ。」  騎士が、やや驚いた顔をしてみせる。  だが――特に、ダートの動きの良さを実感してからはなおのこと――、ディッカー達には、剣術体術の基礎が不可欠なのだと、否応なく思い知らされていた。 「いえ、大げさではなく。ただ、ここにくる時は大抵全員疲れ切っていますから。怪我をさせたいわけではないので……。」  騎士と話をしていると、じゃり、じゃり、という、砂を噛んだ軍靴の足音がした。 「あれ、……フリードじゃね?」「は?マジ?まだいたのかよ。」  若い騎士達のささめきが聞こえた。  ――ああ、この前の。 「自分にできることは多くありませんが……、お手合わせならば、いつでもお声掛けください。」  騎士の言葉に、心からありがたいと感じる。ディッカーは、あまり知られていない騎士からは遠巻きにされることも多い。  それが誤解を生むのかもしれない、とも思う。 「ありがたいです。近いうちに、是非。」 「お前、二度と顔見せんなっつったろ」  会話が途切れた瞬間、若い騎士の声が、思いの外大きく聞こえた。  ふいとそちらを見る。ダートのゆく手を、二人の若い騎士が遮っていた。 「この砦に何しにきてんだよ。」  アーネストの視線を追った騎士が、体を乗り出そうとするのを止める。ダートの落ち着いた表情に、問題ない、と感じた。 「仕事だよ。……悪いけど、まだ職務中だから。」 「はあ?お前、ウルラだかなんだかなんだろ?なんでサーコートなんか着てるんだよ。結局騎士にもなってないのに――」  騎士の一人がサーコートに向かって伸ばした手を、ダートが止めた。  風が吹いて、サーコートがはためく。 「――俺がここにいる理由は、知るべき人が知っていればいい。  ただ、よく知りもしないで、ウルラの覚悟のことを、  ……他人がとやかく言わない方がいいと思う。」 「……はあ?」  ダートに止められた手を払い、明らかに気色ばんだ若い騎士が詰め寄ろうとするのを、もう一人が止めた。 「おい、――――」  その様子を気にした様子もなく、ダートがこちらにやって来る。 「お待ちいただいていたようで、申し訳ありません。提出してきました。」 「……うん。ありがとう。」  一礼してアーネストに報告する様子を見て、騎士が唸る。 「君……、私の隊のものが、失礼なことを言って申し訳ない。」  何やら小声で言い合っている若者達を見て、苦い顔をした騎士が言うと、ダートはなんと言うことのない顔で返した。 「いいえ。自分はまだ何者でもありません。誰に何を言われても、まだ一介の、新入りの騎士です。  ただ……、」  ダートは、一度もアーネストの方を見なかった。 「どんな自分でも、ただ一人には、偽りなく誇らしくありつづけたいですから。」  ちょっとカッコつけました。  にこっと笑ってみせたダートに、アーネストは、顔を背けてから、拳を口に当てた。  ――――かっ……。  気づけば、西陽が砦の回廊に差し込んでいた。

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